手元に戻したい植物図鑑がある
「あぁ、ゴクラクチョウカですね。」
まだ写真を出して「この花なんだけどね…」しか言っていなかったが、同期は私にその花の名前を教えてくれた。
ゴクラクチョウカ(極楽鳥花)。
首都アディスアベバでとてもお世話になったホテルのカウンターに飾られていた花だった。
「見た目が特徴的だから、すぐ覚えられますよ。」
言われた通り、私は今もこの花を覚えている。
日本にいる時期と比べ徒歩移動する時間が多く(1日4~5kmとか)、ネットもさほど快適でないエチオピアで私は新しい楽しみを見つけた。それが「花を見る」だった。
前述の同期は現地で鳥類やら樹木やらの図鑑を色々コレクションしていて、その中で私たちにもお勧めしてくれたのがエチオピアの野草図鑑だった。理由はシンプル。手違いなのかなんなのか、謎に値段がものすごく安かった。他の図鑑が確か3000ブル(約9000円)とかしたなか、件の野草図鑑は100ブル(約300円)だったのである。
(左の本。右は友人へのお土産にしたエチオピア料理のレシピ本。)
文庫本サイズ、カラー写真入り、英語とアムハラ語併記で現地情報が載っている本が100ブルというのはあまりに魅力的だったので、本屋を数件回って買い求めた。
図鑑がある生活は楽しかった。気になる花を見つけたら写真を撮って帰る。花の色ごとに分類されていたので、色を見ながら図鑑を引いて見つけたり載ってないんかいとツッコミを入れたり。大通りで見つけた、ランタナ・カマラ(和名シチヘンゲ)というとても私好みに可愛い花が世界の外来侵入種ワースト100に指定されている事実に衝撃を受けたり(これはネットも併用して調べた)。
なのだけど。
この図鑑、今私の手元にはない。
2020年3月、全世界の協力隊員が日本に帰国することになったとき、私はまだエチオピアに帰ってこられるつもりだった。だから荷物は貴重品を中心にスーツケース1つ分しか持って帰ってこなかった。私がエチオピアに持って行ったスーツケースは2つ。
…つまりまだエチオピアにお留守番してる荷物があるのである。
あの荷造りしたときの記憶があんまりない。図鑑は機内持ち込み用のナップサックに入れていたつもりだったのだけど、スーツケースの中にしまってきてしまったんだろうか。
任期満了に伴い残置荷物も送ってもらう手続きをこれからするのだけれど、どうか置いてきたスーツケースに図鑑が入っていますように。
冒頭の話に戻るが、「ゴクラクチョウカですね。」と同期に教わった時に思い出したセリフがある。
有川浩さんの小説に登場する、少年の言葉だ。
「うちのお母さんが、お別れする人には花の名前を教えておきなさいって。花は毎年必ず咲くからって。」
(『好きだよと言えずに初恋は、』より)
なるほど、きっと私はこの先毎年ゴクラクチョウカを見る度この花を教えてくれた同期を思い出すんだろう。うまいこと言うな…と、思った。
思ったんだけど。
教わってから1年以上経ったが、日本でまだゴクラクチョウカを見たことがない。南アフリカ原産だし、野草でもないからかな…。あのおまじないも、国をまたいで移動してしまうと色々支障があるらしい。
それでもずっとnoteに書きたいと思うほどに覚えていたし、多分この先も同期とゴクラクチョウカのことは忘れないと思う。多分。