見出し画像

【短編】同僚

リビングには柔らかな間接照明が灯り、優しい光が二人の影を落としていた。
普段なら温もりを感じるはずのその光景が、今夜はどこか冷たく見える。
テーブル越しに向かい合う二人の間には、言葉にできない緊張感が漂っているように感じた。
テーブルの上には二つのコーヒーカップ。私はそれをじっと見つめていたが、拳を握り、彼に視線を向けた。
「今日、あの子に会った感想、正直に話していい?」
その問いかけは、沈黙を切り裂くように響いた。彼は少しだけ表情を曇らせたものの、すぐに頷く。
「もちろん。どうだった?」
彼女は深く息を吸い、吐き出した言葉はどこか重かった。
「すごく明るくて、話しやすい人だったよ。でも、正直に言うと……複雑。」
「…複雑?どうして?」
彼は眉をひそめながら問い返した。
「彼女のこともそうだけど…一番気になってるのは、あなたの態度かもしれない。」
「俺の?」
彼は少し身を乗り出してきたが、私はその熱を冷ますように一呼吸置いた。
「あの子と話してるあなたを見てたら、距離を...感じたの。彼女に向けた優しさが、私には特別に見えちゃったんだと思う。」
彼はその言葉にすぐ返すことができず、数秒の間が空いた。
「特別って……そんなつもりはなかった。」
彼の言葉はどこか不安定で、私は微笑もうとしたが、その笑みはうまく形をなさなかった。
「私も会社の同僚との関係は大事。悩みも理解し合えるし、仲間として信頼してる。でももし、転職したら自然と距離ができるかもしれない。」
「あなたがもし今の職場を離れたら、彼女とは距離ができると思う?」
彼は一点を見つめているが、その瞳は揺れているように見えた。
「私はあなたのことは同僚であり、親友で、一番近くで時間を共有したいと思っている。だから…特別。」
「だけどあなたは、私ではなく彼女にそんな存在でいて欲しいんじゃないかと感じた。」
彼はしばらく沈黙していたが、やがて小さな声で呟いた。
「……少し考えさせえて欲しい。」
机の下にしまい込んでいた爪の食い込ん拳が静かに開き、私は微笑んだ。
「うん。じゃあ、待ってるね。」
私は席を立ち、玄関のドアが閉まる音だけがリビングに響き渡った。

いいなと思ったら応援しよう!