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樋口了一さんの「手紙」を読んで、母に優しくしたいと思った

年老いた親のことを、重荷に感じていた。
介護に費やす時間をもったいない、と思っていた。

しかし、樋口了一さんの「手紙」を読んで、自分の驕りを恥じた。
「ママ、ごめんね」
と、心の中で謝った。

年老いた私が ある日 今までの私と 違っていたとしても
どうかそのままの 私のことを 理解して欲しい

私が服の上に 食べ物を こぼしても
靴ひもを 結び忘れても
あなたに色んなことを 教えたように
見守って欲しい

あなたと話す時 同じ話を 何度も何度も 繰り返しても
その結果を どうかさえぎらずに うなずいて欲しい
あなたにせがまれて 繰り返し読んだ 絵本の あたたかな 結末は
いつも同じでも 私の心を 平和にしてくれた

悲しい事ではないんだ 消え去ってゆくように 見える私の心へと
励ましのまなざしを 向けて欲しい

楽しいひと時に 私が思わず 下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのを いやがるときには
思い出して欲しい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり
様々な理由をつけて いやがるあなたと お風呂に入った
懐かしい日のことを

悲しい事ではないんだ
旅立ちの前の準備をしている私に 祝福の祈りを 捧げて欲しい

いずれ歯も弱り 飲み込む事さえ 出来なくなるかもしれない
足も衰えて 立ち上がる事すら 出来なくなったなら
あなたが か弱い足で立ち上がろうと 私に助けを求めたように
よろめく私に どうかあなたの手を 握らせて欲しい

私の姿を見て 悲しんだり 自分が無力だと 思わないで欲しい
あなたを 抱きしめる力がないのを 知るのはつらい事だけど
私を理解して 支えてくれる 心だけを 持っていて欲しい
きっとそれだけで それだけで
私には 勇気がわいてくるのです

あなたの人生の始まりに 私がしっかりと 付き添ったように
私の人生の終わりに 少しだけ 付き添って欲しい

あなたが生まれてくれたことで 私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛をもって 笑顔で答えたい

私の子供たちへ
愛する子供たちへ

(手紙より引用)

手紙

母はアルツハイマーになり、自分の世話もできなくなって久しい。
箸を持つ手も、いつの間にか握り箸になっていた。
先日、母は芋をつかめず、芋がテーブルの上を転がった。
私は、転がる芋を横目で見て、ため息をついた。

また、昨日は、食事中もずっと両肘をついたままだった。
母は、食事も面倒になったのだろうか?
ティッシュペーパーも箸でつまむ母の姿を見て、私はまた溜息をついてしまった。

美しくて気取り屋さんだった母は、どこにいったのか?
そんな母を、寂しい思いで眺めていた。

でも、この手紙を読んだとき、母の涙が見えたような気がした。

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なりたくてこんな姿になったわけではない
もっと優しい眼で見てほしい
子育ての時に、自分の時間をあなたにあげたのだから、
親の最期の一時に、あなたの時間を少しばかり分けてもらえない?

全てを見てと言っていないでしょ?
ちょっと気にかけてくれるだけでいいの
ちょっと声をかけてくれだけでいいの
ちょっと顔をみせてくれるだけでいいの
あなたに犠牲を強いているわけではないの
あなたと同じ時間を共有したいだけ
あと少しだけ共有したいの

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そんな声が聞こえてきそうな気がした。

「ママ、ごめんね、今まで優しくできなくて・・・」
心の中で、何度も何度も謝った。

残り少ない母との時間を、優しく穏やかなものにしていきたいと思う。


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