弛んだ包帯
8.22 16:00
1・2番線のプラットホームの待合室から、他の客達とともにぞろぞろと退室する。空調の冷気が逃げすぎない様にドアを小さく開け、それを維持したまま身体を縮めて出ていく人々の姿が、優しくて少し情けなくて、6年前にこの街に引っ越してきて良かったと思った。
JR中央線快速東京行きへ乗り込む。4号車だった。平日だからか、比較的車内は空いていたけど、なんとなくドア横の7人掛けの座席前へ立った。ふと見上げると、病気になって辞めた会社の広告が大きく掲示されていた。コーポレートカラーがビームのように両目に突き刺さる。
辞めてから、6年経った。その間に何度もこの広告を目にした。こんなのもうなんてことはない、と言い聞かせるくらいには意識して暮らしてきた。思い出せばいまだに苦しいのに、完了のラベルがしっかりと糊付されている。呪いを封じるお札のようなやり方で、自分の傷も恥も過去にした。いまだに殺したい、そういう相手がまだいること自体、恥ずかしくて仕方がない。何重にも巻いた包帯の、この下、ここに、患部がある。わかっている。広告の謳い文句を、読まずに目線でなぞる。
脳内トリップの先にはいつも、自席でただ泣いてる自分の姿があり、上司の金切り声が響いている。今の私ならこうするとか、こうやって切り抜けるとか、逃げ方も闘い方も、いくらでも思い付く。若かった、未熟だった、経験が足りなかった、努力が足りなかった、繊細だった、不器用だった。歳をとれば、そんな言葉でさっさと片付けてしまえると思ってた。それなのに、傷付いてしまった自分がいつまでも不甲斐なくて許せないまま、6年経った。
電車は乗客の感傷には無関心で、生真面目にも荻窪駅へ到着した。湿気を含んだぬるい風を思いきり吸い込む。
課長、私いま最強なんですよ。私のことを「訓練されてない犬と同じ」と言った口で、お子さんに道徳を説いているのでしょうか。今度会ったら再戦求む。
いや、やっぱいい、もとまない!
あなたのようにならないだけが、私の目標なんすよ。