過去の体験を元に漠然とした恐怖と正しく向き合う
地震などの災害と共に生きていくために
「プープー。地震です。地震です。」
本能的に怖いと感じる音と機械的な女性の声で、叩き起された。
「そこまで揺れていないな。」
枕元にあるスマホを取り、寝ぼけながら通知を確認して音を止めた。
ここ最近、地震が多い。おとといの夜も緊急地震速報があった。
地震があると、思い出す言葉がある。
「天災は忘れた頃にやってくる」
「天災は忘れた頃にやってくる(てんさいはわすれたころにやってくる)とは、自然災害はその被害を忘れたときに再び起こるものだという戒め[1]。「天災は忘れられたる頃来る[2]」、「天災は忘れた頃来る[3]」、「天災は忘れられた頃に来る[4]」などとも記述される。また、上記の「天災」の箇所は「災害」と書かれることもある[5]。科学者で随筆家の寺田寅彦の言葉とされることが多い[6]。しかし、寅彦が発表した文章の中にはこれらの言葉は見つかっていない。」Wikipedia「天災は忘れた頃にやってくる」より引用
9年前の2011年3月11日に震度6強を体験した。当時は福島県の中通り地方に住む中学1年生だった。その日は中学校の卒業式だった。昼過ぎには式が終わり、午後から友達の家で遊んでいた。自宅から友達の家に向かうとき、違和感があったことを今でも鮮明に覚えている。
「空が真っ黒だな。天気予報で雨が降るって言っていたかな‥」
この現象と地震を結びつける科学的根拠はない。
しかし今でも、天気予報を確認せずに外に出て、真っ黒な空を見た時には身構えてしまう。もし脳裏に焼き付くあの空の真っ暗さと、見た空が重なった時は覚悟して行動すると決めている。
震度6強はどのくらいなのか。
一言で表すと、柱に捉まっていないと立てない。
友達の家の2階でWiiのマリオカートで遊んでいる時に地震を感じた。
当時中学校の理科の授業で、地震を習ったばかりで、
「地震だ!初期微動(P波)が来たね!」
「これが初期微動継続時間か!主要動(S波)来るかな?」
と、のんきに話していた。(※ノンフィクション)
主要動(S波)の震度6強が来た瞬間、その場の雰囲気が変わった。
「ヤバい。ヤバい。下に降りよう。」
下に降りて窓から外を見ると、まっすぐ立っているはずの電信柱がグニャグニャと曲がっているように見えた。そしてガシャガシャと、この世の終わりのような音を立て、長時間強い揺れに襲われた。
緊急地震速報の音で、この経験がフラッシュバックすることがある。
1人暮らしの夜中に、あの聞いてしまうと本当に怖い。怖さを紛らわすためにtwitterで情報収集した。
「揺れた」「緊急地震速報の音イヤ」「起きちゃった」「皆さん大丈夫?」
様々な人の考えや気持ちを知り、共感や意見交換ができるtwitterは、時に怖さを紛らわす暇つぶしには良い。しかし首都直下、南海トラフ、○月○日に大地震が来るという予言を見ると、怖さが倍増するという悪い面がある。
この怖さに立ち向かうためには、情報という武器で備えるしかない。
まず根拠のない予言は信じない。地震関連のフェイクニュースと疑われる記事や投稿をむやみに拡散しない。正しい情報は何かを様々な情報と照らし合わせて自分で判断することが、命を守ることになる。
命を守るために、①今住んでいる地域の防災マップを見直す。②災害時に活躍する道具を調べる。③必要な道具や食品を少しずつ揃える。
過剰に恐れることは、多方面に悪影響を及ぼす可能性がある。正しく恐れて冷静に行動する事が大切だと信じている。