妹がツンデレ過ぎてまともな恋愛が出来ません! 第23話
番外編 Side麻衣「お兄ちゃんを取られたくないもん」
私の兄貴──忍はよく女からモテる。
身長は170センチくらい、少し痩せ型だけど羽球をずっとやっていたから程よく筋肉で引き締まっている。とにかく人を笑わせたいらしく、いつも忍の周りには男女問わず人がいた。
中学2年まで続けていた羽球を突然引退してからの忍は帰宅部だ。さも自慢気に「俺は帰宅部だ!」と言うが、別に何か社会貢献や特別な活動をしている訳ではない。
そんな忍を羽球部から引き剥がしてわざわざ帰宅部に仕立てたのは全部私のせい。
引き出しの中から見つけた私の小さな頃の日記帳。
それをちょっとだけ覗いてみよう。
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「田畑先輩超カッコいい。爽やかだし、話してて面白いし」
「ねーねー、先輩、どこの高校行くんですかぁ?!」
「どうして羽球やめちゃうんです? 先輩だったら来年も出来るじゃないですか、スポーツ特待生とか……」
忍はオールラウンダーだ。どちらの手でラケットを持ってもその強さは衰えない。しかも、疲れたら反対の手に持ち返すので腕が疲れてからの持久戦にめっぽう強い。
学校だけではなく、練習している姿は近隣の女子達からも絶大な人気を集めていた。
忍の学校には羽球部にイケメンの日野先輩という人がいたので、当時は彼見たさに入部する女子が後を絶たなかったのだと言う。
しかし忍の通うN中学校は羽球の腕が悪く、地区大会では予選敗退。今まで一度も結果らしい結果を残していなかった事で、人目を引くサッカー、バスケ、野球と比べたら暗いスポーツと化していた。
シャトルを拾う地味な競技と罵られ、コートはテニス部に取られ、練習場所すら無い環境を変えたのが当時中学1年生の忍だった。
小学校4年生から始めていた羽球はめきめき上達し、5年生の時点で既に中学生と互角でやりあえるスピードと動きを身に着けていた。
武器はロブ。
攻撃タイプではなく、動体視力が優れているのか、『いくらスマッシュをぶち込んでもあいつに必ず拾われる』と相手選手から皮肉を言われていた。
花形のスマッシュではなく、じっくりと持久戦に持ち込んで華麗に勝つ。そんな珍しい試合を見た女子生徒が流行りのSNSにそういうのをアップした途端、忍の知名度と人気は一気に広がった。
忍が中学校に上がり、本格的に羽球を始めた途端、女子部員があぶれるくらい入部してきたのだ。それはそれは、他の運動部がガッカリする程、可愛い女の子達が今まで日陰でプレイしていた部活に殆ど流れた。
私は忍がコツコツ地味に羽球をやっている姿を追いかけるのが大好きだったのに、一気に花形になって注目を浴びたことが悔しかった。
勝手に私の忍にベタベタしないで。
勝手に私の忍に触るんじゃねえよ。雌豚が。
当時小学4年生だった私は母さんを無理矢理説得して何度も忍の応援に行っていた。段々母さんが仕事でいけないと言う時はこっそり1人で練習試合場所まで行ける程道も覚えた。
勿論、応援に行くのを快く思っていない母さんからバス代金なんて貰えないから2時間半前から目的地までひたすら歩く。足は辛かったけど、どうしても格好いい忍を観たかった。
黄色い声が聞こえる度にそちらをじろりと睨み付け、忍を応援する女の事を悉く調べつくした。
――1年A組 櫻井 美智子
――1年C組 野坂 真里
――1年E組 八田 萌
――2年B組 木下 春奈
――2年D組 町田 園枝
確か3年の女もいた気がするけど、そいつらは卒業さえしてしまえば敵にならない。
ざっと調べたところで兄貴のファンだと言う女は40人を超えていた。ミニファンクラブまで出来ている。忌々しいことに……。
忍には同じ中学に通っている弘樹さんというイケメンのお友達がいる。
そうだ。女子が忍に対してがっかりするようなことをするといい。こんなにも簡単なことに気が付かなかったなんて……私って馬鹿だな。
──数日後。
「悪ぃな弘樹。今回の数学、俺の嫌いなとこだからさあ……」
「いいよ、別に。あ、麻衣ちゃんお邪魔してます」
「……いらっしゃい」
ぺこりとお辞儀をして私は計画の為に二人が座っている勉強机の前にジュースを乗せたトレイを持っていった。
肩を寄せ合いながら勉強をしている間に躓いたフリをしてジュースを零す。
「つめてっ!!!」
「わっ!?」
2人の教科書にはかからなかったものの、私が放ったオレンジジュースは見事に忍のズボンと弘樹さんの上着を濡らしていた。
「ご、ごめんなさい……」
「ははっ、麻衣は意外とおっちょこちょいだなぁ。弘樹、それ色ついちゃうから脱いで。洗うよ」
「大丈夫だよ、家に帰ったら洗濯するし……」
「だ、ダメです! わ、私の所為だから……お洗濯させて下さい。ごめんなさい……」
「悪いね」と言い弘樹さんは忍に言われるまま着ていた白いトレーナーを脱いでくれた。
「あー、パンツまで濡れてんじゃん……麻衣、悪いけど替え持ってきて?」
忍もカチャカチャとベルトを外してパンツまで一気に脱いでいた。私は換えの下着を渡して寝室へ戻り、2人分の着替えを探すフリをした。
服を脱いだ後も2人は真剣にテスト勉強をしていたので、私の様子には気づいていない。
携帯を開き、画面に収まるようにピントを合わせる。
カシャリ……。
「麻衣〜早くズボン頂戴。あの、上から3段目にスラックスあるでしょ、それでいいから」
「ごめんね、兄貴。──弘樹さんもこれ使って下さい」
「わざわざ洗濯ありがとうね、麻衣ちゃん」
忍にはグレーのスラックスを渡し、弘樹さんには忍のシャツを渡した。2人が勉強している間に洗濯時間を考慮すると十分時間はある。
わざと汚した衣類を両手に抱えた私は、洗濯機の前でもう一度携帯画面を開き、先ほど撮影した一枚の写真を見てふっと口元に笑みを浮かべた。
これで大丈夫。
2人がお付き合いして、家でイチャイチャデートをしているという既成事実をあのファンクラブの奴らにけしかけてやれば……。
これによって忍ファンクラブは確かに消滅させたのだが、逆に『忍と弘樹の恋を応援しよう』という謎の腐女子連合が立ち上がってしまった。
忍をホモにするつもりなんて無かったのに……これは全くの盲点だ。
世の中にはそういう嗜好が好きな女子もいるということに、当時小学4年生の私は知る由も無かったのだ。
そして忍が羽球を止めることになったもう一つの理由は、女子が殺到しているのもそうだが、偶然この忍ファンクラブの腐女子を知る顧問の男が『自分の貞操まで危険なのでは?』という甚だ勘違いを起こしたせいだ。
当の忍もどうして自分だけが羽球をやめさせられることになったのか知らない。
でもいいの。例え誰にどう思われても。
私の忍は、ずっと私だけのもので側に居てくれればそれでいい。
ああ、神様。ごめんなさい。
これから先、忍にどんな女が寄りついたとしても、私はきっと祝福出来ません。
願わくば、忍が永遠にモテずに私の側に居てくれますように……。
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