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case-8- 決めつけないで

case-8-    決めつけないで

 うちの病棟はリハビリの病棟だったので、残り3割くらい整形外科から転院してきた方もいる。
 珍しく一年くらいして、初めて整形の患者さんが担当になった。80超えの見た目はおとなしくて可愛い方だったが、夜中に豹変して大腿骨をポッキリ2回目手術…ってところだ。
 家族は仕事で忙しいので、彼女を1人で歩ける、薬も管理できるように、が条件との事。いやあなかなかハードルが高い。しかし、娘さんから見ると母親は「認知症」ではないからできるという判断なのだ。
高齢の方に薬自己管理!?と思うかも知れないが、私のプランに限界はない。可能な限り、オーダーされたことはやる。無理と決めつけずにまずはやらせてみよう。と始まった。

 最初、彼女は入院が長引いたせいで、退院前までは普通だったのに、入院によるせん妄になった。軽い認知症だ。夜になると別人格が生まれる。そして睡眠剤を含め、自分の飲む薬が理解できていない。ただ、彼女は整形外科の骨折による入院なので、基本薬は少ないのが救いだった。

 朝起き掛けに、ケースにひとつ薬を渡す。すると彼女は朝の薬なのに、夜のところに入れてしまう。
 鎮痛剤は飲み忘れても別に問題ない。彼女は睡眠剤も管理していたので、痛み止め、胃薬、血圧の薬、睡眠薬、これだけはどうにか覚えてもらう必要があった。
 しかも、入院するまでは、自分で血圧の薬を飲んでいたはずなので、元のやり方さえ思い出してくれたら管理できるはず。

 ここでいつも同じ患者さんたちが使っている1日管理用ボックスではなく、ある日面会にきた娘さんに薬の方法について相談した。
 別に、薬の箱は規定がない。どのみち帰宅したら家庭のやり方になるのだから、もしも家族さんがこれでお願いします、と持ってきてもらったものがあればそれで管理する。

「うちの母、この刺繍が入ったお菓子の缶で薬入れてたんです」

 持ってきてくれたのは、ビスケットが入っていたという缶で、多分ご自分の字で『薬入れ』と書いてあった。これが結構可愛い。

「松田さん、これ家の薬箱ですよ」
「私、こんな汚い字はかかないよ!」

 長年使っていた箱なのに、なんと彼女は入院の間にすっかり忘れてしまっていた。骨折が治ってもせん妄が残る。日中は娘さんが居ないので、なんとか無事に過ごせるようにしなくてはならない。
 骨折部の痛みが減ってきたことをきっかけに、鎮痛剤は症状時のみに変更してもらった。
普段は血圧の薬と、寝る前の睡眠導入剤だけになったのだがまた問題が起きる。

「松田さん、今日のお薬入れましたか?」
「薬なんて飲んでないよ」

 やはり高齢の方にとって入院という刺激のない環境が長引くほど悪くなる。彼女は日に日に認知面の低下が目立ち、血圧の薬も飲まなくなってしまった。
 しかし、担当医は整形外科医なので、彼女の元々服用していた薬が必要なのか判断出来ない。値はなんともないとは言え、こちらで勝手に中止は出来ないのだ。しかも、昼夜逆転で夜間徘徊と頻尿が目立った。歩行器の使い方も悪いのでまた転ぶ可能性が高い。夜間、松田さんの部屋から徘徊コールが鳴り止まない日は無かった。同じく夜勤をやるスタッフからはため息をつかれる。

「寝れないんだったら薬増やしてもらったら?」と言うのは極論だ。そりゃあ薬を増やしたら彼女は眠れるだろう。ただ、その残骸は日中まで続く。リハビリが進まないと意味が無いのだ。
 私はスタッフから眠剤増やしてもらうよう医者に打診案は却下した。80超えの高齢者への眠剤投与は慎重にあるべき。自分達が大変だから、という理由で安易に薬を増やすべきではない。
 ただ、我々はチーム医療。私が眠剤を与えなくても、残念なことに別の夜勤からの申し送りで、松田さんに夜中眠剤追加したという記録がちらほら増えた。結局、その日は夜寝ても朝もウトウトしていて外出訓練には至らないのだ。
 整形の患者さんは入院MAX3ヶ月。娘さんは働いているので退院まで外泊訓練すら出来ない。このまま昼夜逆転でいたら家でまた転ぶだろう。PTと再度相談した結果、夜間起きる理由を改善する方法に出た。
 具体的に何をしたのかと言えば本当に単純なことだ。日中の活動量を増やすだけ。
 これが簡単なようで簡単ではない。リハビリの単位は決まっているので、他の活動量を増やすには私が他の受けもち患者さんとの時間プラスアルファで自分の時間を使うしかない。
 夜勤で中良い派遣看護師が担当の日に、今日は臨時眠剤使わないで評価して欲しい!とお願いして、わたしと、仲良い派遣看護師の日でどう活動したら夜間の頻尿回数が減るのか試した。

 連続ではないが、2週間評価した結果、3パターン試していた眠剤が全て合わないという結論に至り、漸く、その当時では珍しい高齢者専用の睡眠導入剤を試した。
 結果、それが効いて夜間の頻尿が減り、徘徊コールの回数も減った。
 これを定時服用にしたら帰宅した後も娘さんの負担を減らせるのではないか?ということで、夕飯後に服用、別の日は就寝前、また別の日は半分服用して、残りはとっておくと色々試した。
 結果、その日の活動によって何も飲まないで朝までぐっすりのこともあったので、単純に身体の活動量が足りなかったらしい。

 ただ、この結論に至るまで、リハビリ、当時いてくれた3ヶ月連続派遣の看護師、仲良くしてくれた某姉さんママ看護師には感謝しかない。敵ばかりの職場で、薬に頼らずになるべく自分らしい生活を取り戻せる段階に持っていくには、スタッフの力が必要だった。

 あと、せっかく娘さんが持ってきてくれた箱は最後まで使った。文字はやはり気に入らなかったそうなので、画用紙を使い、再度「おくすりいれ」とご本人に書き直してもらい、1週間の薬カレンダーも見た目がわかりにくかったので、シールをつけて可愛くデコレーションした。
 見た目が華やかになると興味が湧くのか、彼女は薬セットする水曜の夜になると嬉しそうにきちんと自分の薬を丁寧に入れていた。

 この病院では残数と飲むまで確認して全部サインしているので、この決まった安定剤も本人管理にさせて、毎晩「今日は飲む?飲まない?」と確認して回収したりしていた。
 本人の意思も確認して、本人が納得して眠れる薬を調整する。当たり前だが、年寄りだから薬の管理は無理だろう、とか、入院してボケたから家族がやらなきゃ、ということはないと思っている。
 

 正直な話、うちの父も長期入院していた時に、もう少し自己管理の必要性を説明してが関わってくれる看護師がひとりでもいてくれたら、と思うが、「たられば論」を繰り広げても仕方がないので、あの当時に私が行った事が誰かひとりにでも繋がって、きちんと患者さんと向き合える人が増えたらいいなと思う。

 はっきり言って、病棟は忙しい。特にリハビリ病棟はコールが鳴りっぱなしでコールに出ない働かないお局も多いので基本下々のものが動くしかない。働き蟻はただ働きで一銭も得をしない。
 そんなカリカリした中で受け持ちに優しくして、まともな看護をしろと命令されても時間外(しかも給料は発生しない)でプランを作り、パンフレットや指導についてあれこれ考え、リハビリさんとミーティング。

 そりゃあね、こんな劣悪な環境になればなるほど、業務的に対応する人の方が多いよ。
 ただ、人にかけた恩や言葉はなんらかの形で帰ってくる。わたしは退院した患者さん(または家族さん)から有難い言葉をかけてもらった。
 この患者さんも娘さんにお会いしたのはたった2回だったが、スタッフの名前誰1人覚えていないこの患者さんが、なんと私の苗字を覚えていたのだ。
 ひょんなことに、本当に偶然なんだが、私がこの病院を辞めた後に、次の病院を辞めて半年くらいしてから3日間だけこの病院でバイトさせてもらったことがある。その時にまた骨折したこの患者さんが前と同じ部屋に入院していた笑。

「あれー!?松田さん!」

 そう声をかけると、彼女は嬉しそうに「あー、あんたの顔覚えているよ、何さんだっけ…えっとね、えっとね、」と名前は出なかったが両手でしっかり私の手を握ってきた。
 
 最後まで私の名前は出なかったが、私の手を握り嬉しそうにニコニコしていた松田さんの笑顔は、多分忘れないだろう。言葉が出なくても、最初退院した時の感謝を伝えてくれたのだと思う。

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