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【第1章】追放 ―― 突然の異動辞令、行先はまさかの座敷牢
その朝、開発推進部の朝礼はいつもと変わらず、無機質な空気に包まれていた。社員たちは立ち並ぶ机の前に、黙々と整列している。忙しなく響く電話の音がオフィスにこだまする中、谷課長が一歩前に出た。小柄で少しぽっちゃりとした体型の彼は、眼鏡を押さえながら、まるで自分の意志が関係ないように、ただ淡々と口を開いた。
「えー、皆さん、注目してもらいたい。」
谷課長の声は、どこか弱々しく、声が震えているわけではないが、無理に声を張っているようにも感じられた。それでも、声のトーンは平坦で、どこか他人事のような響きがあった。
社員たちが静まり返り、何かが起こる予感を感じ取った。
「開発推進部推進課の課長代理、藤堂明が異動となることになりました。」
その言葉が、まるで空気を引き裂くように響き渡る。藤堂?異動?その内容が信じられなかった。
谷課長はそのまま、まるで自分の責任ではないかのように続けた。
「異動先は、本社管理部です。」
その言葉がさらに衝撃を与えた。「座敷牢」と呼ばれる場所に、藤堂が送られるという事実は、社員たちにとって衝撃的だった。
しかし、谷課長は何も説明しなかった。
「藤堂の異動に関する詳細については、後日、個別に通達されます。」
その一言に、谷課長の無力さがにじみ出ていた。何も知らない、何も決定していない。ただ上司からの指示を、ただ伝えるだけの存在だということが、彼の声に滲んでいた。
「それじゃあ、皆さんは業務に戻ってください。」
谷課長はそう言い、さっさとその場を後にしようとした。まるで、自分の存在がなかったかのように振舞うその姿に、社員たちは一層の疑念と不信を抱く。
藤堂の部下たちは動揺を隠せなかった。
「藤堂さんが、あんなところに?」
「嘘だろ、藤堂さんが…あんなことを?」
社員たちの間には、さまざまな声が飛び交っていたが、そのすべての声に共通しているのは、困惑と不安だ。
橘薫はその場でじっとしていた。突然、あの藤堂が異動することに対する驚きと、彼の行き先が「座敷牢」であることに対する衝撃で、頭が真っ白になっていた。
「藤堂さんが、あんな所に?」
彼女は心の中で繰り返した。
その後、谷課長が部下たちに向けて話した内容は、何の意味もなかった。ただ上からの通達を、淡々と繰り返すだけだった。
「でも、藤堂さん、なんで?」
橘薫はその疑問を胸に秘め、すぐに自分の席に戻ろうとはしなかった。周りの社員たちも、同じように動けないでいた。その場には、何とも言えない重苦しい空気が流れていた。
その瞬間、社内の片隅から、藤堂を好ましく思っていない社員たちの声が聞こえてきた。
「藤堂が行く先は…あそこだもんな。」
「ほんと、あいつが何であんなに厳しかったのか、今さら理解できないわ。」
「でも、これで終わりだな。」
「まあ、どこかで見かけることもないだろうし。」
橘薫はその声に、はっとする。あまりにもあからさまに、藤堂の不幸を楽しんでいるかのような声が響く。
「ほんとにパワハラだったのかな?」
「でも、何かしら理由があったからこうなったんだろう。」
「いや、あいつにはなんか、こだわりがあったからな。」
その言葉の一つ一つが、橘薫の心に刺さった。
これ以上は、耐えられないと思った。橘薫は胸の奥で何かが爆発しそうになるのを感じた。藤堂がどんな経緯であそこに送られたのか、誰も教えてくれない。だが、橘薫にはただ一つだけ、確かなことがあった。藤堂を守るために、何とかしなければならない。
その場で、社員たちは黙々と仕事に戻るが、橘薫の胸中は動揺と怒りでいっぱいだった。
藤堂を守るために、何かしなければならない。だが、そのためには何から始めればいいのか、橘薫はまだ分からなかった。
ただ、これだけは決して忘れなかった。
藤堂をただのパワハラ加害者として片付けることは、絶対に許さない。