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おみ足にひれ伏すは悪人どもよ

 号外、号外、と声を張りあげながら紙をばらまく少年。その顔は、かなりはつらつとしていた。
 「また出たんだな。ええっと」
 「へぇ~。今度はあの男爵が餌食になったんだとよ」
 「イイ気味じゃねえか。あいつ、しこたま貯め込んでたって話だし。おっと」
 警備隊が現れると口を紡ぐ男性たち。周囲にいた民衆や記者も、慌てて路地へと引っこむ。
 彼らは散らばった紙を回収すると、今度は周囲を調べ始める。
 しかし、少年はとっくに現場からいなくなっていた。
 「戻りました~」
 「あら、どこに行っていたのです」
 「すみません、お嬢様。ちょっとボヤ用で」
 「ヤボ用、ねえ。また例の義賊に関わる事でしょう」
 ぎく、と頭の後ろに浮かんだ少年。一方、お嬢様は扇を口元にあて、遠くを見ている。
 「だって、カッコいいじゃないですか。悪い奴をなぎ倒して」
 「滅多な事を口にしてはいけません。どこに目と耳と口があるのか分からないのですから」
 「は、はい」
 ふう、と息をした淑女は、ゆっくりと立ち上がり、
 「今日もレッスンです。準備して行ってらっしゃい」
 「はーい」
 トタトタ、と奥にはいる少年。その後ろ姿を、女性は温かく見守っていた。
 レッスンが終わると、女性は町を視察するためでかけることに。本来は兄の仕事だが、怪我をしたため交代しているのである。
 「すまないな。本当はお前を出したくないんだが」
 「イーズリィお兄様は心配し過ぎですわ」
 「あのなあ、カラン。最近は治安も悪くなって来ていてな」
 「何か問題でも? わたくしとてハイライン伯爵家ですのに」
 「身の振りかたが心配なんだ」
 はあ、と、寝台でため息をつく男性。
 「だが、最近妙な噂も聞く。デニーを付けているとはいえ気を抜くなよ」
 「畏まりました。名に恥じぬように致します」
 コンコン、とドアがなると、失礼します、というかけ声の後に少年がはいってきた。
 「お待たせしました」
 「いいのよ。さっぱりしたかしら」
 「はいっ」
 「それは良かったわ。ではお兄様、後程」
 「ああ。二人とも気をつけてな」
 「いってきまーす」
 まだ幼さが残るデニーは、たまに身分を忘れてふるまってしまうところがある。だが、そこが二人にとってお気に入りでもあった。
 馬車に乗りこむこと数十分後。目的地に到着した二人は、ゆっくりと町を見て回る。幼い子供たちが元気よく走り回り、道中にある露店の店主は笑顔にあふれていた。途中にある花壇の花々や青葉も、生き生きとしている。
 令嬢は満足気になり、太陽の位置を見て行きつけの喫茶店へと入店した。昼時なので、とても混んでいる。
 「おや、いらっしゃいまし。今日もお元気そうで何よりです」
 「ご機嫌よう、マスター。奥は開いているかしら」
 「勿論ですよ。どうぞ」
 軽く会釈をして扉を開けてもらうカラン。民衆の視線が集まっていたが、気にしない。
 閉められた部屋は、先程の部屋に比べると薄暗く、夜のバーのような趣があった。
 「これはこれは。伯爵令嬢様が直にお見えとは珍しい」
 「ここ最近はわたくしが来ているのです」
 「そうでしたか。私の留守中に兄君が怪我されたそうですね」
 「大した怪我ではありませんわ。ただ、念の為に安静にしていくべきだと、係り付けが」
 「んー、まあ確かにそうかもしれませんなあ」
 「その割には随分と派手にまいていますね」
 「私の指示ですよ。ちょいと面倒なコトが起こりそうなんでね」
 カタ、とサンドウィッチとサラダを出す男性。上品な絵柄の皿が貴族に相応しい。デニーは倍の量を、同じ皿で提供した。
 「オレもいいの?」
 「最近頑張ってるって聞いたからな。奢りだ」
 「やったぁ。いただきますっ」
 「ありがとうございます」
 「良いんですよ。こちらも世話になってますから」
 と、紅茶を入れながら話す店員。洗礼された動きは、見ていて気持ちがよい。皿と同じ色と柄をしたカップとソーサラーの間に紙を敷くと、静かに上客の前に置いた。
 食事が終わると視察を再開し、ひと通りの巡回が終了したのち、館へと戻った。その後、食事まではレッスンを受けることになっている。
 カランはその間、再度イーズリィの部屋に訪れていた。その指には、紙がある。
 「どうなさいますか」
 「証拠を押さえれば軍を動員出来るかもしれないな。こんな時に動けないとは」
 「まあ。ではスーレンお兄様にご連絡を」
 大輪の花を咲かせたカランに対し、ここ一番のため息で答える次男。どうにかならんか、とでも思ったのだろう。
 ハイライン伯爵家の歴史は古い。法律関係に強く、たまに経済にめでたい人物を輩出している由緒ある家柄だ。剣術においては並といわれており、身を守ることぐらいはできる程度である。
 日が暮れ、闇が支配する時間帯。雲の合間から見える三日月に照らされた怪しい影があった。
 複数人で忍び足をする男たちは、街はずれにある廃屋に向かっていた。周囲を見渡してから中へはいると、同じ格好をした男たちが数人、待っていた模様。
 周囲には、少々破損している箱が積み上げられている。
 「見張りの人間には賄賂を渡しておいた。今なら抜けられるぞ」
 「わかった。この人数なら全部運び出せるな。とっととズラかろうぜ」
 ふたを開けて中身を取りだした男たちは、麻袋にしまってある中身をランプで確認すると、火を消して投げ捨ててしまう。
 全員で抱え足早に移動した先には、隣国との国境があった。
 「わざわざご苦労様」
 スッ、と突然聞こえた女の声。凛としており、品を感じられる。
 「誰だてめえは」
 「悪い事をしてはいけない、罰が当たる、と子供の頃に習わなかったのかしら」
 「何抜かしてやがる、このアマ。こちとら急いでんだ、怪我したくなかったら」
 一歩踏みだした男に対し、高速攻撃がどたまを直撃する。見事に吹っ飛んだ男はのびて動かなくなった。
 男たちは荷物を足元に置き短剣を抜く。一方、女性は殺気に満ちた空間をもろともせず構える。
 「ケリをつけましょう」
 「生意気な。とっ捕まえて後で楽しませてもらおうじゃねえかっ」
 下世話な笑いを微笑みで返すと、先頭二人の背後に回りこみ、後頭部を強打する。別の男から振り下ろされる短剣をかわすと、今度は腹部に強烈な衝撃を加えた。
 また一人、一人、と、八人全員がどこかを抑えてうずくまるのに十分ともかからなかった。
 「何て軟弱なの。まあゴロツキならこの程度よね」
 「う、ぐ。て、てめえ。一体」
 弱者の言葉を無視し、一番近くにあった麻袋を開けて中身を取りだす女性。手から、硫黄のにおいがした。
 男たちから離れてからサラサラと地面にまくと、紙と火打石、火打金をだす女性。その辺に転がっている小石を紙で包むと、事もあろうに火種を作ってしまう。
 そして近くにある火薬に小石をけると、瞬時に小さな爆発が起こった。当然、国境近くにいる兵たちは大慌てで飛んでくる。
 女性は、瞬く間に男たちは捕らえられていく様子を、遠くの物陰から見守っていた。隣には、騎士の格好をした男性と素朴な少年が立っている。
 「ご協力ありがとうございました」
 「お力になれてようございましたわ」
 「これで隣国の隙を突けるかもしれませんね。そうなれば我が国に有利に運べるでしょう」
 「そうですわね。その辺りはお兄様にお任せしますわ」
 「お嬢様、カッコよかったですっ」
 「しー、しー。大声を出してはバレてしまうでしょう」
 「あ。すみません」
 「ふふ。館までお送り致します。お手をどうぞ」
 「ありがとうございます」
 騎士と令嬢らしからぬ格好をした女性、高揚している少年は、待機させていた馬車に乗り、家路へと着く。
 翌朝になると、また号外が町中にばらまかれていた。
 「そういやあ昨日の夜、爆発があったらしいが」
 「ウチは聞こえたぞ。あの辺に住んでるからな」
 「今度は戦争を止めた義賊ですって。大げさ過ぎる気がするけどねえ」
 「んま、この国がいい方向に向かうんなら義賊だろうが何だろうがいいんじゃないかい。憲兵たちの間でも噂になってるらしいし」
 今日も視察にきているカラン嬢の耳にはいるのは、もっぱら昨晩のことであった。
 「いらっしゃいお嬢様。町の教会が取り壊されそうな話、ご存じですか」
 「孤児院を経営しているのでしたよね。どうして急に」
 「我欲の強い馬鹿がいましてねえ。同じ商売人として恥ずかしい限りです」
 コトリ、と置かれた二人分の昼食。今日はピザとサラダである。ナイフとフォークの隣には、普段はない布巾が置かれていた。
 「激動の世の中ですわね。いつになったら落ち着くのでしょう」
 「外が騒がしいですからねえ。たまにはゆっくりして行って下さい」
 「そうさせていただきますわ。それにしても、今日も美味しいお食事ですこと」
 「光栄です」
 終始和やかな食事風景だが、必ず一点、妙なところがあるのが特徴でもある。そして、その特異は、陰ながら闇を払う蹴撃技の出番でもあった。
 ハイライン家に代々伝わる立場を知るのは、国王とほんの一握りの重臣だけ。剣を握っているのは隠れみのにすぎない。もちろん、自己防衛のためでもあるが。
 今宵もこの国には、とある悪党の悲鳴が響き渡っている。

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望月 葵
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