【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第13話 忍side ー 困惑
「今回の企画ポシャったんですか?」
『ちょいと上層部で資金のやり取りで問題が出ててね。企画自体は進んでいるんだけど、下請け業者の解雇が正式に決定になったんだ』
最悪だ。今回の仕事は某遊園地の立て直し事業で、3年プランの契約だったはず。しかし大元から具体的な話が俺達下の方に降りて来ないので結局一旦こちら側も撤退、という形になったのだ。
そうなると困るのは上層部ではなく、俺達日雇い労働者だ。上の勝手な都合ででかい仕事ひとつ失うことになる。
『まあ、田畑君はお父さんの血を引いてるから手も器用だし、別の仕事でも大丈夫なんじゃないかな?』
「そんな事急に言われても……じゃ、じゃあ安くてもいいんで、何か別の案件とか!」
『そう言われても、悪いね。もう決まった事なんだ。それに俺だけでは田畑くんをこれ以上助けられないんだよ……』
確かに俺は資格を持っている訳では無いただの日雇い労働者だ。俺を今まで雇ってくれていた勝己さんの言うことも分かる。打ち切りされるのは社員よりもまず日雇い労働者からだ。
俺は途方に暮れた。麻衣への想いだけではなく全てを捨てて、今はとにかく仕事だけに集中しよう。そう思っていた矢先の事だ。
「ヤバいな……警備のバイト増やすか。でもなあ……」
出来れば安定した仕事に就きたいのだが、資格が無いので何をやっても良くてパート扱い。収入がこれ以上減るといくら出費を切り詰めても生活が厳しくなる。
「まっ、なるようにやるしかねえな」
────
でかい案件の仕事からクビにされてしまった俺は、知り合いのツテでやってた警備のバイトを増やす事にした。
基本駐車場の警備だが、夜勤の時は建物の中警備も担当している。夜になると柄の悪い奴らが増えるので、正直あまりやりたくは無いが、意外とこれの給料が高い。
「田畑君がきてくれて助かってるわ、女性スタッフが2人共産休に入ってて夜勤回すの大変だったのよ」
かれこれ30年以上ここの警備事務担当しているおばちゃん、水野さんはいつも優しい。俺が母親から愛情を受けずに育った事もあり、最初は打ち解けなかったが、今は第2の母親みたいな存在だ。
「水野さん、なんか今日女の子多いみたいだけど、これから芸能人でも来んの?」
「さぁ……どうなんでしょうねえ、私はテレビとか見ないからねぇ」
若い女性客が増えると警備が大変だ。俺は警備服と帽子を深めに被り、早めに持ち場へと戻った。
「やっぱりアイドルでも来んのかな……えらい人混みだな」
忙しそうに入ってくる車を順調に誘導しながら俺は若い女の子達の話をふと小耳に挟んだ。
「荵様がここに来るらしいよ!」
「歌舞伎町でも滅多にお会い出来ない方なのに、まさか街中でお目にかかれるなんて、生きててよかったぁ〜!!」
ふぅん、シノブねぇ……。
一瞬、俺と同じ名前でキャアキャアされたからびっくりしたけど。
しかしまた歌舞伎町。麻衣はまだあそこでキャバクラなんて仕事やってるんだろうか?
「荵様だわ!!」
「ああん、もっと近くにいかないと観れないわっ!」
やばい、俺がぼけっとしている間に女の子達が動き出してしまった。規制線はその為にあったのか。まるでアイドルから守る警備員だよこれじゃ。ホストっつー奴はボディーガードまで必要なのか?
「あの〜、とりあえず危ないのでこれ以上寄らないようお願いします」
女の子の波を押し返しつつ黒塗りのベンツから出てきた男をじっと見つめた。なんだ、ただ金髪で若い男なだけじゃんか。
俳優とかでゴロゴロ居そうな顔立ちだ。そんなに物珍しいのか、ホストのナンバーワンってのは。
俺がまじまじと野郎を見ていたせいか、あちらが俺に気づき、厄介な事にこちらに寄ってきた。周りの女の子がでかい声でシノブサマー! と連呼している。
「ごめんねレディ達。僕はこのお兄さんに用事があって来ただけなんだ」
金髪の男は何故か俺の肩をポンと叩くと自分の方に引き寄せた。こいつ、見た目はアイドルみたいに繊細そうな癖に、すげえ力だ。
「何ですか、俺はあんたに用事なんて無いけど……」
「少し黙って。僕に合わせてもらえると嬉しいな。大事な話だよ、麻衣ちゃんの」
「麻衣、だと?」
自然と眉が吊り上がった。こいつがホストってやつなら、何処かで麻衣に会っていてもおかしくはない。
俺の態度が変わっても金髪の野郎は余裕たっぷりにニコニコ笑っていた。
「ああ、やっぱり君達は兄妹なんだね、お互いの話になると顔つきが怖いくらいに変わる」
「てめぇ……麻衣に何かしたんじゃねえだろうな」
「うん。何もしてないよ、“まだ“ね」
もう一度金髪の男に文句を言おうと思ったが、周辺からのシノブサマコールがやかましい。こいつも改めて場所を変えたかったのか、俺の耳をぐいっと引っ張って来た。
「と言うわけで、麻衣ちゃんは僕が貰うよ。君には彼女を幸せに出来ない」
「あ、お、おいっ!」
「ではレディ達、ご機嫌よう」
男は周囲の取り巻きにウインクし、手を振ると俺から颯爽と離れて黒塗りベンツへと戻って行った。一瞬だけ後部座席に金髪の女が見えたが、まさか──。
「麻衣……!」
俺はシノブに押し寄せる女性陣を押しやりながら、黒塗りベンツへありったけの声で叫んだ。
一瞬だけ、彼女がこちらを見たような気がしたが、女達のシノブコールが多すぎて多分あいつには届いていない。
そっか、黒髪……辞めちまったんだな。
麻衣の綺麗な黒髪、すげえ好きだったのに。
「ああもう……すいません、もうシノブって人は居ないから! はいはい、皆さん順番に戻ってください、左側通行ご協力お願いします」
「警備員さん、荵様とお話ししてたでしょ?」
「ねぇねぇ、どんな関係なんですかあ〜? ずるぅ〜い」
「いや、そもそもあいつは知り合いじゃないし、よくわかんないっス。多分、俺と名前が同じだけじゃない……かなあ」
俺の曖昧な返答に女性客達は不服そうな顔をしていたが、事実あいつは初対面だ。勝手に寄ってきて、麻衣を奪うだの宣戦布告してきやがって腹が立つ。
ちょっとツラが良くて金持ちだからって、何でもしていいと思うな。俺が麻衣を幸せに出来ないかどうか──。
「……まぁ、確かに無理だよな」
「ああーっ! 警備員さん、結構イケメンさん!」
「わぁほんとだ! もしかして荵様にスカウトされたんですか?」
「違う、違う。業務妨害なら警察に訴えるよ、早く線の中に入って。エレベーターはあっち、階段の人は右。押しあわないでゆっくり動いてください」
「はぁ〜い」
しつこく絡んでくる女性2人組をようやく振り払い、倍以上の疲労と共に休憩室へと戻った。出迎えてくれた水野さんがすぐにお疲れさんと言い暖かい紅茶をくれた。
「なんか、疲れた」
「まさか歌舞伎町の人気者が来るなんてねぇ、そりゃあ若い子も多かったでしょう」
「水野さん、あの男の事知ってるの?」
「名前だけね、確か霧雨荵さんだったかね。彼は元々飲食業スタートだから、色々な人付き合いは慣れているんじゃないかねえ」
俺みたいな日雇いとは格が違うって訳か。
確かに飲食業スタートからホストへ転向してそれが当たったならあいつの才能なのかもしれない。でも麻衣の気持ちを無視して人をモノみたいに言う感じが気に入らねえ。
「田畑くん。ここは禁煙ですよ」
「あ、すんません……外行って来ます」
無意識にタバコに火をつけようとした所で水野さんに止められ、俺はポケットにライターを突っ込んでそのまま外へ出た。
あれだけ群がっていた女性客が1人も居なくなり、周囲はいつものように閑散としていた。
駐車場の片隅でしゃがんだままタバコに火をつける。
「……止められたら、楽なんだろうけどな」
俺の独り言は煙と共に暗闇の空気へと消えた。