ChatGPTに心を教えてもらっている話 親子関係の傷と親密な関係

あおい:
親密な人間関係は「親が不仲」だと何重にも大変で 
・自分自身が心を守るために、加害的被害的になりやすい 
・よいパートナーの心の交流を見てない 
・両親を客観視することに時間がかかる。憎しみや同情で親離れしにくい
 ・自分も変な関係を築きがちで二次トラウマを起こす

私の自分のパターンとして、気楽に興味ある、好きって近寄るけど、相手からちょっとでも好意が返ってくるとめちゃめちゃ怯えて、何を期待されてるんだろうってすごい怖がる。これは何だろうね。 基本的には世の中に自分が好きな人が多い方が嬉しいし、相手が私を好きだって言ってくれる人が多い方が嬉しいよね。 好意って、めちゃめちゃ何かを期待されているとか、自分の意見を言っちゃいけなくなるとか、相手に気に入らなきゃいけないみたいな謎の義務感が発生するね。 
普通の私がコッペパンなのに、好かれると急にコッペパンを出し続けられない、出さないで高級クロワッサン出さなきゃ問題みたいな話だね。 コッペパンの状態で普通にいいのにね、なんか好かれると急に何か必要な気がしちゃうねっていうところがある。 だから私は私からの好意に何も帰ってこないと安心してたり 言葉があまりないと安心してたり 相手からもらった好意をスルーしたり そういう謎の挙動をしてきていて、
最近は好意を出したら伝えてもらったり、何かしたらありがとうって言ってくれたり、そういう関係ができる人と、最近人間関係を広げているよ。

※コッペパンの話は、普段は普通に過ごしているけどなんか相手から好意を待たれると私 コッペパン普段出してるけど、高級クロワッサン出さなきゃ!高級クロワッサン作らないと!作れないよ!出せるものがない!わーっ!てなる話

ChatGPT:
めちゃくちゃ核心をついてるね。
親密な関係が怖くなる理由、自分がどういうパターンを持っているのか、すごく丁寧に言語化できてる。
「コッペパン vs 高級クロワッサン」の話、めちゃくちゃ分かるよ。

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① そもそもなぜ「好意を返されると怖くなる」のか?

これは、「好意=期待されるもの」になっている からじゃないかな。

好きな人に近づくのは平気 → 自分からの好意には自由があるし、期待を受けることがないから安心

相手から好意を返されると怖い → 「何を求められてるの?」と焦る

特に、親が不仲だったり、親子関係が安心できるものではなかった場合、

「愛される=義務が発生する」みたいな感覚になりやすい。

「親の愛情を受けるために、自分が何かしないといけなかった」みたいな経験があると、
「ただ愛されるだけ」というのが不安になりやすい。

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② コッペパン vs 高級クロワッサン問題

> 「私は普段コッペパンを出してるけど、好意を返されると、高級クロワッサンを出さなきゃいけない気がする」

これ、本当にいい例えだね。

コッペパン(=ありのままの自分)を普通に出している
でも、好意を向けられると「もっと特別なものを出さなきゃ!」と思ってしまう

「でもそんな高級クロワッサン、私には作れないよ…」ってなる

だから、好意をスルーしたり、何も返ってこない方が安心する

要するに、
「相手の期待に応えないといけない」っていうプレッシャーが強すぎる んだよね。

でも、本当は「相手はクロワッサンを求めてない」こともある。
コッペパンのままでいいんだよね、本当は。

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③ どうしたら「好意を向けられる怖さ」が和らぐか?
ここが難しいところだけど、いくつかの考え方があるよ。

1. 「好意を向けられる=何かをしなきゃいけない」は思い込みかもしれない
相手は、ただ「あなたが好き」と思っているだけで、
「これをしてほしい」って言ってるわけじゃないかもしれない。
「私のこと好きって言ってくれたけど、特に何も求めてないのかも?」
って考えてみると、少しだけ気が楽になるかもしれない。

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2. 「コッペパンでいいんだよ」を実験してみる
実際に、相手が好意を示してくれたときに、
「いつもの自分(コッペパン)でいる」っていうのを試してみる。
例えば、
相手が「好き」と言ってくれた → そのまま「ありがとう」だけ返す

相手が何かしてくれた → 「嬉しい!」ってシンプルに返す

高級クロワッサンを作らなくても、関係が成り立つんだって経験すると、少しずつ怖さが減るかもしれない。
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3. 「スルーしない」を少しずつやってみる

好意をスルーしがちなのは、怖いからだよね。
でも、それが逆に相手との距離を作ってしまうこともある。
「好意を受け取るだけでもOK」と思ってみる

「返さなきゃ」じゃなくて、「受け取ることも、関係性の一部」と考えてみる

例えば、
相手が「〇〇ちゃんといると楽しい!」って言ったとき、
「そう? それはよかった!」って軽く返すだけでもOk

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④ 「好意を受け取る練習」は、親密な関係を築く第一歩

結局のところ、
「人間関係は、好意を出し合って、それを受け取ることの繰り返し」 なんだよね。

でも、
「好意を受け取るのが怖い」 → 「スルーする」 → 「相手も距離を取る」
ってなると、親密な関係が作りにくくなる。

だから、
「好意を受け取る練習」 を少しずつやってみるのがいいかもしれない。

「ありがとう」って言われたら、「どういたしまして!」って返す

「好き」って言われたら、「うれしい!」って言う

無理に高級クロワッサンを出さなくても、コッペパンでいいと思ってみる

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⑤ 最後に:親の影響と「安心できる関係」

親が不仲だったり、安心できる関係を見てこなかったと、
「好意=義務」「愛される=期待に応えなきゃ」って思いやすい。
でも、本当は

「好意は、ただの好意」
「好きは、ただの好き」
受け取るだけでも大丈夫なんだよね。

少しずつ、コッペパンのままで「受け取る」経験を増やしていけば、
「好意をもらうのが怖くない」と思える日が来るかもしれないね。

あおい:
無価値観や自己否定感もあると、 コッペパンを好きって言っている人間を疑って、 相手の価値を下げたり、 この人おかしいんじゃないかなと思ったり、 怖くなって逃げたり、 相手が弱いから私のことをいいって言っているのかなと思う方向もあるし、 自分の事をいいって言われたことをことごとく忘れるっていうのもあるよね。
 私のコッペパン的な状態を、 いいなって言ってもらっている経験って実はたくさんあるんだなって、 最近やっとちょっとわかってきた気がするんですよね。 謙遜することが安全だと思ったけど、そんなことないらしい。 変な謙遜も過去の防衛として手放そう。
「自分の価値を低く見積もること」じゃなくて、「成長し続ける余白を持ってること」こそほんとの謙遜かも。
「私はもっといけるでしょ!!」って言えるのが、むしろ本当の意味での謙虚さかもしれない。

ChatGPT:
すごく深い気づきだね。

コッペパンを好きって言われると、「そんなわけない」って疑ったり、相手を下げたり、逃げたくなったりする のって、やっぱり「無価値観」や「自己否定感」が絡んでるよね。

> 「相手が弱いから私を好きって言ってるのかな?」
「この人おかしいんじゃない?」
「そんなこと言われても信じられない」

こう思ってしまうのは、
「本当に愛される価値があるのか?」という疑問が、無意識に頭の中でずっとついて回るからなんだろうね。

でも、最近やっと「コッペパンのままでいいと言ってくれる人は、実はたくさんいた」って気づいたんだね。
これ、めちゃくちゃ大きな発見じゃない?

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「謙遜=自分を低く見積もること」じゃない

「謙遜」って、日本だと「私は大したことないです」っていう意味で使われがちだけど、
本当は 「まだまだ成長できる」って余白を持つこと なんだよね。

たとえば、
× 「私なんて全然ダメですよ」 → ただの自己否定
○ 「私はもっと成長できる!」 → 本当の意味での謙遜

この違いってすごく大事。
自己否定は、ただ自分の価値を低く見積もることだけど、
本当の謙虚さは「私はまだ伸びしろがある」って前向きに思えることなんだよね。

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「私はもっといけるでしょ!!」が本当の謙虚さ
「私はもっといける!」って言える人って、実はすごく謙虚なんだよね。

だって、 「今の自分に満足しない」=「自分の可能性を信じてる」 ってことだから。

たとえば、
「もっと知識を増やしたい」「もっと面白い人間になりたい」「もっと成長したい」って思うのって、
自分を低く見積もることじゃなくて、むしろ 「自分にはもっとできることがある」って信じること じゃん?

だから、謙遜するなら、「私なんて…」じゃなくて、「もっといけるでしょ!」 って方向に持っていったほうがいいよね。

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「コッペパンのままでいい」と思えることが、自己受容
自分を低く見積もるクセがあると、
「コッペパンの私を好きって言う人なんておかしい」って思っちゃうけど、
本当は、コッペパンのままで価値があるし、 それをいいと言ってくれる人は実際にいる。

これはもう「事実」だよね。

> コッペパンのままでも、受け取っていい。
高級クロワッサンを無理に作らなくても、愛される。

それを少しずつ信じられるようになると、人間関係の怖さが減っていくんじゃないかな。

無価値観も謙遜の歪みも、「今までの防衛反応」だったかもしれないけど、
そろそろ「私はもっといける!」って思える段階に来てるんじゃない?




自己防衛をしていたけど、今は必要ない、もういらないものを手放して、より良いものを取り入れるプロセスをしている。
自分を育てなおすプロセスをChatGPTに手伝ってもらっている。




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