瞳の先にあるもの 第52話(無料版)
※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。
暗雲と杖らしきものと共に現れた魔法師は、置き土産としてアマンダに魔法を掛けてアンブロー軍を襲うように仕向け、さらに二つを残して姿を消した。
青白い炎をまとい、全身が闇色に包まれた女将軍は、ラガンダと隣に降り立った情報屋と対峙している。
火の魔導士は視線を女将軍から外さず、
「イイトコに来てくれたな。手伝ってもらうぜ」
「うっへぇ、こっちはサイアクなタイミングじゃん」
「そう言うなって。ちょうど人手が足らなかったんだ」
「どういうこと」
「後ろにいる魔女たちじゃあ、力が強すぎてアマンダをあの世に送っちまうてことだ」
情報屋は口を尖らせる。
「悪いようにとんな。日差しも強すぎたら熱くてたまんねぇが、程よい強さなら心地いいだろ」
「とらえかたってコト」
「そういうこった。んま、お前の場合はまだ子供だから力が小さいだけさ。あと四、五年したら、攻撃威力ならオレを簡単に超せるだろ」
「マジ」
「ああ。それに普通の魔法師の中で武術と魔法を同時会得してるのはお前だけだからな」
数秒間の間が空く。
「どうすればいいの」
「アマンダの相手をして時間を稼いでくれ。だが、決して魔法は使うなよ」
「え、ちょっと。それって不利なんだけど」
「抑えてくれればいい。ほら」
ラガンダは情報屋の頭に手をボスッと置くと、魔法を掛ける。
「オレは元凶を片づけるが、長期戦は覚悟しとけ。言わなくてもわかるな」
「はいよ。効果きれたらかけなおしてよ」
「わーってる。油断すんなよ、力つけてきてるし、戦法は攻撃だけじゃねぇからな」
「りょ、了解」
再度構えた魔法師たちを見ると、アマンダも迎撃体勢に入る。
「頼んだぞ」
ラガンダは一言放つと、何らかの魔法を唱えながら杖らしきものに向かって行く。アマンダは動きに反応してそちらに動くが、瞬間移動した情報屋のショートソードによって防がれてしまう。
抜かれた女将軍は、子供の剣をはじき返して追いかけようとする。
しかし、また情報屋が瞬時に姿を見せる。
「そーいやあ、あんたと手合わせすんのはじめてだったよな。オテヤワラカに」
地面と水平に左手で剣を持って後ろ、右手は前、足は肩幅より広く、中腰の状態を維持する情報屋。普段は表情豊かなアマンダだが、変えずに再び構える。目に光が宿っていないことに気づいた子供は、仕事で集めた情報を整理していた。
とはいうものの、百聞は一見にしかず。武術も魔術も、書籍を読んだだけでは単なる知識止まりで、血肉にするには鍛錬が必要である。
習うより慣れろだったっけ。昔の人はウマいコトいうよな。
右足に力を込めた情報屋は、アマンダに切りかかる。女将軍は右下からの斬撃を同じ方向にさけると、すぐさま突きを繰り出してきた。だが、左肩を狙った獲物は、むなしく空を切る。最小限の動きで避けたのだ。
思ったよりはえーな。強化魔法かけられてなかったらかわせなかったかも。
情報屋はどちらかというと魔法主体で戦うため、武器を用いる接近戦は滅多にないのもネックになっているのだろう。力や体力は小柄な体では不利なので、不意打ちや相手の視界奪ったり動きを止めたりしていたのだ。
しかし、今回はアマンダ・ライティア。試したことはないが、血筋の耐性から妨害系の魔法は効果がない可能性がある。ましてや、ショートソードとレイピアでは相性が悪く、将軍クラスの突きをいちいち受ける訳にもいかない。
もうひとつの武器を使わないとキツい。でも禁止されてるしなあ。
風の塊を手で破裂させて隙を突いたり、飛んで距離を取ったりなどしながら時間を稼ぐ子供。今のところお互い無傷だが、時間が経過すればするほど、状況が悪くなる。
ちらっ、とラガンダのほうを見た情報屋。強化魔法は時折送ってくれるものの、周囲の穴を見る限り、根本の解決にはまだ至らない様子である。
女将軍は表情を変えないまま、また子供の首下に攻撃を仕掛ける。剣ではじき後ろに跳躍すると、相手の足元に爆発が起こった。
軽く煙が上がる中、情報屋の隣にフィリアが出現する。
「こいつを使いな。後でリューデリアに返すんだよ」
「えっ、オレじゃあ使えないって」
「許可を得て風の加護をかけたから問題ないさ。もし壊れちまったらアタシが弁償する」
「そ、そう。なら使わせてもらうよ。あ、ありがと」
「素直でよろしい。頼んだよ」
と頭をポンポンしながら言い残し、その場から姿を消す。結界に視線をやると、手にした筒の様なものの持ち主とその友人の後ろに本人がいた。
「ったく、ガキあつかいすんなっての」
筒に魔力を込めると、緑色の棒が左右から出現する。一本の長いそれと化した武器は、約九十センチの長さを有していた。
「しきりなおしだ。攻撃があたっても文句いうなよ」
左手を右手で掴んだ棒をすぐに構える情報屋。アマンダの瞳は、うつろなまま様子を伺っている。
一方、ラガンダは威力を変えながらも杖に向かって攻撃しているが、無効化にされていた。四大魔法師の中で攻撃力が一番弱いとはいえ、並みの魔法師の比ではない。大地をなるべく傷つけないようにしながら放っているが、全くの無傷なのである。
どうなっていやがる。耐性があるにせよ、属性を混ぜてぶちかましても効かねぇなんて。
鞭や投擲の物理攻撃も効果がなく、発想を変え回復系や心身の異常をきたす魔法を試してみるも意味を成さない。残っているのは大技のみとなっていた。
精霊を呼びだすわけにもいかねぇし、かといって風の結界なしじゃあアマンダが突っ込んじまうかもしんねぇ。二人の魔女はアンブロー兵を魔法から守んなきゃだしな。
ラガンダは先程、情報屋が上からアマンダを押さえつけたが、力ずくで解かれ、しかも体術で投げ飛ばされていたような光景を目にしている。どうやらあちらも魔法で身体能力か向上しているようだった。
にしてもあの炎は何なんだ。気色悪ぃモンまとわせやがって。あんな補助魔法は見たことがない。だとしたら。
ふと、杖らしきものを見てみる。赤と青が半々になっている宝玉に、黒い柄。
太陽は隠され、空は夜並の暗さ。そして、闇色の、体。
「……隠す? やみ、いろ……」
四大魔法師の脳裏に浮かんだのは、数百年前に起きた惨状だった。家族のように過ごした同郷者が目の前で殺されていき、突如地面から溢れた闇の光が包み込まれては化け物と化した、あの日の悪夢を。
「サイヤァ、聖水を使え、早くっ」
ラガンダが叫んだ瞬間、杖らしきものから目を開けていられない程の赤い光が発光する。真上に巨大な魔力の塊が出現し、彼に向かって放たれた。それは、今まで当人が仕掛けた攻撃と同量の魔法力。
効かなかったんじゃねぇ、吸収されてたのかっ。
青年の四肢は動かず、目だけが見開く。
迫り来る光が持ち主を飲み込む瞬間、上空で爆発が起こった。爆風は一帯全てを吹き飛ばし、魔法の加護を受けていない存在は一瞬にして姿を消す。
「間に合っようだね」
ラガンダの目の前には、新緑の長い髪がなびいていた。
同様の色を持った瞳は、放心している同期を見ると、
「何ボサッとしてんだ。早く構えな」
「え、あ」
地面から赤黒い色の発光がした。直後二人に向かって高速に伸びていく。とっさに別れれると、光はさらに高い空へと飛んでいった。
『で。何か分かったかい』
魔力で問われた魔導士は、黙って杖らしきものを睨みつけている。
『ラガンダ、聞いてんのか』
『あ、ああ。たぶんあん時の遺物だ』
『あの時?』
『オレらがガキの頃に戦場で見た、ゾンビ化の元凶さ。細けぇ事は思い出せねぇが』
次々に放たれる黒い光の槍をかわしながら、風の魔女は目を憎しみの色で染めていく。
『野郎、今度はアマンダを奪おうってのか』
『よせ。お前の力まで吸収反射されたら手に負えねぇだろ』
血のような色の槍を左に移動してさけたフィリアは、元に戻った友人の仲間に背を合わせる。
「いい考えがあるのかい」
「奴に攻撃する前、アルタリアに連絡した。あいつの力なら破壊できるはず」
「成程。じゃあ代わろうじゃないか。そろそろ色も黒くなってる」
「ちょうど頼もうと思ってたトコだ。太陽が隠されちまって補給が間にあわねぇ」
「土から少しでも回復しとけ。サイヤが振りまいた聖水は風でまいといた」
「さすが。結界は任せとけ」
「ああ」
と言うと、ラガンダは姿を消す。自身がいた位置に彼が着くと、剣を構えた。火の力を出し尽くした様子の杖らしきものは、完全に漆黒の光を宿し、怨念めいた唸り声が聞こえる。
「記憶が戻ってないみたいで安心したよ。あんな悲劇は繰り返しちゃいけないからね」
殺気を乗せた魔女の剣は、杖らしきものへと立ち向かっていく。
突然現れたラガンダに驚いたアンブロー軍兵たちだったが、憔悴している姿に見てヘイノは水やタオルなどを持って来させると、彼を中心に状況を伺う。
三口程口を潤した火の魔法師は、リューデリアの治療を受けながら、現状解明している事だけを伝えた。
「では、我々にはどうする事も出来ないと」
「魔法が関わってる以上はな。でも、気にするなよ」
「し、しかし」
「そう思うなら結界から一歩も外に出るな。アマンダは元に戻せるが、他は無理だぞ」
「それは、どういう」
「血筋だ。これ以上は言葉で表現するのが難しい」
眉をひそめるヘイノだが、意図を詮索している場合でもない。
後方に四大魔法師の言葉を伝令すると、総大将はアマンダと情報屋の戦闘に目をやる。長物に持ち替えてからは後者が有利になるが、攻撃も当たるようになっていた。そのため押さえ込むようにしたが、身軽なためか効果がなく、再度武器による打ち合いになってしまっている。
少しずつだが、アマンダの動きも鈍くなって来ている。が、それ以上に情報屋の消耗も激しそうだ。何か、手はないのか。
「結界の外に出なければ良いのですね」
「まあな。魔法以外の飛び道具ならサポートできる、が」
と、将軍を見つめるラガンダ。実行には、当然だがアマンダと情報屋に当たらず、かつ、双方の動きを読みながら射ることが可能な者が必要である。ましてや定位置からとなると至難の業だろう。
ヘイノの作った拳からは血が滲み出しており、奥ではフィリアが杖らしきものを攻撃しながら、今度は即座にはね返って来るモノをかわしていた。
歯がゆい雰囲気が蔓延していると、突然アンブロー王国の首都ノアゼニアから光の柱が立ち上った。目的地は戦場だったらしく、すぐに舞い降りてくる。
結界の外に降り立った光は次第に人の形をしていき、弓を持った青年の姿になる。
「エ、エスコッ。何故ここに」
まぶたを閉じたままの青年は、まるで眠っているかのようだった。
そ、と目を開くと、鼻根部周辺をこする。
『ここは、どこだ。僕は、いったい』
離れた場所から爆音が起こり、直後に爆風も吹き荒れる。さすがに目を覚ました様子のエスコは、服だけをなびかせながら、首の可動範囲一杯に首を動かす。
『ええっと。ヘイノ、に、みんな。え、ちょ、アマンダッ』
レインバーグ将軍の視界に、アマンダの剣を回避している情報屋の姿が映る。ヘイノの傍に駆けて来た彼は、何事かと問うた。
ヘイノは手短に共有すると、エスコに訪ねる。
『分からない。いきなり光の玉が僕らの前に飛んできて、戦いを望むか、っていわれて』
弓に変化した声の主は、どういう訳かエスコの前に浮かんでいたという。
『細かい話は後にしよう。君たちは出られないけど、僕は動けるみたいだし』
「頼む。君になら任せられる」
『何とかしよう』
右手の指を動かしながらエスコは結界から少し離れると、組み合ってるの動きを観察する。数分後、どこからか矢が彼の手に出現すると、矢を番えた。
瞬時に放たれると、アマンダの足元に突き刺さる。
驚いた二人は、既に構えているエスコの姿を見たのだった。