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【第11章】荒廃する職場
藤堂明がこの職場を実質的に動かしていたのは誰の目にも明らかだった。しかし、彼が去った後、その穴の大きさを真正面から認めようとする者はほとんどいなかった。特に守部長と谷課長は、業務の停滞を全て部下の能力不足として片付け、自分たちの責任を問うことはなかった。
そんな中、橘薫と同期の桐生は、藤堂明の汚名を返上するための活動を進めながらも、彼の不在によって生じた業務の混乱を最小限に抑えようと必死に努力していた。しかし、藤堂明がいなくなったことでこの世の春を謳歌する者がいた。それが徳山だった。
「また提案却下かよ……。」 桐生が深いため息をつく。 「納得いかないよな。理由も曖昧だし、どう考えても仕事を進めるのに必要なことなのに。」橘薫も悔しさをにじませる。
徳山は、自らの権勢を誇示するだけではなく、巧妙に自身の立場を守る術を心得ていた。橘薫や桐生のあらゆる提案を守部長と谷課長に却下させるよう仕向ける一方で、上層部には「若手の育成に尽力している」と取り繕っていた。まともな業務改善の提案であろうとも、「今はその時期ではない」「お前たちの視点がずれている」などと曖昧な理由で門前払いされる。さらには、「お前たちにはまだ経験が足りない」と言い放ち、徳山の指導を受けるように命じられた。
「お前ら、もう少し俺のやり方を学んだ方がいいんじゃないか?」 徳山が皮肉げに笑いながら言う。 「……お手本を見せてもらいたいくらいですね。」橘薫は歯を食いしばるように返す。
だが、その指導とは名ばかりのもので、実際には嫌がらせの連続だった。無意味な雑務を押し付けられ、提案資料はことごとく修正を求められ、無理難題を突きつけられたかと思えば、達成できなければ無能呼ばわりされる。橘薫も桐生も、ただ耐えるしかなかった。
「もう限界だな……。」桐生が呟く。 「でも、このままじゃ終われない。」橘薫の瞳には決意の色が宿る。
しかし、皮肉なことに、徳山自身も業務を円滑に回す能力は持ち合わせていなかった。その結果、次第に部全体の業務が停滞し始める。問題が次々と積み重なり、納期が迫る中で対処すべき課題は山積みとなった。だが、それでも守部長と谷課長は動こうとせず、責任を部下たちに押し付けるだけだった。
藤堂がいなくなった原因を考えると、ある事実が思い当たる。池田が去り際にぼそっと漏らした言葉——それが、徳山が裏で池田を煽った証拠だった。池田は異動し、今はもうここにはいないが、彼女が利用されたのは明白だった。表立って証拠を残していない徳山を追及することはできない。だが、確かに藤堂の異動が発表されたとき、徳山は満足げにニヤニヤしていた。それを思い返すと、全てのつじつまが合う。
さらに、徳山は上層部に対して「現場の混乱は若手社員の未熟さが原因だ」と報告し、まるで自分が問題の収拾に尽力しているかのように振る舞っていた。橘薫と桐生に対しては圧力をかけ続ける一方で、会社全体では「俺がいなければもっとひどい状況になる」と印象付ける巧妙な立ち回りを見せていた。
「このままじゃ、本当に終わるな……。」桐生が呟く。 「終わらせないよ。私たちで変えるんだ。」橘薫は強く言った。
焦燥感が募る中、橘薫と桐生は密かに決意する。このまま徳山の好きにさせていては、藤堂明が築いてきたものが完全に失われてしまう。彼らは、自らの手でこの状況を打開し、藤堂明の名誉を取り戻すための行動を起こすことを決意するのだった。