瞳の先にあるもの 第79話(無料版)
※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。
イスモとサンプサが戦線離脱し、残ったエスコ、グラン、クレメッティら白鎧(はくがい)の騎士たちは、突然現れたゾンビと対峙する。
こちらが有利かと思われた矢先、次から次へとゾンビが地面から這い出て来る。
『成程ねえ。核を仕込んだゾンビをあらかじめ仕込んでたワケか~』
「ではあの巨大ゾンビは半分の核で動いていたと」
『さあ~。憶測だからねえ』
「まあ、仕組みなどどうでも良い。敵を殲滅すれば終わりよ」
『それには同意する。エスコ、援護を頼んだよ』
『お任せください』
ふん、と鼻で笑いながら構えるグラン。
「アンブロー諸君の力、とくと見せてみよ」
『うわー。こんな非常時にケンカ売られたよっ』
『閣下。前をご覧下さい、前っ』
「はっはっはっ。相も変わらず抜けておる」
一番乗り、とばかりにツヴァイハンダーを豪快に振り回すグラン。ほぼ同時に、クレメッティは洗礼された動きでゾンビを上下に両断する。
『くぅ。セイラックならお酒で潰せるのになあ』
「男の面子を潰しておいてよく言うわ」
『それは君が悪いし、何十年前の話だい』
「ふん。まあ、良い女は他にもおったがな」
ただのアラ探しにしか聞こえないが、双方とも口がかすかに緩んでいる。戦いを楽しんでいるというより、仕事しながら話している、といった様子だ。
さすがに会話の内容は聞こえないが、一触即発な雰囲気を感じた時は少々焦っていたエスコも、今は矢を射るのに集中している。
もし平和な世なら、生存している親たちの背中を見れたのかもしれない。
せめて子供たちには、平和な世の中で生きてもらいたい。
これは、レインバーグ将軍の願いの一つでもあった。その為に、彼は幾度となく弓を引き、敵を屠って来ている。父親同然の人を失い、半身の様な親友を失い、部下や領民を失いながらも、生きている以上は進むしかなかったのである。
「エスコ」
近くまで飛んで来たリューデリアから、赤い色をした矢を渡される。
「炎の力が込められた物だ。破壊力に優れているが、半径数キロ程の爆風も伴う」
『ありがとう。って、これ触っても平気』
「うむ。今のそなたなら問題ない」
『分かった。あの大きい奴に使ってみよう』
「援護する」
ふあり、と浮かんだ魔女。エスコも前線で戦っている者たちを巻き込まない位置に移動し、距離感を測る。
『今から爆風が伴います。なるべく大きなゾンビから距離をとってください』
『了解』
『良かろう』
通信魔道具越しに話しているが、ただの軽い口喧嘩であると確認すると、将軍は矢を放つ準備に入る。つがえると矢先が赤く光って重くなり、少々狙いが定まりにくい。
真上から射ることにした彼は、敵の頭上まで飛び、放つ。
重力に従って下降した矢は、首筋に当たり爆発を起こす。
そこに、リューデリアの小さな無色の球が連続に撃ち込まれ、周囲を瞬間的に照らしていく。
不思議と発火しない魔法は、大きなゾンビの首筋を抉った。
好機とばかりにグランは跳躍し、傷口を狙う。
だが、彼の剣は、数センチしか食い込まなかった。柔らかい素材で衝撃が吸収されたかの様になってしまい、それ以上進まなかったのである。
舌打ちしながらゾンビの腕をかわして着地する元ランバルコーヤ王。刃を見ると、当たった部分が腐食している。どうやら人間と同じ位の大きさの死体より、毒性が強いらしい。
「間違いない。あ奴が核を持っている」
『核をもつゾンビに物理攻撃は意味がないんだね』
「体内に魔法障壁があると思って貰えば良い。そのせいで普通のゾンビでも効かなくなるのだ」
『なるほど。お二人は我々の援護を。魔法でなければ仕留められないようです』
『本当に面倒な。良かろう、周囲にいるゾンビはわしが中心に対処する』
『我々も君達に注意が向かないように動こう』
『お願いします。リューデリア、いけるかい』
「うむ」
『よし』
何本か魔法で加工された矢をもらい、こちらに放たれる攻撃をかわしながら同じ場所を狙う将軍。魔女は反対側へと飛行し、彼に向かう木製の槍らしき得物を魔法弾で落としていく。
精神体でなければ不可能な戦いかたにも慣れて来たエスコは、弓兵にとって障害物のない特殊な戦場にも同様の様子。命中させる為に、相手の攻撃パターンを記憶していく。
相手は元人間。職種が違えど、必ず何かしらのクセが存在する。そして、時間が経過すればする程、通常は単調化になる場合が多い。緊張下で集中力を維持し続けるのは、不可能だからだ。
対象から距離が離れていれば全体が見え、近ければ詳細が見える。
これは、どんな場面においても同じであろう。
さらにゾンビと距離を置いた将軍は、左右からやって来る、鞭状の木の様な槍をかわす。右手に光の矢を生成しながら、戻って行く腕に沿う様にして放った。
長く伸ばしすぎた故に反撃出来ず、矢は左肩に直撃。すかさず魔女の魔法弾も着弾した。
若干よろめいたゾンビはに対し、今度はグランが左ひざに向けて剣を振るう。若干の傷と共に、より体勢を傾けさせる。
彼の上空で爆発と煙を伴った赤く鈍い光が覆うと、体を回転させて再度同じ場所を攻撃した。
さらに体の角度が地面に近づくと、エスコとリューデリアは攻撃回数を増やし、地上では、通常サイズのゾンビ共を一掃していく。
大地がようやく安寧を取り戻した時、最初の傷がさらに深くなり、頭を胴体に接続するのは困難な状態であった。
エスコは最後の矢をつがえ目を細めると、炎の矢の周りに光が纏っていく。
気持ちとタイミングが重なって指から離れた矢は、一番大きな爆発を引き起こし、頭部を地面に叩き落とす。
司令塔を失った敵の体は、両腕がだらんとし、ゆっくりと両ひざが曲がっていった。
地上隊は下敷きにならぬ様に退避し、終わりを告げるのを見守る。
背中が倒れそうになった時、いきなり巨大な氷柱が出現した。ゾンビが氷に包まれたのである。
「ありがとう。良く、やってくれた。これで、全て終わった」
と、瞬時に姿を現すアルタリア。巨大ゾンビは解体し終えた、と説明している最中、氷柱はピシピシと音を立てて崩れていった。
一行は一旦、綺麗な土の上で合流する事に。空中で治療を受けていた面々も、地に足がついてようやく落ち着いたようだ。
だが、中にはきちんとした治療を受ける必要があった為、彼らは優先的にフィランダリア王国へと送られる算段を取った。本来ならばアンブロー王国で行いたかったが、距離と受け入れ規模、施設を考慮すると、フィランダリアのほうが都合がつくそうだ。
「軽傷者は、ここで治療しよう。移動が必要な人は」
「アタシが連れてくよ。おおよその見当はついてるんだが」
「ああ、診るの手伝う」
「頼んだ。専門家じゃないんでね、止血は全部したけど。この札を持ってる兵を診てあげとくれ」
と、緑の葉の形をした薄いもの。男性の掌の中にすっぽりと納まる大きさだ。
頷いたアルタリアが怪我人がいるほうへと歩いて行くと、それは淡い緑光を発する。すると、集団の中から、ぽつり、ぽつり、と同じ発光色が見え始め、水の魔法師は手近な者たちから診察に入った。
なお、途中参戦したコラレダ暗殺部隊員も輪に加わり、治療を受けたり外傷者の手当てを行っている。
一方、同じ医者のサイヤは、イスモの治療を付きっきりで行っていた。ゾンビから受けたのは自然毒ではなく、魔法で創られた特殊な毒だったのである。成分的には同じだが、魔力によって強化あるいは弱化出来るのだ。
ただし、魔法師以外は魔力を意図的に操れない為、それによる中毒症状が起こってしまう。症状は用いられた毒によっても変わるが、大体は風邪の症状に似た軽い症状が多いと記録に残っている。
「毒自体は中和したから、あとは時間が解決するわ~」
危機から脱出したと判断した魔女は、ほっと笑顔になる。体に戻ったアマンダや他の従者たちやサンプサ、ハンナも、一息ついたようだ。
ちなみに、ヘイノは将軍職を全うし、エスコも実体となり彼の補佐をしている。アマンダは使役している立場だからか、疲労度が大きいらしく、今は体を動かせない状態だ。
リューデリアと情報屋は、それぞれアルタリアとフィリアの傍で動いている。
「ありがとな、サイヤ。どうなる事かと思ったぜ」
「すまなかったな、イスモ」
「いや、兄貴の、せいじゃない、でしょ。元から、はってたヤツ、だし。あれは、逃げよう、がない」
「積もる話は後にしてさー。私たちも少し休もうよー」
いてて、脇腹を押さえるギルバート。彼も一歩間違えればあわや大惨事な怪我を負っていた。
「アマンダ様、お加減は如何ですか」
「少しぼんやりしますが、体の痛みはありませんわ」
「よかったです。けっこう魔力になじんできたんですね」
「なじむ?」
「幼い頃から馴染んでいないと、体が異物と判断してしまう様でしてな」
「まあ。ではラヴェラ王子がすぐに動けたのは」
「あのお方は元来から大きな魔力を有している、外部の方では稀有な存在なのです。ラガンダ様のお傍にもおりましたし、それ故早かったのでしょう」
誰しも大なり小なり魔力は持って生まれるが、開花するのは幼少の頃に魔力の存在を知って体に刷り込ませ一体化する必要があるそうだ。少なくとも、ここで魔法に対する適正が有るか無いかの判断も可能になるとの事。また、環境からも影響を受け、ラヴェラの場合は精神体である火の魔法師が、アマンダはライティア領の土地柄と魔女二人の存在が要因となって他者に比べると馴染みやすかったと推測される。
「子供のころ、庭でよく遊んでたそうですが。それかしら」
「あのデカさは庭じゃねえだろ。草原だ、草原」
「地平線が見えたもんねー」
「そっちは聖域だから行かないようにしてますよ」
アードルフの脳裏に問答無用で駆けていた幼女が浮かぶが、もちろん黙っておいた。
ぼちぼち帰り支度を始めかけていた時、ドンと大きな音がした。突如現れた殺気はライティア関係者がいる方角へ走って行く。
悲鳴が上がる中、どす黒い木の様な槍は標的を見つけさらにスピードを上げた。
アマンダの瞳に、高く掲げられた先端が、映る。
その時、体に衝撃が走った。令嬢は支えていたハンナと共に尻もちをついたのだ。
彼女たちの瞳に飛び込んできたのは、敵が背中から胸に掛けて貫通したイスモの姿。彼は少しずつ宙に浮かぶが、急に地面に落とされる。
槍の様な武器は痙攣したのち動かなくなると灰と化した。
「な、んて、日だ。ツイ、てな、い」
「イスモ、しゃべるなっ」
アードルフが止血するも、何故か手に力が入らない。理性は本能に勝てないのだろう。
「な、なんてこと。しっかり、してください」
四つん這いになりながらやって来たアマンダは、マントを破こうとするが、イスモに止められる。
「いい、よ。自分で、わかる」
「なにをいってるんですかっ。今、治療、を」
令嬢の目から溢れ出た涙は、次から次へと仲間を呼び寄せる。また、傭兵たちは眉間にしわを寄せながら、視線をそらしてしまっていた。見慣れているはずの光景だが、身内となると話は別だ。
元暗殺者の背中から流れる血の池は、広がるばかり。
駆け付けた将軍や魔法師たちも、状況を瞬時に判断し、息を飲む。
ゆっくりと歩いて来たグランは、剣を担ぎながら、イスモの近くに膝を落とし、
「良く姫君を守ったな。褒めて遣わす」
と、静かに語る。彼は、かすかに笑った。
「サイヤ、サイヤ。魔法をかけてください、お願いします」
杖にしがみついて座っている魔女は、首を振るばかり。魔法師以外に、回復魔法は殆ど効果がないのだ。
「そんな、そんな。だれか、だれか、たすけて」
マントを外して圧迫するも、血は戻ることはない。
イスモが目を閉じた瞬間、横たわる体の上に、凄まじい光量を纏った杖が現れる。と同時に、アマンダ以外の人間が吹き飛ばされる。
「立て、アマンダ。お前の力をかせ」
目の前には、情報屋が立っていた。
「まだ間にあうかもしれねぇぞ。一か八かだがな」
「ほ、ほんとう、ですか」
「しばらく寝たきりになるだろうが。それでもいいなら」
「かまいません。助けられるのねっ」
「やってみる。これしか方法ねぇからな」
アマンダは、力を込めながら、ゆっくりと立ち上がる。