遊びに来たのはだあれ?#なんのはなしです怪
看護師歴が長く、昔からよく異世界が見えてしまう私は夏が来るとよく「遊びに来ちゃった人」に遭遇する。
遭遇、という言葉が正しいのか分からないが、間違いなく来ているのだ。姿は見えないが。
※こちらの帯は兼ねてからずっと気になっていた作成されたいつき@暮らしが趣味様から使わせていただいております。
#タグはもはやあちこちのnoterさんが使いまくって有名なコニシきの子様からです。余談ですが、コニシ様のサイトマップにあった蟲好きナースに蟲を食べてもらうまでの記録が半端なく面白い。淡々と書かれる文面の中に発生しているビックイベントの数々よ……
話が脱線してしまったので戻ろう。
かつて天国に近い病棟に居た頃は夜勤の度に「こんばんは」と挨拶する青白い人が窓の外に張り付いていた。一番怖いのが準夜勤(当時は三交代勤務)から深夜勤務に引き継ぎした直後の見回りだ。
24時間抗がん剤という方もいらっしゃったので、点滴がきちんと滴下しているか確認する。中には認知症になっている方や、不眠症の方もいるので、ライトは足元から、呼吸状態の確認の為にライトなしで忍者の如く息を殺して近づくのだ。
もうあの病棟は増改築に伴い解体してしまい今は亡き場所だが、当時あった751号室の前に私の天敵が居座っていた。
病院自体が築うん十年と古いので、彼(彼女)の存在はもはや主と言っても過言ではない。
751号室の斜め前にある物品室(倉庫)にいくのがまず至難の技だった。
夜中なので基本、私が持つ武器はない。ワゴンのガラガラする音を立てたら漸く眠りについた患者様達が目覚めてしまう。
丸腰にライト一本で奴らと戦うのだ。
Aチームの受け持ち担当だとこの751号室を通らないといけない。こちらは非常階段があるので、なおさら彼らが通るに心地よい環境だったのだろう。
753号室、クリア……
752号室、大丈夫だ、問題ない。
呼吸を整えいざ鎌倉。
751号室は6人部屋だ。比較的足の元気な人が入院している。それでも、抗がん剤24時間コースの患者様もいらっしゃるので監視は欠かせない。
ましてここの一人は物音ひとつで起きて翌朝大クレームを放つ超絶関わりたくないオッサン(失礼)が居る。
もし窓をコンコンしていても、絶対に見るな。
いいか、見るなよ、見るんじゃないぞ絶対に。
こんな時間に窓の外に誰かいるわけがない。
ここは7階だ。外は誰もいない。いいな?
そう呪文を唱えてから入るのに、やはり人間の好奇心というものには逆らえないらしい。
どうして準夜勤の人は「カーテンをしっかり閉めてくれなかった」のだろう。
ここに文句を言っても仕方がない。みんな夜空がみたくなると、勝手に消灯時間過ぎても外を見たりするから。
天国に一番近い我が病棟からみる函館の空は星が綺麗だった。都会とは違って、余計な建物はない。
西の方角を見ると小学校とグラウンドがあり、入院している患者様にとって子供達の声は生きる希望となっていた。とても有難い環境だったと思う。昼間はな。
私は問題の751号室に忍足を使い(残念だがこの時代に《鬼滅の刃》という大作は私の中で存在していなかった)ひとりずつ生存確認をする。
時刻は0時20分。
申し送りを受ける前、準夜勤さんが帰る前にまず部屋周りをして抜けがないか確認するのだ。
751号室には2人ほど24時間抗がん剤コースの方がいらっしゃった。幸いなのが、CVカテーテルというものを挿入しているので、寝返りしても点滴が漏れて抗がん剤漏れの対応に追われることはない。問題はそっちよりも窓の外だ。
何故暗いはずなのに、右側の患者さんの方からラジオの音が聞こえるのだろう。しかもただの雑音だ。テレビが放映時刻終了でカラフルな垂れ幕を流してキーンという耳障りな音を出しているのと同じレベルだった。
聞こえていたのは天気予報だった。こんな夜中に天気予報なんていらないよ、雪が降る季節でもないってのに。函館は都会と違って梅雨もひどくないし、夏場はちっとも辛くない。
忍び足のままラジオをぷちっとオフにする。はあ、これで一件落着。
やれやれと戻ろうとしたらやっぱりカーテンの隙間から外に3人分の血塗られた顔が浮かんでいた。
霊に見慣れてしまうと、また来たのね、という感想しかない。この部屋にはこの主がいる。
今日も無事に仕事終わるよう、お祈りお願いします。なんて心の中でつぶやいてカーテンをそっとしめる。
振り返った瞬間の方が私は驚いた。Bチームの部屋周りをしていたはずの後輩が気配ゼロで私の真後ろに突っ立っていたのだ。
思わず、リアルにぎゃっ!と言いそうになった。
この部屋で大声を出す事、それは明日の死亡フラグに繋がる。持っていたライトを落とさないように光りを腹にあてた。
「申し送りしたいんですけど……」
頼むから、あと5分待って欲しかった!
この部屋見回りしたらステーションに帰るつもりだったし!なんでよりによって霊と生身の人間とのダブルパンチでちびりそうになってんだ!
この後、準夜勤から引き継ぎを受け、初めての重症患者チームを請け負う後輩ちゃんのフォローに入った。
呼吸状態の悪い人が4人。後輩ちゃんは行動がスローなので結構キツイ。もう一人のメンバーは自分の事しかやらない非協力的な後輩。
そうなると私が自分のチームと後輩ちゃんフォローか…と頭を抱えながらドレーン破棄していると、別の部屋の点滴周りをしている時に後輩ちゃんがまた私の背後にひょっこりはんしてきた。
気配がゼロだ。こいつ、私以上に忍者かも知れぬ。
2度目のぎゃ!を押さえてステーションに戻ると、先ほど後輩ちゃんの担当763号室にひょっこりはんしていたはずの後輩ちゃんが、記録スペースで黙々と看護記録に取り掛かっていた。(当時は電子カルテではない)
「あれ、○○さん、今763号室にいなかった?」
「え? 2時交換予定の点滴詰めていたんで、私、1時の部屋周りの後からここにずっと居ましたけど……」
「……」
「……」
751号室に来た『彼女』は誰だったんだろう。
763号室で私に2度目のひょっこりはんをしてきたのは誰だったのだろう。
その答えは今も不明のままだ。