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劇場へ、行きたい。


こんにちは、蒼井です。


あれほど行っていたのに、いつから劇場に足を運んでいないだろうか。
2月の末、1本行ったのが最後。
それ以降、劇場には行けていない。

仕事(本業の)柄、絶対に自分が感染する訳にはいかないことも、
家族に感染させる訳にはいかないこともあり、
さらに公演スケジュールの調整が自分の予定と全く折り合わず。

大方の劇場の感染予防対策は問題ないとわかりつつも、
全く劇場に足を運べずにいます。


これは、私史上、由々しき事態にもほどがある。
ひどい時は年間100本ペースだったのが良識的な範囲に落ち着いたものの、
劇場で全く観劇していない、そんなことは有り得なかった。
つまるところ、全くお金を使っていない状態。

私の遊興費は、ほぼ演劇か食事。
その食事だって、今や本業で週3出社時のランチぐらいになり、
本当にお金を使わない。経済を回せていない。
私のお金はチケットへの変化(へんげ)をすっかり忘れてしまった。


National Theatre Liveだけは、コロナ後も観に行ってるんですけどね。
でも映画館だし(NTLの素晴らしさについてはまた別途!)、
やっぱり、眼前で、間近で、芝居を、演劇を、観たい。

オンライン観劇に挑戦したい気持ちは多々ありつつも、気軽だからこそ逃してしまう…

スケジュールを調整して、当日劇場へ向かい、
入り口でチケットをもぎられて、荷物を置いたらトイレに行き、
戻った席でチラシを見ながら客入れBGMを聴き、
BGMがふっとフェードアウトして(逆もありますね)、客電が落ちていく。
そして、板に明かりが灯る。

その時を、やっぱりその場で感じたい、と強く。

「これぞ演劇!観劇!」と思う私的ポイントが、まさにこの瞬間。
暗転の中、これから何が始まるのかを息を飲みながら待つ。この間!
それこそが、気持ちの最高潮。私的観劇の真髄。

いやもちろん、作品そのものも楽しむのだけれど、
全てが同じ空間にあるはずのハコの中で、
確かに区切られた舞台と客席があるのに、
その境界が物語を溶媒にして混ざり合う、最初の合図。

その暗転〜明転を、照明の温度すらも感じながら味わい尽くしたい!
そして観終わった後は、近くの喫茶店にでも入って、
当日パンフやらプログラムを眺めつつ、作品を反芻する。

そう、ここまでもセットでようやく、完璧な観劇になるのです。
手に入らないとわかるとより欲しくなるのが人間なのか、
劇場への思いがふつふつと、ぐつぐつと。止まらない。


本業がコロナ禍でめちゃくちゃ忙しくなり、
さらに別の資格勉強もしていたものだから、いつも以上に時間もなく。
加えて、心の余裕も、全くなく。

そんな時にこそ、芝居が観たいのですよ、劇場で。
物語にびたびたに浸り、肺中を劇場の空気で満たし、
芝居で脳を、そして心を、酔わせ震わせ。

いろいろなことに折り合いがついたらしっかりと、
今一番の己の欲望を満たしてやろうかな。



今日の写真は、NY・タイムズスクエアのtkts。
一応、仕事・出張で行った、初めてのNY。
(そう、一応。楽しすぎた=油断すると脳内で旅行化される。)

刺激があまりに強くて、今もつぶさに覚えているNY。
また行きたいけど、いつ行けるのだろうか。NY。
『Spring Awakening』、素晴らしかったな。

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