【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第18話 忍sideー 麻衣
飯以外で澤村とこうやって出るのは初だったが、蒼空があいつの事を気に入ってくれたお陰で俺は気兼ねなくタバコを吸ってのんびり出来た。
弘樹は今も俺から奪ったマルボロを吸っている。止める以前は散々俺にバカになる、とか勃たなくなる、とか言いまくってたくせに。
「な? 久しぶりだと美味いだろ?」
「お前さ、こんな不味いやつよく長年吸ってるよな……」
流石に過去を吟味して考え直したのか、短くなったタバコの吸い殻を弘樹はポケットから取り出した携帯灰皿に押し潰した。
自分は禁煙したのに、俺に配慮していつも携帯灰皿を持ち歩いてくれている。なんて出来た男なんだろう。
「あらやだ弘樹さんったら、アタシのタバコ取ったくせに」
いつもならちゃらけた言い方にすぐ食いつく弘樹なのだが、今日のテンションは違っていた。まあ休みの日に無理やり連れ出したから、あまり寝てないのかも知れない。
でも弘樹は自分の体調と意思でその日の行動を決める奴なので、俺が無理に誘っても無理な時は絶対に出てこない。
それをわざわざ子供まで連れ出して来たと言う事は──。
「弘樹、お前なんかあったのか?」
「何か、って?」
「……聞き返すなよ。分かってんだろ」
2本目のタバコに火をつけた瞬間、俺は砂遊びをしていた蒼空に目敏く見つけられ、遠くから怒られたので慌てて火を消した。
「ごめんな。蒼空はさ、田畑の事が心配なんだよ」
「何でだ? 俺が弘樹んとこのチビに会うのなんて3ヶ月に1回あるかどうかだろ。しかもいつも雪ちゃんと出かけてるから、下手するともっと会わない」
「──麻衣ちゃん、雪に会うと毎回泣いてるらしいんだ。蒼空は敏感な子で感受性が強い」
「そっか……悪いな、出来の悪いこのバカ兄貴の所為で麻衣をいつも泣かせちまう」
麻衣が雪ちゃんと何を話しているのか大体想像出来る。この雨宮夫婦は似たもの同士で、俺ら兄妹をバカみてえに心配してくれる。
その優しさは本当に有難いのだが、いつまでも同じところをグルグル回っていたら俺も麻衣も永遠に先へ進めない。
結論は最初から決まっているのだ。
だから、麻衣も覚悟を決めて髪色を変えて俺から離れたのだろう。いつまでも年頃の兄と妹が近くに居るのは良く無い。
「ねー、忍〜。砂のお城ってどうやって作るの?」
「砂だあ? そんな固まらないモンで何を作るってんだよ……」
澤村に呼ばれて俺は弘樹をそのままに彼女がしゃがんでいる砂場へと向かった。どうやら大輝がどうしても砂を固めて秘密基地を作りたいらしい。
「固まるよ! まいたん言ってたもん。お城作るの!」
大輝までまいたんと言っている。双子揃って完璧に餌付けされているらしい。俺は溜息をつき、昔学んだ技術で砂に飲みかけのペットボトルの水を含ませた。
「こんだけじゃ固まらないし崩れる。まあ色々手順があるんだけど、でかいの作るならボンド混ぜるのが一番手っ取り早いな」
「ボンド?」
「欲しいならいつでも作ってやるよ。除草用の土と砂を固めてやりゃあ簡単じゃねーかな」
しかし物好きな子供達だ。何で砂の城なんてマニアックなものを欲しがるのか。その後も海岸に沿って何度か砂でチャレンジしたがやはり水が足りないのか完全には固まらなかった。
「おお〜い、ひろちゃ〜ん!」
俺と大輝が懲りずに砂遊びしていると、丘の上から聞き覚えのある声と、見慣れた顔の女性がこちらに手を振っていた。
「あっ、ママだあ!」
澤村と遊んでいた蒼空はあっさりと彼女から離れ、大好きなママの方へ一目散に駆けた。
ぼんやりと海を眺めていた弘樹も雪ちゃんに気付き何か喋っていた。
「忍ちゃん、久しぶり!」
そう言えば、雪ちゃんに会うのは何年振りだろう。下手すると弘樹の就職祝い当たりか? 双子を育てているので体力を取られているのか、昔よりもさらに痩せたように見えるが、ほんわかした可愛さは健在だった。
「しかし、雪ちゃんは全然変わらねえな〜」
「忍ちゃんも変わってないよ? そうそう、今日麻衣ちゃんとね」
「雪、子供を連れて先に車に乗っててくれるかい?」
何か言おうとしていた雪ちゃんを、すかさず弘樹が止めた。何故? と首を傾げる彼女は再び麻衣の名前を出す。
「雪音!」
あの温厚で生きている弘樹が大声を上げるなんて珍しい。これは余程俺か澤村に聞かれたく無い話しなのだろう。
大好きなパパの大声で蒼空が泣き出してしまったので、雪ちゃんは不服そうな顔のまま蒼空を抱き上げ、大輝と手を繋ぎ車へと足を向けた。
彼女達の姿が見えなくなった所で弘樹は小さな溜息をつき、澤村に頭を下げた。
「初対面の人に挨拶もしないで……気分悪い思いさせちゃってごめんね」
「え、ええ? 全然気にしてませんよ! 雨宮先生の奥さん若いですね、しかもお人形さんみたいに美人」
「澤村さんと年齢は変わらないよ、でも嫁を誉めてくれて嬉しいよ。ありがとう」
弘樹が澤村に対して困ったような顔をしていた。多分、これからこいつは不貞腐れた雪ちゃんのご機嫌取りをしないといけないし、子供はビービー泣いたままだ。
俺は弘樹の運転が事故らないように、自分達が撤退する事を決めた。
「弘樹、俺達は電車で帰るよ。せっかくの休みなのにありがとな」
「そっか……ごめんな。また時間合う時に呼んでくれれば」
「おう。雪ちゃんあまり怒らせると大変そうだから早く車行ってやれ」
俺は何度もこちらに頭を下げる弘樹を笑いながら見送り、少しだけ寂しそうにしている澤村を見つめた。
「どうした?」
「忍、雨宮先生とすごく楽しそうだった。お嫁さんとも」
「んあ、だって弘樹とは中学からのツレだし、嫁も麻衣の親友だからなあ……」
かれこれこの付き合いは15年以上を超えている。そりゃあ今更不仲と言っても誰も信用しないだろう。それに雨宮夫婦には田畑兄妹共々迷惑をかけまくって頭も上がらない。
しかし弘樹の事ではなく、澤村は麻衣の方に突っかかりを感じているようだった。
「麻衣、ね」
「澤村?」
「私も舞なんだけどな。“まいたん“にはなれないのか〜」
「何だよ、呼び方が気に入らないか? 弘樹だって未だに俺の事田畑って呼んでるぞ?」
弘樹の呼び方を引き合いに出したが、澤村は全く折れなかった。やはり女の子は難しい。
「やっぱり名前で呼ばれたいよ。苗字だとなんかよそよそしい感じがする」
「難しいなあ……じゃあ彼女の澤村って紹介するか?」
「なんで舞って呼んでくれないの?」
「澤村のせいじゃねえんだけど、これは俺が変なんだろうな……」
何故マイ、と呼べないのか。
名前で澤村を呼ぶのは簡単だ。後は、俺の気持ち次第。
「──もしかして、忍の妹さんって、亡くなったの?」
「いや、そういう訳じゃねえんだ。今日もほら、さっき雪ちゃんと会ってたらしいし」
上手く言いくるめる言葉が見つからなかったが、俺と妹は不仲と悟られたのか、澤村はそれ以上の追求はやめた。
弘樹達の乗った車がようやく駐車場から動いたのを確認し、俺は苦笑してもう一度タバコに火をつけた。
「私にも一本頂戴」
「んだよ……澤村の方が高給取りなのに下層から取るのか」
「今、吸いたい気分なの」
「さっき弘樹に取られたから、もうねえや」
空のマルボロの箱を逆さまにして勘弁してくださいと肩を竦める。すると澤村は俺を砂浜の上に座らせてタバコを奪い取った。
「んも〜、しょうがないなあ」
そのまま舌が触れ合う濃厚なキスをして澤村の唇は満足そうに離れた。最後にこれで勘弁してやる、と火のついたままのラスト一本のマルボロを返してくれた。
「へーへー、サンキュー」
もう一度俺は口にタバコを含み、ゆっくりと白い煙を吐き出す。
澤村の唇は麻衣のとは違う、タバコの味がした。