瞳の先にあるもの 第60話(無料版)
※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。
気晴らしから戻ったヘイノは、机の上に溜まっている報告書を目に入れるにため息をついた。小一時間の外出中に、倍以上に増えていたのである。
とはいえ、民が少しずつ日常を取り戻している姿は、将軍に力を与えていたのも事実。お茶を入れて取り掛かろうとすると、扉が三回、小さく叩かれた。
主が許可をすると、失礼します、と入室して来る三人。一人は傭兵のオルター、一人は魔法師のサーク、最後の一人は新しい顔だ。
「ヘイノ様、戻ったら教えてくださいって」
「すまん。慣れてなくてな」
立ち上がって迎え入れると、
「彼はサンプサさんです。グランさ、んの付き人でして」
「お初にお目に掛かります、フウリラ閣下。グリッセン家の一人、サンプサにございます」
サークがサンプサと名乗る男性を紹介すると、ランバルコーヤの衣装を身にまとった男性は、そう続けた。
「貴方がサンプサ殿ですね。お話は伺っています。さあ、お掛け下さい」
「恐れ入ります」
客人を座らせたヘイノは、向かい側に座る。魔法師がお茶を用意し、傭兵はヘイノの後ろに立つ。
急な訪問を謝罪した後、雑談に花が咲く。
「フィリア様から事情は伺っていますが。本日はどうされたのです」
「実はですね。我々が旅の一団を装ってコラレダを調べようとしたのですが、追い返されたのですよ」
「旅人を、ですか」
「はい。名を知られていても素顔を知る者は少ないので、今までは問題なかったのですが」
「ということは、国交自体を閉じている、と」
「おそらく。周囲に聞き込んだところ、ランバルコーヤの民は、商人以外は通れないようになっているようでして。取り急ぎお知らせに参った次第です」
「成程」
「特に気になったのが、傭兵軍が関所を取り仕切っていたことですね。本来ならば騎士団が行うはずなのですが」
眉を変形させるヘイノ。
「異様な雰囲気でしたので、グランが知らせて来い、と」
「確かに異常ですね。関所の管理は国管轄のはず」
「ええ。傭兵と暗殺、新設された魔法師団の各団長は、伯爵の位に就いてはいますが。どれも歴史が浅い者たちばかり」
用意されたお茶で、のどを潤すサンプサ。同じ動作を、ヘイノも行う。
静かに、カチャ、と置かれると、
「オルター。フィランダリアに行ったことはあるかい」
「え。まあ、何回かは」
「どんな様子だった」
「うーん。俺が行ったのは数年前ですけど。いい国でしたよ。傭兵の仕事は労働系ばかりでしたね」
「えーっと。今もその傾向は変わってないみたいですよ。ただ」
と、手元の資料をひっくり返しているサーク。ある一点が、気になった様で、
「治安が悪化してるらしいですね。難民増加の影響で、えーっとと」
あれ、と首を傾げてしまう青年。不慣れから来る紙の束をめくる音は、中心人物たちの顔を、少し緩めていた。
「まとめてこいよ、あんた」
「その資料がないんだって」
「はは。なら取り違えたのかもしれないな」
「す、すみません」
「これから慣れていけば良いのですよ。私もかつてそうでした」
「あ、そうなんですか。よかった~」
「ふふ。覚えている範囲で構いません。何か情報を頂けませんか」
「えっとですね。難民の影響からくる治安悪化と物価上昇、環境破壊が問題になってます」
「フィランダリアにおける環境問題。薬草の乱獲、でしょうか」
「それを筆頭に、密輸や人攫いや人身売買もありますよ」
「そう、ですか。思った以上に荒れているのかもしれませんな」
「フィランダリア王国は御国に支援物資を提供しています。侵入してくるケースもありえましょう」
「お伝えしておきましょう。情報ありがとうございます。それとサーク、情報屋に伝えて頂けますか」
少し首をかしげた魔導士だが、サンプサが取り出した鈴を見て理解する。
「サンプサさんが持ってるってことですね。分かりました」
オルターとヘイノには理解出来なかったが、それは魔法師同士の内輪になるのだろうと判断し、黙っていた。
「では、私は戻って対策を考えます。お時間ありがとうございました」
「こちらこそ。どうかお気をつけ下さい」
「ええ。ヘイノ様も」
三人が退出するのを見送ると、ヘイノは立ったまま息を吐き、天井を見上げる。
「エスコが無事でいてくれるといいんだが」
足に再度力を入れて事務に戻ろうとすると、オルターが再度入室し、慣れない手つきで食器を片づける。
「君も大変だろうが、少しずつで構わない。慣れていってくれ」
「あはは。まだ緊張が抜けませんって。割らないように気をつけます」
と、言ったそばから食器を落としそうになる彼。猫の様な忍び足の姿は、男でも可愛らしく見えるのが不思議だと、ヘイノは感じる。
経緯はともかく、オルターは作法や心構えやらを叩き込まれている状態だし、サークも良くやってくれている。
人の成長を見守る楽しさを、彼はかみ締めていた。
海を隔てると、同じ様に見守っている者たちがいた。とはいっても、相手は墓石だが。
祈り終えた初老越えの男性と十歳位の子、そして水の魔法師は、遠くにある海を見つめていた。
「揃ってくるのは久しぶりだ。きっと喜んでおろう」
「父上と母上は、いまのよをどう思ってるんでしょうか」
「うん? どうした急に」
「いえ。その」
ゼノス王の問いに口ごもる少年。身にまとう服は、肌触りのよさそうな生地と豪華な刺繍が施されている。
大人は子供の肩に手を乗せると、
「私に遠慮など要らぬぞ。そなたは息子同然なのだからな」
「お、おじうえ」
手を組み、人差し指を動かす子供は、上目遣いをしながら困った表情をする。
「周りの者に何か言われたのか」
「それは、もう慣れました。そうじゃなくて、最近、むなさわぎがして」
「胸騒ぎ?」
「はい。う、上手くいえないんですけど」
アルタリアは、子供の周りにいる精霊たちがオロオロしている姿を見た。フィランダリアの王族は、水の加護を得られるように常に聖水を持ち歩いているため、ついて来やすいのである。
「女性がないてる夢をよく見るようになったんです。誰だかわからないんですけど、なんとかしてあげたくて」
「ふむ。だからここに来たかったのだな」
「はい。もしかしたら、母上が悲しんでおられるのかなって」
夢のせいか、話しかけても反応はないらしく、原因が特定出来ないとのこと。同じ場面に良く出くわすので、何らかの暗示なのかと考えたそうだ。
「ぼくはまだ子供で、戦う力も政治に参加する資格も頭のよさもありません。こんなぼくが、将来この国をせおっていけるのかなって、不安で」
「はっはっはっはっ」
いきなり笑い出した伯父に驚く甥。男性はゆっくりとしゃがむと、同様のスピードで子供の背中にに腕を回した。
「そう思っておるだけで十分だ。何、その年頃は誰でもそういうものよ」
「そう、なのですか?」
「皆、そうやって成長していく。ゼノスは、テディ位の時、この辺りを弟と一緒に、走り回っていた」
「えっ。勉強は」
「放り投げておったな。その度にアルタリアに連れ戻されて二人共缶詰にされてなあ」
「ラガンダとフィリアの影響、のせいで大変だった」
「そう言えばかなり手馴れていたの。懐かしい」
「は、はあ」
目をぱちぱちさせながら見上げる王子。きょとんとしてしまった甥っ子の頭を撫でると、
「人間はな。座学だけで立派になれる訳ではない。経験が必要なのだ、何事にも」
「経験、ですか」
「うむ。勉強など必要最低限で良い。まあ、王族貴族はそれでも多いようだがな」
「普通の子とくらべて、ですか」
「らしいぞ。これは聞いた話だがの」
「作法や知っておかないと、いけない知識は、多いと思う」
「そなたが言っても納得出来かねるが」
「そう?」
「医学も学んでいるだろう。とてもじゃないが、私なら爆発する」
「うーん。貴族社会の常識は、四大魔法師になった時に、学んだから、私は違うよ。フィリアだけだと思う」
「ほう、そうだったのか。だそうだ」
アルタリアは視線の高さを合わせながら、
「知っておかないと、恥をかく場合もある。最悪、命の危険に、さらされるから、勉強は必要なんだよ」
「文字の読み書きと同じだ。必ず将来役に立つ。そうだ」
ポン、とグーとパーを上下に重ねるゼノス。せっかく外にいるのだから、気晴らしも兼ねて魔法合戦しようと提案する。
「身を守るための演習も出来よう。体も動かせるし、一石二鳥というもの」
歳も歳だし運動せねば、とまるで少年心に支配されたかのようなゼノス王。やれやれといった具合で承諾したアルタリアは、親子でやろう、とテディを誘う。
パッと顔を輝かせた少年は、父親と共に何の縛りも無い時間を共有した。
しかし気づけば日が沈みかけており、年齢を重ねた体も下降気味という非情事態が発生。国王は基礎体力を向上させるカリキュラムを組まされるハメになってしまう展開に。
ちょっとした面白いハプニングを胸に、帰路につく一同。アルタリアは後ろから笑っている二人を見守り、平和への想いを馳せずにはいられなかった。
翌日。水の魔法師監修の元、対面時間も取れると気づいたので、二人は早速取り掛かっていた。
「もっと動けると思っていたんだがなあ。悲しい現実だ」
「年齢は、仕方がない。生きている証拠」
「そうだな。これから起こるだろう事を考えると、面倒とは言っておれん」
表情を曇らせるアルタリア。空模様の怪しさは、同じ立場にの魔法師や情報屋の子供を通じても入って来ている。結界を張ってあるとはいえ、どこに目や耳があるのか不明な状況でもあった。
「聖水は、常に持ってるようにして欲しい。いつでも、駆けつけられるから」
「うむ。テディにもお守りとして所持しているよう強く言ってある」
「私が動けない場合、フィリアが対応する。彼女には、申し訳ないけど」
「すまぬな。本来なら四大魔法師方の御手を煩わせるなどしたくないのだが」
「気にしないで。ロウェルの件もある」
十数年前に起きた第二王子暗殺事件。彼も水の魔法師の加護を受けていたが、危機に陥っていた際、彼は察知出来ず、命を落としてしまった。原因は魔道具による交信障害である。各王族は、契約した四大魔法師との繋がりが強く、命に関わる有事には連絡が行くようになっていた。戦時中もあり、より強く作用するようにしていたのだが。
どういう訳か王子の魔力反応全くがなく、前線にいたアルタリアに知らせが翌日に届いたのは、人の手による伝達だったのだ。
妨害が発覚したのは今から三年前で、情報屋の子供が訓練している最中にたまたま見えたからだった。事実を知った水の魔法師は、聖水に自らの魔力を込めたものを持たせることで感度を上げることに成功。実験を繰り返して、今に至っている。
これは、ライティア家に掛けられている魔法と、大部分は同質である。
「何があるか、分からない。ただ、間違いなく、コラレダは狙ってくる」
「そうだな。ランバルコーヤが独立した今、新たな矛先はこの国に間違いない」
「貴族間の、動きにも気をつけたほうが、いいね」
「うむ。この辺りはセイラックやゼンベルト殿と連携をより強める事になっている」
「うん。ただ、タトゥは難癖つけるのが、得意だから」
「カロラを盾に言って来るだろうな。近頃、カイヴァント卿との連絡が途絶えがちになって来ておるのも気になる」
「フレデリクは、コラレダ再建の、鍵になる。情報屋に、頼んでおく」
「ああ、私からも伝えておこう。あんな幼子には重過ぎる内容なのだが」
アルタリアは目と閉じ、
「あの子が、選んだ道、だから」
「そう、だったな。まだ決心は揺らがんか」
「ラガンダは、好きにさせたほうが良い、と。血が上ってるから、絶対耳を貸さないって断言していた」
「経験者だからこその言葉、か」
顔を歪めるゼノス。情報屋の背景を知る、少ない人物のひとりでもある。
「これ以上、私より若い者が死地に旅立つのを見たくない。和睦が困難なのなら、致し方ない」
「そうだね。もう、難しいと思う」
「そなたが口にするのだからな。異常な世になった」
いや、既に土の魔法師を手に掛けた時点で終わっていた、と続く。
平和への願いを踏みにじった罪は、深く、重い。