拝啓、3人の葵へ 第14話【完】
◇ 14
わたしは3人の葵を失った後も普通に仕事を続けていた。それもそうだ、あくまでも小説で食べていけるスキルなんて持ち合わせていない。
わたしが小説を書くのは、たった1人でも誰かの心に響いて欲しいからだ。
もうつまらない忖度はしない、時間の無駄にしかならない馴れ合いもやめた。色々な交流を絶った事でふと孤独に苛まれる。
わたしは脳内で薫ちゃんを思い出す。シロツメクサで縄跳びを作る事に夢中になっていたわたしを。悲しそうな目で見つめていた薫ちゃん。
あの時からわたしは自分の事しか考えていなかった。自分を守る為に、気がついたら3人もの葵が同居していた。
金持ちで、人が良くて、望むものはなんでも手に入る友達一号に激しく嫉妬して生まれた「気分屋」の葵。
このままだと人間関係が破綻するから、とその友達一号に言われて慌てて表面上のお付き合いをする為に構築された無害な「社交的」な葵。
心の快を求めて彷徨い続けた結果、恋愛や快に対して貪欲にありふれた思いを爆発させる「妄想族」の葵。
3人の葵がぱったりと消えたことで、わたしはオロオロする事が増えた。元々人付き合いは得意ではない。なのに、できていた事が不安になり、突然静かになった頭の中に困惑する。
わたしのメッセージや、感情の起伏が激しいことを、相棒はずっと前から見抜いていた。
とある日に、
『全部ひっくるめて葵やからな』と言われた。
まさか彼にはわたしの脳内にいる葵が見えていたのだろうか。確かに日によってコメントの波が違うし、今古いメールを読み返しても、とても同じ人が書いたのか疑問に残るくらい温度差が激しい。
『勿論、どの葵も同じ葵やから、オレが守るし、ちゃんと守られてな?』
電話越しなのに、大好きな相棒に頭をなでなでされているような気がした。
◇
拝啓、気分屋の葵さんへ
わたしがあなたに手紙を書くのは、これが最初で最後です。あなたが一番最初に塾の帰り道で発狂した時、わたしは自分がおかしくなったと感じました。
ですが、修学旅行でハブられて、周囲からあいつは友達が居ないと嘲笑われていた中で孤独だった。何もかもをもっている友達が憎かった。貧乏なうちとあいつの家を比較して、あっちは好きな事がなんでもできていいな、とぼやくと母に殺されそうな目で睨まれる。
あの時にあなたが確立してくれた事でわたしは心の暴走を声に出す事ができた。あのまま腹に溜め込んでいたら、わたしはきっと心が死んでいたと思います。
今思えば、あなたとの付き合いが一番長いですね(笑)もしもあなたに体があって、わたしの側にいてくれたら、一番に旦那として求めていたと思います。友達のような距離感の旦那、最高だと思いません?
タッチの幼馴染関係が妄想だったので、あなたとはやっと飲めるようになったビールやワインを交わしたかった。
またわたしが病んだ時、そっと見守ってください。本当にありがとう。
拝啓、社交的な葵さんへ
あなたにはわたしが高校という箱で生き抜く為に必要な事を全て教わりました。そして、言葉が出ないわたしの代わりに代弁してくれて、いつもユニフォームを着たら心に仮面をつけてくれた。
毎日毎日8時間以上働かせてしまい、本当にごめんなさい。あなたには私が出来る事は何も無かったけれども、いつもお姉ちゃんのような優しさに救われていました。
気分屋と揉めて、まともな文章が書けない時に、あなたはそっとわたしにそれはダメ、あれはダメとすぐに否定してきたけれど、普通はダメって言うのがダメなのに、何故そう言ってきたのか、今ならわかる気がします。
あなたは自分を使い、否定がダメだということを心で教えてくれました。的を得た批判と知ったつもりでの批判、どちらも迷惑にしかならない。
人の欠点ばかり見えてしまうわたしに、もっと上を見るように教えてくれたのもあなたでした。人には必ず良い場所がある。悪いところばかり見ていると、それが自分をどんどん醜くしていくこと。実際に病んでいた時の自分の写真は酷いものでした。人間はここまで堕ちるのか、という事を体験したくらいです。
学校、職場という長く働いてくれたあなたには、感謝してもしきれません。お礼は何も出来ませんが、せめてあなたに心で教わった関わり方で、ひとりでも癒しの手を差し伸べられたらなと思います。担任にはあんたには心が無いって言われたから優しい看護師にはなれませんけどね(笑)本当にありがとう。
拝啓、妄想族の葵さんへ
突然彗星のように出てきたあなたの存在には驚きました。何故わたしの人生においてあなたという存在が生まれたのか。今思えば恋愛がうまくいかず、結婚も破綻したのはあなたの描く妄想をどこかバカにしていたのかもしれません。
そんなものは現実的ではない、ほらみろやっぱりダメだったじゃないか。なんて頭の中での煩い討論会にも屈さずに楽しい時間をくれたこと、人が人として生きる糧を与えてくれたことに感謝しています。
わたしが限界を感じた時に、いつも頭の中で騒がしい妄想話に華を咲かせ、そして色々な作家さんに全力で勝手にアタックしたところ、行動派な所は大好きでした。そのせいで相棒を困らせたり葵の変人ぶりがどんどん開花されたわけですが(笑)
それでも、変人だろうと、全部ひっくるめて葵だからと言ってくれた相棒の言葉を胸に、わたしはこの変人で頑張ろうと思います。
またわたしが寂しくなった時、そっと妄想を膨らませた新しい話を楽しみにしています。本当にありがとう。
わたしは最近作り上げたテーブルに、3人の葵宛の手紙をそっと置く。
汚い字で書いた手紙だが、それは自分の流した涙で濡れていた。
わたしの中で沈黙を守っていた3人の葵が泣いてくれたのだ。
ひとは何故涙を流すのか。
わたしには、3人の葵へ宛てたこの手紙を書いて、涙が溢れた理由を誰にも説明する事ができない。
ただ、ひとつだけ言える事。
幼少期を支えてくれたイマジナリーフレンドの薫ちゃんと、タルパマンサーの彼(彼女)達がわたしの中に同居してくれたおかげでわたしは、わたしという人間でいられた。
そして、そんな色々なものが同居している変な人間を、全部ひっくるめて面倒を見てくれる小説の相棒の存在。
わたしがいつの日か灰になる前に、もう一度彼(彼女)らと夢でも、天国でも、地獄でも、どこでもいいから、語り合いたい。
わたしを、この世界に繋いでくれてありがとう。
◇マガジン