神護寺 創建1200年記念特別展
「創建1200年特別展 神護寺 空海と真言密教のはじまり」展を見に、上野東京国立博物館へ行った。
神護寺は京都高雄にある。もとは高雄にあった高雄山寺ともう一つ神願寺というお寺に変わるものとしてあらためて神護国祚真言寺としたことから、神護寺としての歴史が始まるらしい。
展覧会の初めはそんな高雄がどんなところなのかが表現されている室町から安土桃山あたりの屏風、「観楓図屏風」から始まる。
室町風の服装の人々が紅葉の名所、高雄で秋の遊楽を楽しむ図で有名なので、他のところでも見たことがあると思う。楽しげに遊楽を楽しむ人々と美しい楓。そして、屏風の奥には神護寺の屋根が描かれている。季節は右から左奥へ進み、美しい紅葉の中で遊ぶ人々の上を飛び去っていく鳥に誘われ、左奥へ視線を移すと雪に覆われた静かな高雄を見ることができる。
集う人々の女性グループの楽しげな飲み食いの様子も華やかだで美しいが、男性グループの鼓を打ち、歌い舞うグループも楽しそうだ。私は小鼓が好きなので、鼓を打って楽しそうに笑っている人を見ると嬉しい。鼓と大鼓で何を囃しているのだろうか。どちらのグループも楽しげな顔があふれていて楽しい屏風だと思う。
屏風好きなので大満足。と早くも展示物1で思う。
遊楽の場、行楽の場としての名所高雄の後は、真言密教のはじまりの場所高雄としての弘法大師像の展示。密教宝具を持ち静かに座っている図で、顔は仏像のような描かれ方のレリーフだ。
その後有名な弘法大師の肖像や神護寺の歴史を示す資料が続く。真言密教の宝具は少なめだけれど展示がある。密教というと宝具と曼荼羅というイメージがあるけれど、その他儀式に使う屏風も色々あって、儀式が大事なんだろうなとは思っていたけれど、どんなものがあるか知らないので、こんな鮮やかな一見仏教と関係なさそうな屏風を使ったりするのか(儀式の時、貴人の席を仕切るために使用するらしい。風景画の屏風)と思いながら見る。知らないので儀式か・・・と毎回思う。
資料については説明がないとわからないけれど、肝心なところは印が近くに置かれていて、例えば「ここに神護寺とすると書いてありますよ」とかガイドがあるので、それを見て確認することができる。
屏風好き、蒔絵好きなのでやはり宝具などよりも(ごめん。密教展示なのに)、蒔絵が出てくるとウキウキする。五鈷杵、五鈷鈴だとか出てきても、「見事ですな」としか思えなくて。すみません。細工が細かく立派な道具でした。
五鈷杵、五鈷鈴はぞれぞれ、人々の迷いを電撃のように、えいっと叩くものと、仏様に「仏様〜」と呼びかけるための道具だそうです。合ってる?
絵巻は「弘法大師行状絵」題のごとく、弘法大師が行った事が描かれています。展示されていたのは六巻。有名な清滝川の橋を渡って八幡伸と向かい合ってお互いの絵を書いている嬉しそうな弘法大師のお姿が描かれています。ほんとに嬉しそう。見ていて「よかったねえ」とつい思ってしまう。尊い人や神の姿は描かないという約束を守っている絵で、八幡伸の姿はちょうど切れて見えないようになっている。(弘法大師の描いている絵もちゃんと見えないように上が描かれる前の状態になっている)
資料類も見る。座右の銘の元になった書の断簡もある。「これがあの座右の銘の銘?ってこと?」と思う。立派な字だと思って見ていたら空海筆らしい。へー。力強い立派な字だなと思う。伸びやかで力がありつつ柔らかい。
密教といえばの両界曼荼羅も展示あり。その中で空海が作成に携わった最も古い曼荼羅の胎蔵界が私の行った時は展示されていた。かなり各尊像は薄くなっているなあと思って見上げる。見上げるほど大きいのだ。修復を終えての展示だそうだ。紫が入った濃い青のように見える地に金銀泥で菩薩や明王などの姿を描いているもの。物質界を描いているけれど、とても大きいので、展示の上部の方は遠くてよく見えない。
曼荼羅を収めていた唐櫃も巨大で立派なものだ。大きくて長い唐櫃を見ると、改めて曼荼羅の大きさを感じる。横になっているので、吊るされている曼荼羅を見るのとは別の大きさを感じる。
入れ物といえば。紺紙金字一切経(一切経とは全集みたいな感じの言葉らしい)の経帙の展示がある程度まとまってあり。とても美しいもので、とても魅力的。細かい編み込みの色合わせも美しく、少しずつ模様が違う。この模様を参考に高雄曼荼羅と呼ばれる紫紺の曼荼羅の表装をしたと聞いている。
八幡伸との関連か、武家との関連を示す肖像画も展示があった。あの有名な源頼朝だとみんなが思っていた像も展示あり。もうこの顔で覚えてしまっているので、今更違う人かもと言われても困る。と思いつつ見る。
そのほか密教美術も多数。カラーの曼荼羅もあり。とても美しい。胎蔵界、金剛界で金剛界のほうがわーっと細かいのはなぜなんだろう、とこれはいつも思う。
後半は仏像展示が増える。どれも素晴らしいものばかりで流石の展示。五大虚空菩薩のそろった姿も落ち着いた中にふっくらとした姿が美しいし、薬師如来と脇に日光月光を従えたすたがも立派だ。手を合わせている人がいく人もいた立派な姿だ。気持ちわかる。
最後はお楽しみの四天王と十二神将。面白いなあ。派手でぱっと見て面白いのが四天王と十二神将だと思う。強そうで、飾りもたくさんあって、着ているものや持っているものも面白い。ポーズも動きがあって楽しいと思う。気が発されていて髪が吹き上がっている像も多い。十二神将は十二支と対応した作りになっていて、それぞれの十二支を頭の上に乗せていて、へーと思って見る。私は未年なので、未をのせた未神を応援。剣を持って強そうでよかった。
そういえば少し前に展示されていた愛染明王が素晴らしかった。繊細でいて強そう。隅々まで気配りの溢れた作りで、美しい。心に残る姿であった。また見よう。
高雄全体の昔の寺の様子を表す資料など資料展示も多く、高雄かあ行って見たいなあと思いつつ、ひとが多いところが苦手なので、有名どころはつい躊躇していかないことが多い。お寺に行かなければそれほど人がいないかなあ、山だけでもいかあなどと思いつつ、会場を後にした。
会場外のミュージアムショップコーナーの書籍コーナー前で男性二人ずれの一方が「俺は買わない!本棚が大変なことになるからな!」と言ってるのを「わかる。ほんとそうですよね。大変なことになってますよ。」と思いつつ、次の用事をこなしに日本橋へ移動したのでありました。