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舞台『母と暮せば』のこと

【長い前置き】
4年前の春夏ごろ。松下洸平さんのお芝居がとにかく観たくて、過去作品をそのとき映像で観られるだけたぶん全て観た。舞台ドラマ映画、素晴らしい数々の作品の中で、私の心に最も強く残ったのが、舞台『母と暮せば』(2018)だった。
初めて観たその日からしばらくのあいだ、毎日欠かさず『母と暮せば』を観て日々を生きた。伸子さんと浩ちゃんに会いたかった。早朝の薄暗い静かなリビングで、ひっそりひとり毎日泣いた。
演劇というリアル、(映像ではあるけど)今そこでその瞬間に生きている嘘のない感情が、直接胸に刺さって仕方なかった。
戦争、原爆、後遺症と偏見、戦後の食糧事情、長崎という土地、その歴史、、知識として知っているつもりになっていただけの無知な自分の浅はかさ、想像力の乏しさ、無力さに打ちのめされながら、そこに確かに灯るあたたかな「生」の光に包まれる。歴史のひとつひとつには一人一人のひとが確かに生きた感情や記憶があったのだということを体感して、ああ松下洸平さんはこういうことを多くのひとに伝え生きてきた俳優さんなんだ……と、また深く心惹かれた瞬間でもあった。いつか、この『母と暮せば』を観劇できたら、、とそっと願っていた。
2021年にあった再演は、手にできたチケットをいろいろあって泣く泣く手離してしまったのだけれど……再再演の2024年、念願だった観劇がついに叶った。
【長い前置き終わり】

蝋燭の炎が揺らめく幕の向こう側、母さんの伸子さんの姿がうっすら見え、ああ生きてる、生活がある、と思った瞬間からもう終始泣きながら観ていた。息子の写真に語りかける母の明るい口調、浩二がいなくなってからもそうやって自らを支え生きてきたんだ…と感じられて、そんな母さんが愛おしくてかなしくて。
そこにそっと現れる浩二。その神々しい儚さ、この世のものではない存在感に息をのんだ。

浩二は何度も母さんに、助産婦の仕事のことを聞きたがる。そこには触れられたくなさそうな様子の伸子さんがそれでも、話し始めると生き生きしていくのがとても印象的だった。
それは今回の観劇で、初めて感じたこと。
助産婦という仕事に誇りを持ち、ひとに寄り添い、命がうまれる奇跡を見つめてきた、その記憶は伸子さんの中に今も確かに鮮明に煌めいて刻まれている。曇りなく穢れなくその血は身体中に流れ続けている。心の真ん中にある、誰にも侵せない聖域みたいなところ。生きていく拠り所になるような。神様だけは見ていてくれる守ってくれる、神聖な部分というか……
その穢れなき美しさを思い出させて取り戻させるために浩二は現れた、生きてる人間ではなくなったどこか神聖な存在になった浩二だからこそできること…なのかなと……(上手く言えないですが)

おむすびとお味噌汁の場面も。
今はそこになくても、食べられなくても、心に身体に刻まれた煌めく記憶は決して消えない、誰にもなににも奪うことはできない。
続くはずだった未来が奪われた痛みや怒りややりきれなさと同じくらい、それ以上に、決して奪われることのない過去の記憶の持つ力の大きさ光の強さを感じた。浦上の家の娘として生まれ、助産婦として生き、浩二と共に過ごした時間、すべてが、伸子さんがこの先を生きていく灯火になるんだな…と…。
それと同時に、過去の傷も決して消えることはない。
浩二が苦しんだ熱さも、見た光景も、変わってしまった世界も、被爆したという事実、偏見もなくならない。それでも生きていくための、「気休め」の優しい強さ。
戦争が奪ったもの、二度と戻らないもの、消えない傷の痛みを凄絶に鮮烈に目を背けず描きながら、その闇ごとそっと柔らかな光で包む。向き合うことをやめず、信じて届け続ける、こまつ座の舞台の根底に流れるものと、洸平さんの真ん中にあるものの重なりも感じ、こうしてそれを受け取ることができたありがたさに心から感謝する時間でした。

今まではこうした題材にふれるたび、忘れちゃいけないと思うたび、責められているような、無力さを突き付けられているような気持ちになっていた。平和と思い込んで安心しきって甘えている…私に何ができる…何もできない…どうしたらいい……と思いながら泣くしかなかった。
今回の観劇で、初めてその先が明確に明るく見えた気がした。私にできることは、これからを生きる子らの心を煌めく記憶でいっぱいにすること、何があっても生きていける心強さになるような記憶を心の根っこに刻み続けていくこと、共に過ごす今のこの日々が未来への光になると信じて生きていくこと、だとしみじみ思った。そして、過去にあったことや今起きていることを正しく知って、それを心のどこかに持っていれば、何かを選ぶとき決断するとき行動するとききっと、自分のことだけではなくもう少しだけ広く、想像して心を寄せるものの見方ができるのではないかな…と…子らにはそうあって欲しいし、私もそうありたいし、そのための今を大切に生きなければと心の底から沸き上がるように思いました。

忘れられない夏になった、この夏を忘れないように、そっと記録として。
ひとりごとみたいなとりとめない駄文を読んでくださった方、ありがとうございました。

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