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旅の効能/「風」 辻 征夫

早朝、空港へ向かう電車に乗った。窓から差し込む朝日が眩しくて、視界はオレンジ色に滲んだ。

私がしたかった事はこれなんだと思った。私は旅に出たかった。

この少し心細い、でもワクワクする気待ちを味わいたかった。
いくつになっても、リセットできる。リスタートが切れる。そんな清々しい心持ち。心の中で盛り上がり過ぎて、涙腺がゆるむ。ははは。

私の関心事はいつも自分の心の動きだ。

大好きなもの食べ歩いて、街の片隅のカフェにてひと息。出掛けにバッグに入れた詩集を開き、目を落とす。

「風」という辻征夫の詩を読んで、泣けた。あーまた泣いた。
表面が乾いたスポンジ。握ったら思いのほか水分を含んでいた。そんな涙。渇いてたんだ。
旅の効能。じんわり。

 風  辻征夫
荒れる冬の海から
吹いてくる風が
ひととき
きみをつつんで
またどこか とおくへ
吹きすぎて行く
そんな
風のようなものだと
私を思うことはできないか
吹き渡ることをやめ じっと
動かない風
それはもう風ではなく
やがて君を息つまらせる
単なる空気だ
きみが愛し
きみを愛したのは風
だからこそ
出会いはあれほどに
鮮烈でありえたのではなかったか
吹きすぎ 吹き渡っても
わたしは風
荒れる冬の海と春の荒野が
わたしをたえず
きみのもとへとおくりつづけてやまない

岩波文庫「辻征夫詩集」谷川俊太郎編

今夜は中洲で飲んだくれるよ。


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