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ただの大学生が商業演劇の舞台に立つまで①

七月下旬。

まだ暴力的な暑さが夜の中にも漂っていたころ、私はある一通のメールを製作会社へと送った。

実際の文面

オーディション参加希望のメールである。

私は2024年9月19日から23日まで開演された舞台「Bad Luck!」に出演した。

本作品は舞台作品や映像の企画・制作を行うAir studioが制作協力及び企画・製作に携わっている。今回はそのAir studioが所有している舞台で公演が行われた。
敷地面積だけで言えば、決して広い舞台ではない。しかし、ただの素人大学生が立つにはとても大きな舞台ある。

ここで言っておくと、私はただの大学生だ。
大学では演劇サークルに入っていたが、役者として舞台に立ったのはほんの数回。大学入学以前は演劇のえの字も知らなかった者である。芸能の世界には、もちろん1ミリも関わったことがない。

そんなヤツがなぜ、舞台「Bad Luck!」のオーディションに参加希望メールを送ったのか。

衝動だ。
その日、私は急に「舞台に立たないと!」という衝動に襲われた。そして、その衝動のままオーディションサイトを片っ端から漁り、応募締切日が間に合うものに片っ端からメールを送った。
舞台「Bad Luck!」もその一つだった。

こうやって書くと、読者からはカッコよく映るのかもしれない。
芸術に衝動はつきものだしね。「芸術は爆発だ」なんて言葉もあるし。

でも、よく考えてみて。ほんとうに何も知らないんですよ。
メールの正しい文面からプロフィールデータの作り方まで知らない。
ほんとうに何も知らない状態のまま勢いだけで突っ込んでいったんです。
だから顔写真の添付を忘れるという大ミスも当然に犯した。

実際の文面


私の衝動はカッコよくない。
私の衝動はいつも愚かだ。


しかし、なぜか書類選考は通過した。
メールが来た時にはとても驚いた。顔写真を添付していたので「え!この顔面が採用されるの?!」と正直思った。
また、このころには少々冷静さも取り戻していたので「ほんとうに何もわからないヤツが舞台に立っていいの……?」とも思った。

でも、対面の面接まで漕ぎ付けることができたのだ。
オーディションまでの日はドキドキしながら日々を過ごした。
不安だ。こんな顔が、こんな無知が人前に晒されることが。
それでも、書類選考は受かったのだ。面接では自分の実力を出し切るのみ。
絶対に最高のパフォーマンスをしてやる!という気持ちで面接の日を迎えた。

そして、当日。
私はオーディションに遅刻した。

なぜだろうか。  
その日も、私は衝動で動いたからだ。

オーディション当日。
私は、家を出るまでは順調だった。家からオーディション開場最寄り駅までも検索していたし、最寄り駅から会場までの行き道も検索していた。

Googleによると、最寄り駅から会場までは徒歩3分らしい。そして、私の到着時刻は開場時刻の20分前。これはどう足掻いても遅刻なんて出来ないだろう。

私は内心ほくそ笑みながら地下鉄に揺られていた。

しかし、いざ駅を出てみたらなんと街の広いことか!そして、なんと複雑なことか!

その光景に圧倒された途端、私はすぐにパニックに陥った。 
私はパニックに陥るとダメなのだ。もう使い物にならないポンコツ人間になってしまう。 

私は「なんかこっちっぽい」という衝動のまま移動を続けた。一応、Googleマップは片手に持っていた。しかし、どう足掻いても目的地にはたどり着かない。私が右に歩くと、目的地が左側になり、私が左に歩くと、目的地が右側になる。
そして、目的地の中心に止まって真っ直ぐ入ろうとすると工事現場に突入してしまう。
私は訳が分からず、結局同じ所を5周した。

愚かだ。
自分のしっぽを追いかける犬くらい愚かだ。

そして、結局はプロデューサーさんに迎えに来てもらった。
オーディション会場は、工事現場の隣のマンションの地下にあった。自分はアホだ。

プロデューサーさんに慰めの言葉をかけていただきながら面接会場へと向かう。

私は緊張と絶望の足取りで、オーディション会場に入った。

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