夏の想い出
「思い浮かぶのは、かき氷とお祭りと夏休み、かな。すぐに思い浮かぶのは」
「そうなんだ。で、この名無し本は新しく買ったやつ?」
「ううん、拾った。涼むために図書館に行ったらさ、通路に落ちてたんだよね、これ」
「も、もしかして、彼氏に会ったのがそこだったのっ」
「違うから。あの人は義理の兄貴だから」
「いいなあ、禁断の愛ってヤツじゃんかぁっ」
「話聞いて、話。禁断も何も血ぃ繋がってないから」
「いやぁぁっ。エロいわぁぁっ」
ダメだこりゃ。話もかみあってないし言葉も違うし。きっとエモいの間違いだろう。
「もうこれ題材にするしかない。リアルカプ、ゴチです。早速原稿描くから、またねっ」
足を渦巻にさせて帰ってく友達。嵐が去っていった。
ってか、宿題はどーしたのよ。話して終わったわ。
にしてもどうしよう。ここ教えてもらおうと思ってたのに。
若干放心してると、ノックする音が聞こえた。
「入るぞ」
「はーい」
ガチャ、とドアが開く。左手には何故かティーセットのトレーが乗せられていた。
「すごい勢いで帰ってったが。どうしたんだ」
「原稿描くんだって」
「ゲンコー? 何だそれは」
「うーん。漫画の下書き、みたいなモン、かなぁ」
「ふうん。マンガってこれだっけ」
と、友達の本を指さす彼。私は、うん、と返した。
ローテーブルの上をとりあえず更地にして、私物と友達のとを仕分けする。その間、目の前の男は慣れた手つきでお茶を注いでいた。
金髪に青い目という、外国人風の容姿が、西洋風の茶器とよく似合う。
ちなみにこれ、この人がやってきたときに両親が記念にと購入したものだ。
まだ床に座るのに抵抗があるらしい彼は、少々落ち着きがない。
「この世界には慣れた」
「な、何とか。一時はどうなるかと思ったが」
「言葉はすぐ伝わったもんね」
「それにしても、本当に信じてくれるとは思わなかったがな」
「信じるわけないでしょ。でも、目の前に大怪我した人が突然現れたらねえ」
「その割には随分落ち着いていたな。肝が据わっているというか」
「普段からあまり感情的にならないからだと思う」
幸いなことに、うちは個人病院だった。騒ぎにならないよう鎧をはずして応急処置をしていたところ、シリルが目を覚ましたんだけど。
以前友達に見せてもらった、ゲームにあるような回復魔法をとなえて治したのを見たときは、さすがに腰をぬかしそうになった。まあ、おかげで大きな病院への言い訳を考えずにすんだけど。
「この世界はいい国だ。戦争がなく、平和で」
「別の意味での戦いはあるけどね」
「うん? それは命を取られるのか?」
「とられはしないけど。失敗したら終わるわよ」
「何故だ? 死なないのなら何度でも立ち上がれるじゃないか」
「受験に失敗したら恥ずかしいからよ。上の二人は首席で入学、卒業したしねっ」
バンッ、とテーブルを叩いてしまった私。両親には当然のごとく結果を求められてる。
私は兄と姉に比べると落ちこぼれだ。高校での成績は上位ではあるけど、首席じゃない。さっきまでいた友達は、私より上だ。しかも愛嬌があって、とても可愛い。
対して、私は。
「ああ、成程な。親の期待には逆らい辛いよな。悪かった」
「ご、ごめん。私こそ。八つ当たりしちゃって」
「気にするな。はけ口はあったほうがいいだろう。そうか、そういうことか」
カチャ、と上品にカップを置くシリル。そして、図書館に落ちていた洋書を置く。そう、これは司書さんが管理している本じゃない。
「この本は不思議な内容でな。おとぎ話かと思っていたんだが」
曰く、この世界の情景が描かれていたらしい。何となく手にとってめくってみると、確かに現代で使われる単語や名前が多く散見された。
「物語じゃないの、これ」
「物語だったよ」
「だった、て。どういう意味」
「言葉通りさ。内容は持ち主によって変化する不思議な本でな」
本じゃないでしょ、これ。しかも光ってるし。
「ね、願いをかなえる?」
「ふうん。お前にはそういう題が見えるのか」
「は、へ。ちょちょ、ちょっとっ」
目を開けていられない程の光があふれて、思考停止してしまう。
気づけばまったく知らない場所にたっていて、目の前には惨状が広がっていた。
放心していると、金属同士がぶつかりあう音まで聞こえる始末。
体を引っ張られると、シリルの姿があった。
「ユイ。お前のいう戦いとこの世界の戦い、どちらがきついかはわからん。とにかく戦線離脱するぞ」
「こ、この世界って。ちょっとっ」
まったくもって意味がわからない。どうして部屋からこんな血の臭いのするところに移動したのかすら。
どれぐらい走ったんだろう。もう一生分、駆けぬけた気がする。
知らないおっさんたちがくる度に、シリルはいつの間にかもっていた剣で切り捨てていった。振りむくと、わき腹を抑えてるおっさんたちがたくさんいた。
な、何なの。この世界。本気で物理的な戦争してる、わけ。
「ここまでくればもう大丈夫だ。よく頑張ったな」
何とか顔を上げると、いくつかのテントが映る。映画にでてくるような鎧を身に着けた人たちが、行き交っていた。
手を動かすと、ある本をもってる事に気づく。部屋で見たのと同じ表紙の色だけど。
「自由の意味と責務?」
「やはりお前が聖女だったんだな」
「へ。セイジョって」
「まずは休もう。疲れたしな」
周囲が騒がしい中、私は一番奥にある大きなテントの中へ。
「おお、シリル殿。よくぞご無事で。その方は」
「ユイだ。しばらくわが国で保護することになった。世話をしてやってくれ」
「畏まりました。女官を連れてきましょう」
恭しくお辞儀した男性は、長いローブを引きずりながらでていく。
「細かい話は国に帰ってからゆっくりしよう。まずは連中を叩き返さねばならんのでな」
そう話した彼は、ここにいるように、と残して早々に外へ向かう。
女の人がきて色々と話してると、シリルが戻ってきた。
「片付いたぞ。出立の準備をしておけ」
「あ、う、うん」
家にいた時と全然違うんだけど。同一人物よね。
完全に頭がついていかないので、指示に従う事に。
そして、様々な経験をしているうちに年月はすぎていった。手元にある本の題は、幸福とは、っていう仰々しいものになってる。
「ははうえぇ。まっちろ、まっちろ」
「あら、そうなのね。もうちょっと大きくなったら、きっと読めるわよ」
恋愛とか興味なかったのに、いつの間にか母親になってるから不思議。しかも相手は王子様っていう、ね。友達が知ったら絶対ネタにされるわ。
「あれ、シリル。今日は式典じゃなかったっけ」
「終わったよ。というか終わらせた」
何をどうしたかは聞かないでおこう。顔が怖い。
「手のひら返しの狸共より、お前達と過ごしたほうが楽しいからな」
と、ソファーの隣に座る彼。逆側にいた子供は、ちちうえぇー、と駆け寄っていく。
「さて。どんな物語になっている」
「人のプライベート覗くの禁止」
「都合の良い所だけでいいじゃないか。ほらほら」
本を抱えてガードする私。しつこいので巨大ハリセンで応戦する。
「あたたた。その威力、魔物に向けてくれないか」
「生憎、あなた専用なんで」
「都合良すぎだろ」
本にいってください。まあ、何でもかんでもかなえてくれる訳じゃないけど。
少なくとも、心の底にある願いはかなった。こういう環境にならなきゃ気づかなかった感情に。
周囲の期待に応えるだけの人生なんて、もうまっぴらだ。これからは自分の頭で考えて、手を取りあって生きていく。
あの夏の初めに出会った名もなき本は、一生の宝物になるだろう。
※この作品は、ソリスピアさん主催のイベント「Solispia Spring Short-stories」に投稿させていただいた作品です。