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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第37話 本音
用事を全て終えた私は忍に連れられて寂れた海岸へ来ていた。ここには昔から何度も忍と一緒に来ている。母さんの呪縛から逃れたい時に。
静かな波の音を聞いて、2人で心を穏やかにしていた昔を思い出す。
別に有名な場所でも無いので人気も殆どなく、ある意味私達だけが知っている秘密の穴場のような所だった。
「──なあ、麻衣。俺に言い忘れている事ないか?」
「えっ!? え、っと……」
懐かしさを噛み締めながら砂浜を歩いていると、先行していた突然忍が立ち止まり、私の方へくるりと向きを変えた。
言い忘れている事なんてあっただろうか。感謝は散々述べている。勝手に精神科に長く入院させてもらった事も詫びた。
後は弘樹さん達に迷惑かけた事は忍ではなく当の本人達にお詫びしているので解決しているはず。
「ありがとう。忍には、沢山迷惑かけたから……その……」
「違うだろ、迷惑とかそんなのはどうだっていいんだ。他に言う事があるだろ?」
忍の求めている言葉が分からない。私は困惑したまま視線を泳がせた。もしかして、忍がわざわざ私を連れてきたこの場所に何かヒントがあるのだろうか?
「ここ……忍がいつも連れてきてくれた所だよね」
「ああ。俺が母さんと喧嘩して家出すると、グズグズ泣いている麻衣が俺の後ろにいたんだ」
昔から忍は母さんと喧嘩すると家出を繰り返した。それを見ていた私は忍が家から居なくなってしまうといつも勘違いして、見つからないように必死に忍を追いかけていた。
だから、この場所は忍が連れてきてくれた場所じゃない。私が勝手についてきた場所だ。
「俺は、俺の存在を否定する母さんから早く離れたかった。高卒で土方に行ったのもそう。でも俺が居ないとあんなに悲しそうな顔で泣く麻衣を見たら……こいつを残して家は出ていけないなって小さい頃から思い知らされてたんだ」
それは充分すぎる程分かっている。忍が私の為にずっと家に居てくれた事。私が高校卒業して母さんの望む大学に入るまでずっと──。
「俺は勘違いしていたのかも知れない。麻衣があのガキを助ける為に精神科病棟にいる間、俺はずっと1人で考えていた。もしかしたら、麻衣にはもう俺は必要無いんじゃないかって」
「な、なんで……?」
予想外の忍の言葉に私はまた不安に掻き立てられた。どうしてせっかく一緒にいられると思ったのに、また忍は私の元から離れてしまうのだろう。
何か足りない言葉はあっただろうか、私は忍にきちんと伝えたはず。忍の事が好きだ、忍の代わりはどこにもいないって。
でもよく考えてみたら、忍からは何も言われていない。おざなりのキスも、病棟の看護師さんに揶揄いながら言った言葉も、もしかして私をただ慰める為──?
「転落事故した俺を必死に追いかけてきた時の麻衣と、今とじゃ全然顔つきが違うからさ。今なんて俺の方が離れて行く麻衣のケツを追いかけている状態だ」
忍は夕日が沈む海岸をただ見つめていた。誰も居ない海辺には静かな波の音だけが響く。
「だからな、俺がこうやって側に居ると迷惑なんじゃないかって。麻衣の本当の気持ち聞いたら俺は──」
そこまで言いかけた忍は硬直していた。そして酷く傷ついた顔で苦笑すると私の前に立ち、そのまま無言で私の身体を抱きしめてくれた。
「だから、何で俺の前だといつも泣くんだよ……俺は昔っから麻衣を泣かせる事しかしてねえ」
「だって……また、忍……離れて……」
「俺はさ、俺が羽球で勝った時にめっちゃ喜んでくれる麻衣の笑顔が大好きなんだ。あの笑顔が見たくて散々茶化したり笑わせようとしたのにいつもぶりぶり怒って俺の事無視したり叩いたり」
そうだ。昔から忍はオカマみたいな言い方をしたり、弘樹さんを交えて私をいつも笑わせようとしていた。
いつもキラキラしている忍が私にとって物凄く格好良くて、恥ずかしいし全然素直になれなくて、いつも忍から目を逸らしていた。
忍を毛嫌いする母さんの目もあったから、あまり仲が良いと悟られないようにしていたのもある。でもその態度がずっと忍を傷つけていたなんて全く思っていなかった。
「しかも、俺以外のやつには散々笑っているのに、大人になっても麻衣は俺に全然笑顔を見せやしねえ」
「そ、それは……だって……忍が……」
「俺が何だ?」
抱きしめる手を緩めた忍は優しい笑顔で私を見つめてきた。
「ずるい……」
「そうだな、俺は狡い男だよ」
大きくて優しい手が私の髪を梳く。忍が私の黒髪が好きだって言ってくれたから入院している間に少しだけ色を戻した。
しかし一旦ブリーチしたせいで綺麗な黒髪には戻らなかったけど、それでも忍は満足そうに髪を何度も梳いていた。
「忍は……優しいし、面白いから……すぐ女の人にモテるし……私じゃ、何も……無いから……勝てない、から……」
「麻衣には最高の武器があるだろ、俺を虜にする笑顔が」
「それ、だけ……?」
自分の笑顔がそんなに良いなんて考えた事は一度もないし、誰かにそれを褒められた記憶もない。
「なあ、笑ってくれよ麻衣。お前本当に可愛いんだから」
「笑え、ないよ……だって、忍、どっかに……」
またポロポロ涙が溢れてきた。
忍は私が佳奈ちゃんを助けたことで、もう私が1人でこれからも頑張れると思っているのだろう。未来を先回りしすぎて気持ちがどんどん空回りする。
嫌だ。離れたくない。
今、忍と一緒に居たい。
この先、たとえば明日突然何かがあってもそれはもう仕方がないんだ。
今、目の前にいる大切な人と、今しか無い時間を一緒に過ごす事。
先をウジウジ考えるよりも、それが一番大事なのではないか?
「やだ……やだよぉ、忍……!」
私は童心に還ったように大声で泣いていた。忍の白いシャツをぐしゃぐしゃにしながら必死に彼にしがみつく。
「忍と……ずっと一緒に居たい……離れるのが嫌、忍に、どんどん綺麗な女の人がつくのが悔しくて……だから、私も綺麗な……女の人に、なる為に……」
グズグズ泣いていたせいで途中は言葉にならなかったが、私の背中をポンポン撫でていた忍は途中からその話の内容に驚き、私から一瞬身を引いた。
「おい……まさか、そんな理由で家出してキャバ嬢になったのかよ!? てっきり早く金稼げる夜の仕事だと思ったのかと……」
「店長さんが……新宿でスカウトしてくれて……綺麗になれるって、言うから……お金、無かったし……稼げるならって……」
「──ちくしょう、オッサン恨むぞ……麻衣を野獣のような男共のところにぶち込みやがって」
「で、でも……弘樹さんが、お医者さん、連れてきてくれたから、私は……そんなに……」
確かにおじさん達の接待はしたが、若い男性の指名客は殆どなかった。私なんかよりも人気のあるミカ達が全部かっさらっていたので、私は本当に名目上キャバクラに居ただけにすぎない。
はっきり言って、あの後も霧雨さんに助けられていなければ稼ぎも少なくてもっと早く路頭に迷っていたかも知れない。
「麻衣が大学に入ったから母さんの呪縛から解き放たれて安心と思ってたんだけどな……まさか俺を追いかけてくるなんて」
大学も中退して着のみ着のまま家を衝動的に飛び出して新宿まで出た。
弘樹さんから忍が仕事で事故ったと連絡を聞いたもののどんな顔で会えばいいか分からないまま彼の職場と寮の中間に家を借りたのだ。
「そう──だよ、忍が、離れるのが……嫌なの。側に居たいの……!」
これはただのワガママだって分かっている。忍だっていい年頃の男だ。いつまでも妹に付き纏われていい気分なわけが無い。
それに忍に彼女が出来ても結局私の所為で離れるならば、私の方がお邪魔虫じゃないか。
「なあ、麻衣」
忍の瞳が強い意思と共に、真っ直ぐ私を射抜いた。
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