瞳の先にあるもの 第80話(無料版)
※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。
「おいごらあ、何やってんだあっ」
「駄目だ、聞こえていない」
「あんのクソガキ。バカしやがって」
「フィリア。口、口」
「あぁん、ンなコト言ってる場合かっ」
令嬢、と出そうとしたら胸倉を掴まれるアルタリア。背後でさらに増した光で、フィリアの表情が少女時代から現在の大人へと戻る。
「悪い、昔のクセが出ちまったね。あの子たちを止めないと」
走り出そうとした彼女の手を、水の魔法師は掴む。そして首を振りながら、
「止めたら、逆に危ない。魔力と生命力が、流れ出し始めている」
「ちっ」
「先に、行っている」
「頼んだ」
頭に血が上った自身に反省し、魔法師たちに、
『坊やが例の杖を出した。リューデリアとサンプサはアタシたちと一緒に属性魔法陣を張っておくれ。サイヤとハンナは兵たちを集めて結界を』
『承知致しました』
『了解です』
『はい』
様々な返答を聞きながら、フィリアはアルタリアの後を追う。
外部にいる魔法師たちが動いている中、情報屋は出現させた杖を挟み、アマンダを見上げる。彼女側からだと目深いフードで隠された瞳は見れないが、子供が冗談を言っているとは到底思えない視線を感じた。
「何をすればいいの」
「杖をつかんで祈ってくれ。あとはお前の中にある力が何とかしてくれる」
「何とかって」
「表現しづれぇんだよ。ンなコトより一秒を争う」
「そうね。わかったわ」
同意した令嬢は、しっかりと柄を手にする。直後、全身に激しい重みが掛かり、まるで雷が走ったかの様な衝撃を受ける。
アマンダを死なせるワケにはいかねぇんだ。こんなデカい魔法を使ったら、こいつの身がヤバいことになるのは、エレノオーラ様も気づくはず。悪いけど、利用させてもらう。
子供の脳裏に、忌々しい過去が蘇り、同時にイスモたちとの関わりも鮮明に流れて行く。
令嬢が白い光に包まれ始めた。視覚では認知出来ないが、魔力が放出されているのを感じ取れた情報屋は、左手を少女の手の間に、右手を一番外側に置く。
両足で踏ん張るのがやっとな程の重圧がのし掛かると、己が魔力を杖に注入し始める。するとさらに重みが増していった。かつてリューデリアを抑えていた時よりはるかに上回り、内臓がおかしくなりそうだった。
双方の顔が、苦痛に歪む。
相棒の二羽の鳥が、三人の頭上空高くで、円を描きながら鳴いていた。
いくらか安堵した情報屋は、大きく深呼吸し、
「我、オーディンの名を語る者なり。神により受け継がれし力と知恵とともに、我が力を解放せん」
子供と令嬢を点とし、光は円を描いた。一本の線となった瞬間、今まで以上の力で圧迫される。
マ、マジか。想像してたのよりキツい。
情報屋がアマンダを見ると唇の端をかんでいた。もはや気力だけで立っている状態で、おそらく、魔法師より魔力が無い分、苦しいのかもしれない。
子供も左手親指の爪で、人差し指をつねりながら、
「我、審判者としてしょする。あまねく魂たちよ、かの者を戻せっ」
杖の先端にある宝玉が新たな光を生み出すと、もはや外部の人間の目の機能も意味を成さなかった。
溢れんばかりの光は柱となってアマンダと情報屋、イスモを包み込み、木々をしならせる程の風を伴って空高く突き抜ける。天地を結んだ光柱は、夜明け前の風景には馴染まず、世界に非常事態を知らしめてしまう。
だが、今は世の中がどう思おうとどうでも良かった。少なくとも、当事者たちは、目の前の親しき人物を助ける事しか頭になかったのだから。
アマンダの体が傾くと、情報屋は必死に呼びかけた。ここで倒れられたら失敗してしまう。
令嬢の左足に力が入り、杖から手が離れることは無かった。しかし、様子がおかしい。
彼女の髪は金色であるにも関わらず、黒いのだ。しかも、瞳まで漆黒の色に染まっている。
『あなたね、覚えていなさい? 後でお仕置きよ』
「い、いや~、その。今回はしかたなく」
『まあ。悪知恵が働くのはラガンダの影響かしらね。悪い顔してるわよ』
クスクスと笑う少女。しっかりと杖を握った黒髪の令嬢は、今までの比はない魔力を杖に送る。
体が軽くなり集中しやすくなった銀髪の少年は、負けじと残る力を振り絞った。黒い瞳の少女からは白き光が、紫の瞳の少年からは黄土色と緑が混ざった光が、空に向かって溶けていく。
一瞬爆発したかの様に強く光ると、徐々に光が細くなっていった。
消え去る直前、
『私は戻るわね。しばらく謹慎を命じます』
「は、はいぃ」
上目遣いで抗議したが聞き入れて貰えなかった少年。少女は微笑みながら、両手でフードを元に戻す。
光が完全に止むと、数秒間、沈黙が流れる。
杖が消えると、アマンダと情報屋はその場から磁石の様に弾かれてしまった。アマンダは受け身すら取ること無く地面沿って滑って行き、情報屋は何とか顎を引いた体勢で背中から叩きつけられる。前者はそのまま動かなくなり、後者は咳き込んで体を丸めていた。
令嬢にはギルバートが、情報屋には魔法師たち、イスモにはアードルフとヤロがそれぞれ駆け寄る。ヤロが相棒の状態を確認している間、ギルバートがアマンダを抱えてやって来た。
「アマンダ様、は」
「気絶してる。髪はこうなってたねえ」
不思議と服に土が付いてないけど、と彼。髪が真っ白になっている以外、外傷は無いという。
「兄貴、こいつ生き返ってるぜ。弱いが呼吸もちゃんとしてる」
アードルフは見開くと、確かに青白くはなかった。しゃがんで脈を取ると、ちゃんと動いている。
「傷も治っているな。これなら」
「様子はどう~」
シュン、と姿を現すサイヤ。状況を聞いた魔女は、自らも脈を測り、息を確認する。
「成功、したのね。よかった~」
「これなら魔法が効くだろ、なっ」
「必要ないわよ~。もう大丈夫だから~」
「そこまで回復したのか。何て奇跡だ。情報屋は」
杖をイスモと水平に構えて魔法を唱えていたサイヤの顔が曇る。淡い水色を見て、質問者に少し待ってもらう様に伝える。
アマンダも同じく、体と並行に杖を構えるサイヤ。彼女からは、黒い光がたこの足の如くうねりながら包んでいる。
「だ、大丈夫だよね」
「黒い光は気にしなくていいわよ~。ただ、しばらく寝たきりね、きっと」
はあ、と息を吐く魔女。アードルフに向き直ると、より表情が暗くなる。
「魔法の反動で、今大変なことになってるわ」
意識ある者たちが急いでそちらを見ると、魔法師たちが集まって緊迫した雰囲気を感じた。
よく見ると、地面に横たわっている子供が、のたうち回っている様だが。
「サイヤ殿。アルタリア様がお呼びです」
「あら~。どうしたんですか」
「手に負えないそうで。お二人が問題なければ私が代わりに説明致しましょう」
「あ~、ではお願いしますね~」
と、あちら側に合流するサイヤ。代わりに伝えに来たサンプサは、アマンダとイスモの状況を聞いて安堵する。
「良うございました。情報屋の事ですが」
声のトーンを落とし、あくまで現状を口にする。
情報屋の命に別状はないが、負荷の強い魔法を使ってしまった為、体のあちこちに異変が起こっているという。
全身の激しい痛みに高熱、吐血、息切れ、異常な発汗が先程出たらしい。
「ほ、本当に大丈夫なのか、それ」
「ええ。言うなれば体格に合わない重い武器で長時間戦った末に起きた疲労、でしょうか」
「それの酷いバージョンって事だよねえ。でも、相手は魔法師」
頷くサンプサに視線を落とすアードルフ。ヤロは頭にクエスチョンマークを出している。
「顔、見られたくないんじゃないかなー」
「ンな事言ってる場合かよ」
「あの子にとってはそうなのです。ですので、此方はお任せ頂きたく」
「あ~、それであんたが説明に来たのか。色々あんだな、坊主も」
「ええ。ですが、少し変わりましたな」
「坊主がかい」
「良い意味で、ですよ。きっとあなた方のお陰でしょう。感謝申し上げます」
「い、いやいや。オレら何もしてねえって。なあ」
「ええ。普通に話したり食事をしただけですので」
と、若干慌てて返答するアードルフ。会釈をしたサンプサを、ギルバートは後ろから目を細めながら見る。
「個人的には、せめて皆様には事情をお伝え出来ればと存じますが。その判断は四大魔法師に任せております故」
「歴史もありますから、致し方無いでしょう。気になる事がありましたら、フィリアに聞くようにしていますし」
「左様でございますか。ですが、そうして頂けると幸いです。一般の魔法師では境界線が分かり辛いので」
「貴族も大変だと思ってたけどよ。あんたら魔法師も大概だな」
「ふふ。力を持つ者には責任が伴うのです。我々は幼い頃より叩き込まれておりますからな」
「真理だねえー」
と、イスモの隣にマントを敷き、アマンダを寝かしたギルバート。彼が立ち上がろうとした時、互いを支えあっているヘイノとエスコ、グランが合流する。
「丁度良い。サンプサ、説明せよ」
「畏まりました」
執事は主に説明をしている間、将軍たちは横たわる二人の傍にひざを折り、アードルフから話を聞く。
「お二人共、お顔の色が優れぬ様ですが」
「少し気分が悪いだけだ。何て事はない」
「んまあ、色んなことが起こりすぎたからね。それより、ほとんどが無事でよかった」
「同感だな。して、諸君らはこれからどうするつもりだ」
アマンダとイスモの様子を見るべく、将軍たちと同じ姿勢になる元ランバルコーヤ国王。
「わしらは同胞を自国で弔った後、フィランダリアに戻る予定だが」
「我々も、処理が終わったら一度アンブローに戻る予定です」
「左様か。では我らも手伝おう」
執事に視線を送ると、彼は軽く頭を下げ、部下たちのほうへと向かう。
「かたじけない」
「気に召さるな。これも我が君の命よ」
フッ、と笑うグラン。
前王が魔法師の様子を見に行くと口にしようとした瞬間、フィリアが現れる。
「ほったらかしにしてすまないね。何か進展はあったかい」
「戦後処理しようとしていたところですな。お伺いを立てようと思うた次第」
「そうかい。情報屋はアタシらが対応するから心配しないでおくれ。んーと、あんたたちはちょっと休んだほうが良さそうだ」
ヘイノとエスコの顔色を読む魔女。アンブロー組の主要メンバーは、先にフィランダリアの別館に移動したら、と提案する。
「あー、だったら私が代表として残りましょうかー。二人いれば二人の容態も見れるし」
「あんたは治療を受けた身だろ。アードルフに任せたほうが良いんじゃないのかい」
「私で良ければ。ヘイノ様、如何なさいますか」
「済まないが、頼めるか。どうも頭がぼんやりして適切な判断が出来そうに無い」
「しゃあないさ。ここはひとつ、厚意に甘えるのを勧めるよ。エスコ、あんたも休むんだ」
「僕は強制なんですね」
「当然。んじゃあ、アードルフ、グラン。後は頼んだよ」
「承知した」
「任されよ」
フィリアが右手を上げると、緑色の光が一行を包む。
一足早く戻って来た面々は、レインバーグ家の執事であるフェインツの出迎えを受ける。その後、ヤロがイスモを、ギルバートがアマンダを抱えて寝室へと移動した。事前に連絡していたらしく、が整えられている。
なお、貴族たちはもちろん、ライティア家の従者にも隣に部屋があてがわれていた。
「軽食のご用意もございます。必要であれば何なりとお申し付け下さい」
「私達も良いですかねー」
「勿論でございます」
「そりゃ助かるぜ。ちょいと食ってから寝るか」
「そうだねーっ」
「若いってイイねえ。あんたたちも喉通りそうなら、スープでも飲みなよ。しばらく気怠くなるかもしれないからね」
経過は専門家に診て貰ってさ、と風の魔女。今は休息を第一にしたほうが良いそうだ。
「コラレダに関しての情報収集もアタシがしとく。とにかく今は休みな。事後処理はセイラックにぶん投げれば良い」
「はは。ではそうさせて頂きましょう」
苦笑いしながら返すヘイノだが、実際はそうでもしないと回らない事のも理解している。
天より命の恵みが窓辺から入って来る。自然の温かみは、一行の心にも届いた様だ。
だが、類は友を呼ぶ、という諺の如くの出来事が起こり始めていた。