キム・ボラ『はちどり』
『はちどり』は先月から上映されていて、SNSでの評判も良かったので、早く観に行きたいと思っていたが、近くの映画館ではやっておらず、都内に出ないと行けなかった。先月から自粛モードが解禁され、おそるおそる飲み会なんかをしたけれど、都内に出かけるのはまだ気がひける。だから、近くの映画館で公開されるのをひたすら待っていた。7月17日金曜日、ようやくユナイテッド・シネマ浦和で公開が開始された。できれば、7月17日にすぐ映画館へ行きたかったけれど、残業で行くことは叶わず、7月19日の9:50の回を観に行くことになった。
前日、三池崇史の『初恋』やら、アリス・ウーの『ハーフ・オブ・イット』といった最近の話題作を観て、こんなにアタリばっかり連続で見てしまっていいのだろうかと気後れすらしてしまうくらい興奮して、夜更かししてしまう。睡眠時間が足りず、映画の上映中、寝てしまうんではないかと心配していたが、その心配は杞憂だった。映画本篇の出来はさることながら、上映前のCMでちょっと感動した。
コロナの自粛明け、映画館には何回か行っていたんだけれど、感染症対策についての映像はあったものの、映画への、映画館への愛がこのような形で語られることはなかったので、ユナイテッド・シネマ系列の従業員の愛を感じてしまった。引き続きユナイテッド・シネマへ通おうと密かに心に決める。
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舞台は、1994年の韓国。主人公は14歳のウニ(名前可愛くないですか!?)。当時の韓国の社会状況をある程度理解していた方が映画の理解が深まると思うが、親や教師がちゃんと自分のことを見てくれず、生き方を束縛されるような経験がある人はそう理解が難しい話ではない。
冒頭、マンションの9階で、ウニが自分の家のインターホンを鳴らす。しかし、誰も出てくれないし、鍵を開けてくれない。ウニは自分がイタズラをしたことに対する罰だと癇癪を起こしながらあやまる。そして、扉に書かれている部屋番号を見て、自分の家ではないことに気づき、10階へ上がる。自分の家を間違える、普通ならあまり体験しないであろう出来事が物語の冒頭に語られる意味が分かるでしょうか。
たとえば鳥には帰巣本能があって、自分の住処へ戻ることができるけれど、ウニはできなかった。自分が真に落ち着いていられる場所が家の中にはない、ということを暗に示しているのだと僕は感じた。ウニは学校でもうまく馴染めない。頭もとりたてて良い訳ではない。そんな疎外感と孤独、窮屈さを感じている少女。耳の裏のしこりはウニがこの世界に感じている違和感のメタファーだ。
この映画は照明と音が素晴らしい。序盤、彼氏と学校から帰るシーンの光が本当に美しくて、コロナ禍における自粛生活にうんざりしていた身からするとその場面を見るだけで、感動を覚えてしまう。エドワード・ヤンの影響を受けている、と聞いてなるほどと思う。1作品くらいしか見ていないけれど。画面外から誰かがウニに対して噂話をしたり、話しかける演出は作品世界の豊かさを思わせる。韓国の音楽も度々流れ、もっと知識があればどういう意味のある曲なのかわかるのに、と若干悔しい。
ウニにも彼氏がいたり、友達がいたり、ウニのことが大好きな後輩がいるけれど、心の底から理解しあえているわけではない。結構ひどい裏切られ方をする。塾のヨンジ先生の「知っている人の中で本心まで知っているのは何人?」という問いかけに、ウニはうまくこたえられない。兄から殴られたり、友達と喧嘩して傷ついたウニにヨンジ先生は優しく寄り添い、ウニの話を聞く。ヨンジ先生はウニの唯一と言っていい理解者で、おそらくヨンジ先生がいなければ、ウニはこの人生に耐えられなかっただろう。
終盤、ヨンジ先生から送られるプレゼントに込められた想いを僕は忘れられない。ヨンジ先生から愛といっても過言ではないくらい想ってくれた経験がきっとウニを前へ歩ませていくんだろうと感じた。
あんまりネタバレしたくないので、ここまでにしますが、超絶オススメの映画です。間違いなく今年のベスト級の映画でした。
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