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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第35話 忍sideー 和解


『もしもししのぶ〜、まいたん泣かせてないよね?』

「……俺の方が泣かされてんだよ」

 開口一番、蒼空からの少し不機嫌そうな言葉に俺は苦笑しかなかった。
 弘樹の連絡は無視していたが、流石に雪ちゃんの電話は断れない。
 蒼空は愛くるしい声でいつも通り麻衣を一番に心配してくる。おいおい、ずっと逢えなくて泣きたいのはこっちだっつの。

『なんでしのぶ、まいたんに逢えないの?』

「さあな。俺の方が聞きてえよ」

 あれから1ヶ月近く経つ。なのに状況は何も変わっていない。麻衣は変わらず俺との面会を拒否しており、例のガキは薬の治療中。
 俺は麻衣の考えが未だに分からない。このままガキの優先をするなら、いっそ別の彼女でも探そうとさえ考え始めていた。

『あのね、しのぶ、パパから伝言! 明後日の10時に退院だから、まいたんに連絡してあげてって』

「お、おい蒼空!?」

 何故か蒼空から麻衣の退院報告があり、突然電話が切れた。──相変わらず自由な子供だ。
 あいつは嘘のつけない奴だ。やっとこれでお互い前に進める。俺は苦笑したままベランダで白い煙を吐き出した。



 ────



 蒼空からの連絡通り、麻衣は退院となった。例のガキも一緒だ。結局どういう治療をしたのか分からないが、ガキの方は外出訓練という名目で、これからは麻衣と離れる事になる。
 俺は休暇を貰い、麻衣とガキの外出に付き合う事にした。行き先はとある警察署で、そこにガキの母親──つまり俺を刺した女が勾留されている。

 麻衣はガキの反応を気にしていたが、治療がうまく行ったのか、俺に対して真面目な顔で「この度は母の不手際で大変申し訳ございませんでした」と言い深々と頭を下げてきた。
 まあ、そうでないと困る。こいつらは俺と麻衣が一緒に過ごせる貴重な時間を奪ったのだから。

「忍、長い間連絡取らなくてごめんなさい。私もね、佳奈ちゃんと一緒にいる間に色々考えてたの」

「麻衣が考え事するといい方向に行かないから、あんまり聞きたくねえなあ……」

 麻衣は図星をつかれて少し困ったような顔をしていたが、隣のガキを見ると意を決したように言葉を続けた。

「佳奈ちゃんを放っておく事は簡単だった。けれども、佳奈ちゃんが私達に対して憎しみを抱く限り、第二、第三の被害者が出ると思って」

 麻衣は自分の事よりもとにかく人のために動く。昔っからそうだ。雪ちゃんが麻衣のファンに陰で虐められていた時も、弘樹が麻衣達のクラスメイトである外人の女の子に絡まれていた時も。

「それで、更生されたのか?」

「分からない……でもね、佳奈ちゃん今は薬使う回数が減ったの。何回も外に買い物訓練も行けるようになったし、今日、お母さんに会ってどうなるか……」

 ある意味賭けらしい。ガキが治っても母親が変わらないなら意味がない。
 結局何年か経ってムショから出てきた時に、また麻衣に対して憎しみを抱くのは変わらないだろう。
 そうなると、俺達が住む場所を変えた方が安全なのか? でもこんな犯罪者の為に俺達が移動するのも癪な話だ。俺もようやく安定した仕事に就いたのにまた新しい場所を探すのは骨が折れる。
 俺が真面目な顔で考え込んでいると、麻衣が珍しく自分から俺の手を握ってきた。

「大丈夫……絶対、大丈夫……」

 麻衣が警察官と何か話している間も、俺の手を放そうとはしなかった。あれだけ俺から距離を取っていた麻衣からは考えられない行動だ。
 それでも、俺はガキが発狂した時の最悪の事態を考慮していたので、麻衣の手をふっと放した。

「忍……?」

「俺は必要ねえだろ、麻衣とそのガキで行ってこいよ」

「えっと……」

 何だか分からないが、俺が離れた瞬間、突然麻衣が不安そうな顔をした。
 逆に俺が居ると女を刺激するんじゃないかと思う。一応、麻衣とガキの面会を許可してくれた警察官に確認すると、俺が危険物を何も持っていない事と、何も事件について話さない事を条件で立会いは認められた。ただし、タバコとライターは預ける羽目になったけど。



 ────



 面会室はテレビのワンシーンのような二重ガラス越しだった。俺達は3人丸椅子に座り、中央には小さな穴と声が聞こえるスピーカーのようなものがある。
 中の会話は全て録音されているので下手な事は言えない。麻衣は一体ガキに何を話させるのだろうか。

 2分後に手錠を嵌めたままの例の女がやってきた。囚人服にボサボサの髪、年齢よりもかなり老けて見えるので相当メンタル的に疲れているのだろう。
 あまりにも変わり果てた母親を見てガキは言葉を失っていた。そりゃそうだ、遅かれ早かれこういう姿を見る事になるのは分かりきっていたはず。

「ママ……」

「何しに来たのよ、私を笑いに来た訳? わざわざ、麻倉マキと新しい男を連れて」

 そうか、こいつは俺が麻衣の兄という事を認識していないんだった。あの時は確か澤村の名前をマイと呼んだことでこいつが発狂しただけ。刺された時の記憶は曖昧だが、俺を麻衣の兄貴と認識して刺した訳じゃ無い。
 俺はただ傍観しているしか無かった。麻衣側も話さない。まさか、この憎しみの塊しかない女をガキが解決出来ると踏んでいるのか?

「ママ、佳奈ね、ねーねと一緒に砂のお城作ったんだよ」

「はあ? あんた何言ってるの」

「砂は全然固まらないと思ってたけど、時間かけて、ゆっくりじっくり本当に固まったの。急がないで、ゆっくりゆっくり。固まると絶対に壊れないんだよ! 凄いでしょ?」

 唖然としているこの女に同意するしかない。そもそも、砂の城の事を知っているのは麻衣と俺だけだ。

「だからね、佳奈はずっとママを待ってる。急がないで、ゆっくりゆっくり。砂は固まると絶対に壊れないから、ママが佳奈の所に帰ってきた時、絶対に立派な砂のお城になってるよ!」

「……」

 一瞬、時が止まった。ガキの謎の説得はあの女に通用したのだろうか? いや、砂の話をしたところで絶対に伝わらない。麻衣は、何がしたかったんだ?
 発言権のない俺が緊張してどうするよ、とにかく女とガキが発狂しないように見守るのが俺の仕事だろ、と握っていた拳に力を込めた。

「佳奈ちゃんは……」

 ようやく麻衣が話し始めた。ガキの説明に補足してくれるのか?

「私と一緒に砂の城を完成させました。あれは根気がないと出来ない作業なのです。今回はボンドも使わずに人の手で完成させました。今も飾ってます」

「……何が言いたいのよ」

「佳奈ちゃんは、あなたの事も、私達の事も憎んでいません。私も佳奈ちゃんと過ごした事でようやくあなたへの憎しみを消化しようとしております。どうか、佳奈ちゃんの気持ちを察してあげてください」

「ママの事待ってる。佳奈、大きくなったらママみたいにすごく綺麗になって頑張るから。だから、それまで砂のお城は大切に守るから! お城だよ、立派なお城!」

 もしかして、あの女にも帰る場所があると言いたいのか──?
 いや、しかし伝わりにくい。チラリと女の顔を見ると驚いた事に唇を強く噛み締めながらポロポロと涙を流していた。

「佳奈、あんなに感情コントロールが出来ない子だったのに……なんで、見ず知らずの、しかもライバルどころか雲の上の存在だった麻倉マキが更生してるのよ……」

「私ではありません。佳奈ちゃんが変わったのは本人の気持ちと、先生達の力と、そして一番最初に砂の城を教えてくれた私の大切な人のお陰です」

「ママ……?」

「佳奈……ごめん。ごめんなさい……私、ママね、本当にバカな事をしたのよ。麻倉マキ──いや、田畑麻衣さん……本当に、申し訳ありませんでした」

 暫く女は大声で泣いていたが、面会時間の終わりと共に俺達は無情にもあっさり外へ出された。
 ただ、よく分からないガキの説明は女にしっかり伝わったようで、俺も麻衣も長い間胸につかえていたものがようやく取れた心地になった。



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#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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