瞳の先にあるもの 第45話(無料版)
※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。
三番目の解除場所を突破したギルバートは、仲間たちの下に急行する。図面上、後ろから回り込む形になり、相当な遠回りであった。
「殿下、背後からアンブロー軍がっ」
「何故そんな所からっ。ええい、壁際に寄れ、背を見せるな」
後方でぶつかったヒエンカプンキ兵は素早く身を翻し応戦し始める。中側にいた彼らは命令通りに動き、前線を切り替えようとした。
だが、みすみす機会を見逃すアンブロー軍でもない。
「左右それぞれ中央一点に集中攻撃、そのまま前線を崩せっ」
雄たけびを上げ囮部隊も体力と気力を振り絞っていった。足元にある死体を踏みつけながらも傭兵たちは前に進んだ。慣れているはずの血生臭さは、密閉空間によってむせ返りそうになる。
しかし、執念はヒエンカプンキ兵のほうが上回っていたらしい。エリグリッセとともに息を切らしている兵らの闘争心は、一向に衰えることが無かった。
出入口から九十度の方向に追い詰められたヒエンカプンキ兵。多勢に無勢になった両軍は、五分程睨み合いが続く。
「くっ、はははははは。我々をここまで追い詰めるとはな。他国の傭兵も強いではないか」
と、エリグリッセ。手にしていた剣を、柄を上にした状態で持ち上げる。直後、勢い良く地面に突き刺した。兵も習って、次々と剣を投げていく。
次に王子は、パンパンパン、と拍手をした。すると、兵らも同じ行動をする。
エリグリッセが右手を掲げると、ピタリと音が止む。
「最後に貴殿らの様な強者と戦えたのが我らが誉。だが、我らに敗北はない」
「仕掛けは解除させて貰った。貴方方にもはや打つ手は無い」
「ふん、愚かな。そんな事出来る訳かなかろう。父上を殺さない限り解けぬわ」
「なっ」
サークの体に力が入る。
「侵略者共よ、消えてなくなるが良いっ」
「全員、僕の近くにっ」
地面が揺れ、天井からは砂が落ちてくる。徐々に量が増えていく最中、情報屋がエリグリッセの傍に現れた。
「貴様、何故ここに。とっとと失せろっ」
「あいにくそーゆーワケにはいかなくて、ねっ」
左手を掲げると、風の結界が張られる。同時に、アンブロー側にもサークを中心に薄緑の膜が彼らを包んだ。
もはや大人ですら立っていられなくなり、天井には無数のヒビが刻まれていく。
「どういう事だ、仕掛けは解除したんじゃなかったのかっ」
「後で話すよ。今は集中させて」
僕も死にたくないんでね、とサーク。同意したギルバートは、感情に蓋をするように頭に手を添える。
天からの圧力が、巨大大砲の轟音とともに、体に掛かった。
ふ、と、目を覚ましたギルバート。のっそりと起き上がると、鈍い痛みが全身を襲う。どうやら体が起き上がることを拒否しているようだ。
「おっ。目が覚めたみてえだな」
聞き覚えのある声がした方向に、ゆっくりと顔を向けると、ヤロがいた。
「こ、ここは」
「ヒエンカプンキにある宿屋だ」
「やど、や? なぜ、そんなところに」
首をかしげたヤロは、ギルバートの顔を覗き込む。
「もうちっと休んだほうがよさそうだな。戦いは終わったから心配すんなよ」
オレたちの勝ちだ、と静かに、でも嬉しそうに話す彼。まだ頭がぼんやりしているらしいギルバートは、状況把握が出来ていない様子。
「細けえことはいいからよ。とりあえず治せや」
と、体をベッドに横たわらせ、早々に部屋を出たヤロ。何か話さないといけないと思う怪我人だが、再び目を閉じてしまった。
退出したヤロは、数歩歩くと、ふう、と息を漏らす。足を止めず隣の部屋に移動すると、ラガンダが頭を抱えながら紙とにらめっこをしていた。
「旦那。ギルが目を覚ましたぜ。多分また寝ただろうが」
「そっか。意識が戻ったなら平気だ」
パラ、と紙を離し、申し訳なさそうにはにかむ火の四大魔法師。ヤロはどっかりと正面に座ると、説明を求めた。今にも噛み付きそうである。
「ギルが起きてからな。ちゃんと謝罪もしねぇと」
「ま、確かにな。ひとつ聞きてえんだが」
「ん」
「騙す気、だったのか」
「まさかっ。友軍に対してそんなコトしてどうすんだ。説明する時間がなかっただけだ」
「ならいいんだけどよ」
頭をかきながら、ラガンダは、
「疑われても仕方がないのはわかってる。情報屋やサークはオレの指示に従っただけだ、あいつらに当たるなよ」
「伝えてはおくがよ。隠れてるようにも言っとくぜ」
「そうしてくれ。民たちも明日には戻ってくるし、ゆっくり休んでくれよ」
「ああ。んじゃ、また」
終始複雑な表情のヤロは、そのまま仲間たちのところへ戻って行く。
「怒るのも当然か。さて、どこにおくかだな」
ラガンダは再び紙を手に取り、今後を踏まえての検討を始めた。
夕方が近づくヒエンカプンキだが、町はまるで夜のように暗くなっている。上空に突如として現れた大量の砂が、日差しを遮っているのである。城を含めほぼ全域を覆っている砂は、三角形の形をした皿のようなものの鋭角部分から、少しずつ零れ落ちていく。
真下は今、立ち入り禁止になっており、範囲外の場所に移動したアンブロー兵や捕虜たちは、一触即発の雰囲気の中、それぞれを過ごしていた。
『オアシスと首都の間が一番良いかと。煉瓦を作るのにも最適だ』
「やっぱりそこか。いくらあっても困らねぇし、そうする」
『ありがとう。ゼンベルトはそちらにいるんだよね』
「ああ。あの兄弟もいるから大丈夫だろ」
『良かった。兄上を頼んだよ』
「任せとけ。思いっきりケツ蹴りして説教してやるから」
『ほ、程々にね』
思わず手を腰に当て乾いた笑いをしながら返すラヴェラ。水晶に映った王子は、少し安堵した顔をしていた。
「そっちは今どんな状況だ」
『実は父上がヘイノ殿に使者を送って来てね。話をしてる最中なんだ』
ラガンダの表情が不穏に歪む。
「お前じゃなくてヘイノになのか」
『主力を率いてるのはヘイノ殿だからだと思う』
「あんの戦闘バカは。どうしようもねぇな。一度叩きのめさないとダメか」
『うーん。それが出来れば、ね』
「腕力だけが強さじゃねぇんだ、世の中は」
と、背もたれに身を預けて腕を組むラガンダ。子供の頃から強さに憧れ、常にそうあろうとしたグラニータッヒは、負け知らずなのかもしれない。さすがに一人間の全てを把握している訳ではないため、この辺りは憶測になるのだが。
とはいえ練習試合や試験も、ラガンダが見学したときには常勝であったのを覚えている。武術における無類の強さを、自他共に認めているのだ。小賢しいマネは一切せず純粋に力のみ、正面衝突での勝利を求める姿勢は、今も変わっていないのなら。
火の四大魔法師にとって、ランバルコーヤ王族との縁は深い。何代にも渡って関わり、ときに親のように接することもあった。それ故、グラニータッヒが使者を送ってきた理由が何となく理解出来たのである。
「ラヴェラ、グラニータッヒはおそらく総力戦をしかけてくる。お前はお前の最大の武器を使って奴を乗り越えろ」
『私の、武器』
「強さは腕力だけじゃないっていっただろ。腕輪は身につけてるよな」
『うん』
スッ、と右手首を見せる王子。ニッ、と笑ったラガンダは、右手に赤い光をまとわせ、水晶に触れた。
すると、赤い光はラヴェラへと移り、金で出来た腕輪を包み込む。
「もしグラニータッヒが斬りかかってきたら使え。許可する」
目を閉じるラヴェラ。数分の沈黙後、ゆっくりと瞳をあらわにする。輝きを確認した魔法師は、手にあごを乗せ、
「オレだって武術だけじゃあ、アルタリアやフィリアとは勝負にすらならない。でも、コントロールと器用さであいつらと対等になれる。後はリューデリアに聞いてみな」
『分かった。戦いは苦手、などともう言っていられない』
「そういうこった。男にゃあ、戦わなきゃならねぇときがあるんだよ」
ため息をついた王子は、頭では納得している様子である。
「こっちのことは心配すんな。うまくやるから、お前もしっかりな」
『うん』
『ラヴェラ王子。今宜しいですか』
『ええ。ヘイノ殿、会談は終わられたのですか』
『はい。それについて中心人物を集めて話し合おうと』
『分かりました。ラガンダ、また連絡する』
「ああ。いってこい」
王子が立ち上がると同時に水晶は水晶の光が消える。
火の四大魔法師はゼンベルトを呼び、事後処理に入った。
ヒエンカプンキが一段落したという吉報は、アンブロー本隊により光を灯した。第二の首都であるクリハーレンさえ落とせば、この大陸における争いに終止符を打つことが出来るからだろう。
だが同時に、この戦いに負ければ、アンブローが滅亡することになる。とはいえ、そこまで気にしているのは、一部の人間だけである。
「全員いるな。先程、グラニータッヒ王から使者が送られて来たのは知っての通りだ」
ヘイノは、ともにテーブルを囲っている面々を見渡す。
「向こうは全面対決を提示して来た。正々堂々と戦おう、と」
「やはり」
「全面対決、ですか。あまりに無謀ではありませんか」
「私もそう思う。ラヴェラ王子のご意見を伺いたい」
「では、僭越ながら」
同意見のヘイノとアマンダは、敵将の肉親の言葉に、耳を傾ける。数ではアンブロー軍のほうが優勢だからだ。
グラニータッヒは、力、スピードが並外れており、年齢を重ねると技も磨きを掛けてきたという。熟練の戦士数十人を一振りで簡単に倒せ、約二十年前に唯一対等に戦えたゼンベルトを引退に追い込んだ程だ。
なお、当時ゼンベルト・グリッセンは大陸一の剣使いであった。
「二人は師弟関係でもあります。弟子が師匠を越えたのです。言葉で表すと凄みが伝わり辛いかもしれませんが」
「ラヴェラ王子。ゼンベルト殿は魔法をお使いにならなかったのですか」
「勿論です。純粋に武術のみでの結果ですよ」
「化け物じゃないか。どうするの」
「イスモ」
思わず出た言葉だった様子の傭兵だが、義理兄にいさめられてしまう。両手を開き肩を上下にして答えた彼は、そのまま黙った。
「言ってしまいたくなる話だ。だから別部隊が到着するのを待つと伝えに来たのか」
「おそらく、兄上を破った貴方方の強さに惹かれたのでしょう」
「王としてより戦士として、か」
「強き者こそ覇者に相応しい、というのが我が国のしきたりでもあります。ランバルコーヤとしては理に適っているのです」
「成程、文化ですね。ならば受けない訳にはいきますまい」
「仰る通りです。兵達は兵同士に任せ、敵将は我らが相手をしたほうが良いでしょう。おそらく、グラニータッヒの威圧に圧されてしまう」
「王自身も、魔法を使いたくば使えとまで言ってきています。形振り構ってはいられなさそうだな」
「魔法師を参戦させるのですか」
「彼女達じゃないさ」
そう言うとラヴェラを見つめる。
「私の事ですよ、アマンダ姫」
「やはり魔法師であらせられましたか」
「気づいておられたのですね。隠すつもりはなかったのですが、各国の王族にはたまに起こるらしく」
カレンのように身分を持たない者でも大きな魔力を持って生まれるのなら、過去に魔力を授けられた一族がそうなるのは、特段不思議なことではない。ただ、程度の違いはある。
「兵の様に力はありませんが、魔法なら戦えます。ラガンダからも許可を得ていますよ」
むしろ王子が今後を左右する聖戦に参戦しないのはおかしいでしょう、とラヴェラ。問題は、実戦経験がないことだという。
「グラニータッヒは私の参戦を見越して時間を与えると言って来たのでしょう。ラガンダは来れないですから」
「本格的に魔法師が加わったとなれば、魔法師狩りが始まってしまいますからね」
「ええ。彼が直接手を下せば確かに早く終わる。ですが、そうしたら本土にいる魔法師たちが危うくなります」
見透かされたのかと思ったイスモだが、何とか顔から出現させることをこらえた様子。一方、アードルフの表情はずっと変わらない。
「何やら裏に別の思惑がある気がするが。今はグラニータッヒ王を打ち倒す事だけを考えよう。各自準備してくれ」
総大将の号令により軍会議は終了した。
満天にきらめく星々は、ランバルコーヤ全土の人間を見守っていたのだった。