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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】砂の城 第31話 忍sideー 不安


 俺が病院に辿り着いた時、麻衣は違う場所に運ばれていた。

 精神科病棟。

 面会謝絶と書かれた札に、牢屋のような鉄の柵が見える。家族でも面会はダメなのか尋ねても中に入れてくれない。

「今の麻衣さんは錯乱状態でかなり危険なのです。不要な刺激を避ける為に薬が効いて落ち着くまでは暫く面会謝絶でお願い致します」

「何でだよ……さっきまで麻衣は普通に……!」

「田畑さん、雨宮先生は何も言わなかったと思いますが、先ほど彼女に首を絞められていたんですよ?」

 俺は淡々と説明する病棟の師長の言葉にそれ以上何も言えなかった。大事な親友の弘樹が殺されかかったのだ。しかも、麻衣の手によって……。
 重々しい鉄の扉の音がガシャンと響いた。ここは他の患者も簡単に脱走出来ないように二重扉になっており、部屋も全て電子鍵で管理されている。
 せめて一目だけでいいから麻衣の安否を確認したかった。でもそれは無理な願いと分かったので、俺は情けないと思いつつ弘樹の家まで足を向けた。



 ────



 弘樹の家に着いても俺はどう声をかけて良いのか分からずインターフォンの前で悩んでいた。謝って済む事ではない。でも弘樹の性格だったら笑って許してくれそうな気がした。
 それじゃダメなんだ。
 麻衣は例え意識や精神状態が戻っても、自分があの時に締めた首が弘樹だと分かった瞬間、また自分の命を絶とうとするだろう。
 弘樹がどのような経緯で首を絞められたのかは気になったが、あいつにはチビが2人いる。首筋に絞められた跡なんて残っていたら、子供も、雪ちゃんも泣いているだろう……

「くそっ……」

「田畑、お前いつまで人ん家の前でウロウロしてんだよ」

 俺が悩んでいる様子を2階からずっと眺めていたらしい。弘樹は笑いながら手を振っていた。

「しのぶ〜! パパが大変なんだ!」

 ドアを開けて俺の胸まで飛び出して来たのは泣いて目を腫れさせていた蒼空だった。きっと弘樹の首の赤みを見て驚いたのだろう。
 蒼空はパパだけじゃなく、麻衣の事も大好きだ。何と言えばいいのか返答に悩む。無言のまま蒼空を抱き上げて頭をポンポン撫でていた。ふと視線を動かすと少し困惑した顔の雪ちゃんが玄関前に立っていた。

「雪ちゃん……悪い」

「忍ちゃんが悪いわけじゃないの。忍ちゃんは悪く無いの……でも、雪は、大好きな麻衣ちゃんも悪いと思いたくないの……」

 雪ちゃんのピンクのエプロンが涙であちこち濡れていた。先ほど手を振っていた弘樹は2階から降りてくる様子を見せないので、もしかしたら首にあざが残っているのかも知れない。
 流石にまだ子供が起きているので出るのを躊躇っているのだろう。

「本当、すまねえ……詫びる言葉も無いくらい」

「麻衣ちゃん、小さい女の子に、私のママを返してって泣きつかれたの。麻衣ちゃんは、それが誰の子供なのか何となく知ってたみたいで、ずっと黙ってた。黙ってその女の子が叩いてくるのを全部受け止めてた」

「多分、俺を刺した奴のガキなんだろ?」

 雪ちゃんが黙って頷いたのを見て俺は確信した。麻衣は、あの手帳をそのガキから受け取ったのか拾ったのか……麻衣はこのままだと自分の周りの人が不幸になってしまうとまた一人で悩み始めたのだろう。

 どうしてあいつは俺に一言も相談してくれないんだ。何の為に、ただの兄ではなくそれ以上の関係になったのか。
 いや、それ以上の関係と呼べるほど俺は麻衣と共に過ごしていない。
 麻衣は今までの距離感を何となく望んでいたし、まだ唇以外先に触れ合ってもいない。それで偉そうに俺が出る幕なんて無い。
 さっさと麻衣を抱いてしまえば気持ちが変わったか? そんな単純な問題では無いはずだ。それ以上先に進む事は、今後の麻衣の人生全てを変えてしまう可能性がある。
 いい加減覚悟を決めないといけない。俺が中途半端なままだと、麻衣も先に進めないままだ。

「忍ちゃん、ひろちゃんは大丈夫。怒ってないよ。だって麻衣ちゃんは今も戦ってる。だから忍ちゃんは全力で麻衣ちゃんの事を応援してあげて?」

 自分の事よりも大事な夫が、自分の親友に首を絞められて殺されかけたと言うのに、雪ちゃんはとんでもなく寛大な言葉を吐いた。
 俺は柄にも無くその場にズルズルと崩れ落ちて声を殺して泣いた。

「しのぶう、辛いの? 痛いの? 泣いたらやだあ、しのぶう!」

 俺と一緒に居た蒼空まで大声で泣き始めてしまったので、これでは近所迷惑になってしまう。慌てた雪ちゃんにそのまま夜の雨宮邸に招かれた。



 ────



 子供達を雪ちゃんが寝かしつけてくれている間に、弘樹が入れ替わりで一階に降りて来た。首にはスカーフを巻いていたので、やはり絞められたあざが残っているのだろう。

「弘樹、悪い。今回の件は謝って済む話じゃねえけど……俺と麻衣で償える事は何でも償う。今後の一生をかけてでも……」

 俺は頭を下げて真面目に話しているのに、何故か弘樹は笑っていた。こいつ、まさか麻衣に首絞められて頭おかしくなったのか? と疑いたくなっちまう。

「いや、ごめんごめん。そんなに大事になってるなんて思わなくて……実は、麻衣ちゃんが精神科病棟に行ったのは俺達で相談した結果なんだよ」

「──はい?」

 全く話が見えない俺は取り残された気分になっていた。面会謝絶で俺は速攻追い出されたのに、麻衣が己からあの場所を望んだと言うのか?

「俺が病棟に行った時、麻衣ちゃんが泣きながら忍を刺した女の話をしてきたんだ」

「何で今更……」

 多分あの手帳だろう。しかも雪ちゃんの話を合わせると麻衣が入院に至った経緯は何処かで雪ちゃんと一緒に居た時に俺を刺した女のガキにグダグダ言われて凹んだ。
 そして凹んだ麻衣はそのまま発作を起こして入院。俺が会いに行った時に暗い顔をしていたのは悩んでいたのだろう。その後に弘樹が見舞いに行った時に私が死ねば全て解決するとかとんでもない極論に至ったんだろう。

「田畑、麻衣ちゃんはな……お前を刺した女の娘の為に精神科病棟に入ったんだよ」

「いや、全然話が見えねえ……どういう事だ?」

「麻衣ちゃんは、うちの子供達にもそうだけど、他人の子供にもすごく優しい。──ただ、その反面大人の女性には厳しい。多分、お前を刺した女を殺してでも絶対に許さないだろう。でも、女の子供には何も罪が無いって事は理解している」

 麻衣は母さんに過剰な愛情を受けて育ったが、その曲がった愛と、母さんが俺へ向ける態度の違いに長年悩んでいた。だから変な親に育てられている子供を見ると放っておけないのだろう。勿論、元々子供好きというのもあるだろうが。

「その子、以前からここの精神科病棟に入院しているんだ。多分、麻衣ちゃんに会ったのは外出訓練とか……そういうレベルなんじゃないかな」

「じゃあ、偶然会ったガキに麻衣は振り回されて弘樹の首絞めて独房入りしたって言うのか? 冗談じゃねえ、お人よしとかそういうレベルでもねえ。一体何考えてんだ……」

「麻衣ちゃんは助けたいんだよ、その子を。自分のせいで子供が不幸になるのを見ていられないんだ」

「……そりゃあ無理だろ。それに、ガキが狂ったのは麻衣のせいじゃねえ。勝手にちやほやされる麻衣に嫉妬して狂ったガキの母親が悪い」

 正直、俺は弘樹の首を絞めたのがそんなくだらない理由だと思っていなかった。何故そこまで赤の他人、しかも自分を殺そうとした女の子供に固執するのか。
 精神科病棟に入って麻衣が無事でいられる保証なんてない。俺は弘樹の話を頭の中で理解したくないまま唇を噛み締めた。


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#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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