妹がツンデレ過ぎてまともな恋愛が出来ません！ 第６話
第６話 「これって病んでる？妹降臨」
「ただいま……」
久しぶりに身体を動かした俺は肉体的も精神的もボロボロだった。
当たり前だが、３年間のブランクは現役バリバリの後輩に勝てる訳もなく、俺は帰宅する足が鉛のように重かった。むしろ家に入る事すら躊躇われた。
でも、正直頑張ったんだ。１セット取ったし。
３年間だぞ、３年！ ブランクありまくりのこの俺がっ！
しかもブランクの俺にハンデもくれたってのに、フェアじゃない。しかも負けた。こんなままで終わるのは物凄く癪だった。
「ああ、お帰り兄貴。柿崎先輩に負けたんだって？」
うぐっ。
靴を脱ぐ前に麻衣から、俺のハートに超直球勝負のボールがぶつけられる。
一体、麻衣がどうして柿崎とそういう話になったのかはさっぱり分からないが、俺は正直に「……ごめん」と謝った。
あぁ……これは絶対怒ってるだろうな。でも麻衣ちゃんが変な男とお付き合いするのは嫌だなぁ。
いや待てよ、麻衣が柿崎相手はともかく、誰かとお付き合いしてくれたら少しは俺に対しても優しさという感情が芽生えるのではないか？
そう考えたら、別に柿崎に一度麻衣を放出してもいいのかも知れない。あいつ、男のくせにめっちゃ可愛い顔してたし。麻衣の事ずっと好きだったみたいだから、お互いに上手く行くだろう。そう決め込んでもう片方のシューズを脱いだ所で麻衣から少しだけ弱々しい声で提案があった。
「兄貴、悪いんだけど……もう一回柿崎先輩と勝負してくれない？」
「へ？」
それって、もしかしてブランク有りの俺に対する救済企画的な何かですか？
今のままだと麻衣にこれからどう怒られるかわからなかったので、内心どきどきしながら「するする」と安易に頷いた。
「兄貴が柿崎先輩に勝てるまで、お弁当……おかず無しにするから」
「何ぃぃぃぃぃぃぃぃ！？」
それは困る！ 断じて困る！
俺の胃袋は日の丸弁当じゃ満たされないんだって、それだけは分かって麻衣ちゃんっ！！
「ってか、何で俺があいつと戦わないとダメなわけ？ 俺もうとっくに引退してんだけど……」
そう、言いたいのはそこなんだよ。俺はもう羽球を引退して３年目だ。
もう二度と、ラケットを握らない。
そう思っていたのに、俺が辞めた後に麻衣が羽球を始めた。
俺が何かしら理由を探して柿崎との勝負放棄しようとしていると、いつものように麻衣の蔑んだ目が飛んで来た。
だから、怖いんだって麻衣ちゃん。本当に目つきの悪さは父さんにそっくりで……。
「次の日曜日、柿崎先輩と練習試合ね？」
「しかも、一週間しか猶予ねえのかよっ！ 俺の弁当～～～っ！！」
俺の無情な叫びは天井に吸い込まれていった。
母さんがいつも朝に弁当の具は用意してくれている。それを綺麗に処理しているのは麻衣だ。
朝練に行く麻衣よりも俺が早く起きることは不可能だ。しかも、先に弁当に具を詰めたとしても、麻衣が後からそれを操作することは他愛もない。
俺は泣く泣く一週間後の決闘？ の為に夜のラケット素振りと走り込みを始めた。
──羽球部をやめることになったのは、何故か新入部員達が俺ではなく麻衣を怖いと言い、このまま新しい部員が減るんだったら、お前が部に居られると困る！ と顧問にハッキリ言われたからだ。
これでも小学校、中学２年までは無敗で通ってきた。でも妹のせい、と言われるとじゃあ妹を天秤にかけてまで羽球を続けたいとも思わない。
だから、やめろと言われてはいそうですか。と素直に引き下がった。勿論、俺が突然やめたことで一気に戦力を失った中学の母校は今や名前も上がってこない。
高校に入った時にもう麻衣を知る人は居ないだろうと踏んでいたのでどうするか悩んだが、結局やめた。また俺が羽球を初めて、陰で麻衣が怖いと陰口を言われるのも嫌だから。
「皮肉なもんだな。もうやらないって決めたのに、やめた原因の為にまたやるのか」
ラケットの上でシャトルをぽーん、ぽーんと上げながら同じタイミングでラケットを振りかざす。
しゅっと風を切る音。このシャトルが相手の先を読んでコートに落ちた時の爽快感。
あーやっぱスポーツっていいよなぁ……俺は落ちたシャトルを拾いあげてまたラケットの上に乗せた。それを見ていた麻衣がいつの間にか俺の側で練習の様子を見ていたらしい。相変わらず気配がない。やっぱり麻衣は忍者だ。
「……兄貴、一試合やろう？」
「現役の選手に勝てないよ」
麻衣のスマッシュは男でもびっくりするくらい早い。あれをまともに喰らったら確実に死ねるんじゃないか？ ってくらいの殺傷能力を兼ね備えている。
……って、神聖なスポーツにおいてそんなことはまずないのだが。
でもまあ、麻衣が何となくだけど、俺と遊びたいのかな。なんて勘違いした俺は暗闇の中で白いシャトルを空に上げた。
「手加減、しなくていいから」
「おう。いくぞ～」
久しぶりに麻衣と打ち合いをする。現役の麻衣の殺人的速度のスマッシュは全くキャッチできなかったが、こうやって昔も一緒に羽球をやっていたことを思い出す。
──そういや、麻衣はいつからか俺のことを避けるようになっていったんだろう？
小さい頃は俺のことを「お兄たん」とか言って、自分の事も「まいたん」って呼んで。煎餅布団も重なるくらいぴったりつけて、勝手に俺の布団に入り込んで幸せそうに眠って……あの時はあんなに可愛かったのに。
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「ぉ～？ マイちゃん！ 今日はご機嫌だねぇ？」
「えっ……？ そう、かな」
麻衣は弘樹の妹の雪音と仲が良い。
彼女達が急速に仲良くなったのは女学校での修学旅行が切欠で、お互いに大好きな兄を持っているせいか話がよく弾む。
麻衣は基本的に何を考えているのかわからないと言われる程口数は少なく、こうして表情だけで全てを読み取れるのは目の前にいる雪音くらいだ。
今も機嫌が良いことをあっさり見破られた麻衣は少しだけ気恥ずかしそうに顔を背けた。
（……久しぶりに、羽球の相手してもらえたのがこんなに嬉しいだなんて……とても言えない）
明らかにいつもと違う麻衣の様子を見た雪音はにこにこ微笑みながら、その柔らかい頬をつんつんする。
「マイちゃ～ん、ひろちゃんに聞いたんだけど、お兄ちゃんに羽球させてるんだって？」
弘樹が雪音に麻衣ちゃんの真意を聞いてこいとお願いしたのか、雪音は珍しく兄貴について言及してきた。
親友からの質問であれば、彼女も普段のツンデレではないので素直に答える。
「うん。もう一回兄貴の格好いいとこ見たくて」
「どうしてお兄ちゃんは羽球やめちゃったの？」
「羽球やってる兄貴、凄く格好いいから……すぐに『忍ファンクラブ』が出来て、私がそれを壊したんだ」
無表情で「壊した」ときっぱり言い放つ麻衣がちょっとだけ怖くて、流石の雪音もふぅ～ん？と言葉を濁してそれ以上の詳細を聞くことは出来なかった。
麻衣は小学生の時に、自分が兄に対して抱く恋心が異常であることに気付き、自分の存在自体に吐き気を覚えていた。
そのせいか、兄貴が何をしていても正直に気持ちを伝えることが出来ず、思っていることと正反対のことを言ってしまうことが増えた。
何度も言ってしまった言葉や兄貴を傷つけてしまったことを後悔しながらも、自分のその性格を全く修正出来ないまま、今に至っている。
──そう、忍はモテない訳ではない。
彼がモテる要素を、この異常な恋愛感情を持ってしまった妹・麻衣の手によって”全て”水面下で排除されていた。
そして、それを知っているのは忍と共に羽球をやっていた真里菜だけが知っている。
忍の妹はツンデレだけではなく、異常なヤンデレでもあることを……。