妹がツンデレ過ぎてまともな恋愛が出来ません! 第7話
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第7話 「妹がヤンデレ疑惑なんですけど」
「忍~聞いたぞ。お前、柿崎ちゃんに喧嘩売ったんだって?」
友人の雄介がニヤニヤしながら俺に話しかけてくる。
1週間後に迫ったリベンジマッチの所為で、ただでさえ俺は朝が弱いのに、何と2時間も早くから麻衣にケツを叩かれ、無理やり起こされる日々が始まった。内容は3キロの走り込みと、公園での素振りと、軽い打ち合いだ。
鈍った身体はすぐに感覚を取り戻し、初日は1キロ走っただけでヘロヘロになっていたのに、今は音楽と妄想をしているうちに余裕で3キロ走れていた。しかも、早起きしたお陰で同じく走っている綺麗なお姉さんに声をかけられたり、早起きは三文の徳と言うのはあながち嘘ではないかも知れない。
おまけに、俺の体調はすこぶる良好だ。運動して、シャワーを浴びて朝飯を食って学校に行く。何という健康的な身体になったのだろう。
この無理矢理早起きのお陰で、意外な事に低血圧の症状で悩む事がなくなった。疲れるお陰なのか、夜もよく眠れている。
本当に、麻衣サマサマだ。
「──そうそう、雄介。ひとつだけお前に文句があるのを忘れていた。柿崎ちゃんは男だったぞ?」
雄介の誤情報の所為で、俺は男にめっちゃドキドキしてしまった。
そんなのは冗談じゃない。俺は普通に可愛い女の子と恋がしたいってのに。こいつのつまらない悪ふざけの所為で危うく道を踏み外すとこだった。
「は? 洸ちゃんだぞ」
何馬鹿なこと言ってんだ? って顔で俺の方を見てる。ヒカルって名前は男も女も多い。そんなので騙されるか!
「ガチで男だって」
「……お前、ちゃんと確認した? だって、柿崎ちゃんって、麻衣ちゃんと同じ女学校出身だろ?」
……
……
早とちりな俺乙!!!
麻衣の行ってる学校はS女学校。立派なエスカレーター式の私立『女子中学校』だ。
そりゃ、男がいるわけがない。スコート履いてないからって女じゃないって決めつけるのは確かに俺がおかしい。
雄介はわざわざそんな有難い情報をくれたというのにホント俺って奴は……。
思い切り男と勘違いして、俺は「彼女」に対してちょっと子供臭い態度をとってしまった。
だってオカシイだろう。麻衣に何度も告白って……そんなに麻衣がいいのかっ!?
不毛な恋愛なんかしなくていい。柿崎ちゃんはマジで可愛い。思い切って、「麻衣じゃなくて俺と付き合うのはどう?」って言ってやりたい……!!
「……俺は女子にも勝てないくらい腕が落ちたのか……」
「ははっ。柿崎ちゃんにもし勝てたら告白でもしてみたら?」
くっそ、他人事だと思いやがって。完全に傍観者モードの雄介はそんな適当な返答しかくれなかった。
あ~でも、柿崎ちゃんは女かあ。
麻衣が女と付き合うくらいだったら、それは妨害してもいいと思うのは俺だけなのだろうか?
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「真里菜様! お願いっ。俺にもちょっとだけ練習させて」
中学の頃からの付き合いのある羽球部の部長の真里菜に、俺は両手を拝むポーズで精一杯可愛くお願いをしていた。
こんな姿、もしも麻衣に見られたらまた冷たい目で一蹴されそうだが、なり振り構って居られない。俺は柿崎ちゃんに絶対勝つ!
流石に今の時期はどこの部活も必死に練習しているので、グラウンドやコートを貸してくれなんて我儘は言えない。まして、俺は部員でもないのだ。いくら麻衣が協力してくれてるとは言え、今の練習量で柿崎ちゃんに勝てるとは到底思えない。
いくらブランクがあるからって、現役にこの練習量でガチで勝負なんて仕掛けたら相手に失礼だ。俺もスポーツマン精神くらい持ち合わせている。だからやれるだけの事をして、もう無理だって所までやりきって、全力で挑みたい。
俺の本気を悟ってくれた真里菜は「はぁ……」と小さなため息をつき、体育館の隅を指さした。
「あのねえ、こっちだって高体連があるんだから、真ん中のコートは部員に開けてね。あそこの角の一角だったら壁打ちしてる後輩いるし、迷惑かけない限りは自由にしていいから」
「さんきゅ~。んじゃ、ちょいとお邪魔します」
俺は体育の授業で使っているジャージに着替えると何故か後ろで突然黄色い声が上がった。
誰か偉い奴でも来たのかと思って慌てて振り返ると、俺の背中を見ていた羽球部員達が集まってきた。
「田畑先輩っ! も、もしかして麻衣ちゃんから羽球の許可が下りたんですかっ!?」
「……は?」
「先輩の華麗なプレイがまた拝めるなんてぇぇっ!! 私諦めないで良かったっ!」
「洸ちゃんと試合するんですよねっ!? 超楽しみにしてますっ!!」
彼女達が何を言っているのか分からない。
おまけに、別の子と練習をしている柿崎ちゃんが俺の視線に気づいて満面の笑みで手を振っている。
一瞬だけ俺の周りに発生した女子の輪は、真里菜が手を叩いて「ほらほら、あんた達もさっさと練習しなさい!」との声ですぐさま練習へと戻っていった。
残された俺は制服のズボンもジャージに履き替えて、上のジャージは軽く袖を捲る。
今のは何だったんだ。彼女のいない俺にとってまるで天国のような光景だった……。
しかし、雄介が言うように、今年の新人は可愛い子多いなぁ。柿崎ちゃんと言い、S女学校から来た子、レベル高いんじゃないか? と思う。
俺が少しへらへらしながら練習で借りるラケットを選んでいると、真里菜から凄まじく重いため息が聞こえて来た。
「……あのさぁ、着替えるのはいいんだけど、せめて男子更衣室使ってよね。あんた意外とモテるんだから」
「えっ!? 真里菜様、それって超初耳なんですけど……?」
「う~ん……とりあえず、今日ここで練習したってのは、麻衣ちゃんには内緒にしておいた方がいいよ?」
また麻衣の名前が出る。一体みんな麻衣の何を知ってるんだ?
S女学校で麻衣がどういう学生生活を送っていたのか俺は知らない。
だが、あそこから来た子は『田畑』という苗字を聞くと、みんな俺を恐れて近づかない。
まあいい、決闘まではここで可愛い後輩も拝めて練習も出来て幸せだ。
真里菜のありがたい配慮を受け、体育館の隅で素振りと基礎練習を続ける。その合間に休憩をしている補欠の子と色々な話をさせてもらった。
あぁ、やっぱりマジで羽球最高っ!! せ、青春を感じる……もう一回やろうかな~羽球。
今ならあのうるさい顧問もいないし。
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俺は久しぶりに充実した練習をして身体は心地よい疲労感、そして同年代や後輩の可愛い女の子とたっぷり話が出来て心はほくほく幸せ気分で帰宅した。
「たっだいま~」
ご満悦で帰宅するとキッチンに立っていた麻衣が包丁を持ったまま玄関までやってきたので流石の俺も焦った。
えっ……えっ!?
「兄貴、朝練習だけじゃ不満?」
「ち、違うっ! ま、まず落ち着いて話をしようっ!! な、な? とりあえずそれ置いてこいよ」
「……柿崎先輩以外の女と沢山喋ってたよね?」
──どうしてそれを知っている?
ってか、あの場の人間が、麻衣に情報をリークしたってことか!?
女子は本当に口が軽いから怖い。誰が繋がってるかなんて考えたくないが、確かに色々トークしてデレデレしたのは事実だから、全然否定できない。
それよりも、魚を切っていた包丁にくっついてる血がめっちゃめちゃ怖いんですけどっ!!
俺はこのまま麻衣に殺されるんじゃないかという一抹の不安を覚えて思わず生唾を呑み込んだ。俺の背中は逃げ場もなく、アパートの冷たい玄関のドアについたままだ。
麻衣は無表情のまま、俺にずいっと近づいてその持っていた包丁を俺の頬にぴたりと当てる。
腹ワタを取っていたのだろう、生臭い匂いがつんと鼻腔を突く。
こ、こえええええっ!!
待て待て、何のホラーゲームだよ、麻衣ってこんな子だったっけ?
表情の浮き沈みは少ないし、分かりにくい点は多いけど、俺に刃物を向けるなんてことは今まで一度も無かったはず。
それでも包丁を持ったままの麻衣は無表情のまま俺に低い声で、
「……兄貴、明日も私と朝練するよね?」
と訊いてきた。勿論それを断るなんてことは出来ない。
「す、するする~。も、勿論、これからは麻衣ちゃんとだけだから。な、な?」
引きつった笑みを浮かべながらそう即答すると、とりあえず納得してくれたようで、「そう……」と一言言うとゆっくりキッチンに戻っていった。
麻衣の背中を見送りながら、俺はずるずるとそのまま玄関に座り込み、思わぬ妹の迫力にマジで漏らしそうになったのは言うまでもない。
──俺はこの日初めて、麻衣が俺に対して異常な気持ちを抱いていることを知った。
羽球に青春プラスアルファの邪な気持ちを持ったのは事実だが、柿崎ちゃんとのリベンジマッチが終わったら、俺の羽球への熱い想いは封印しようと心に誓う。