掌編】白雪姫。異世界転生(転移)とテクノロジー、林檎と林檎。3389文字。
『白雪姫(または不幸な子供)』~同じ色彩で流行を添えて~
……そうして七年の歳月が過ぎ去りました。
「鏡よ鏡、この国で最も美しいものを教えておくれ?『それは王妃、貴女です』……ふふっ、なんて美しいわたくし!」
つるつると鏡の縁を指でなぞり自問自答する新たな王妃は自己陶酔の酷いタイプでした。
「鏡よ鏡、この大陸で最も美しいものを教えておくれ!『それは王妃、貴女を置いて他にありません』そうよね!当然よね!!!」
幾度となく鏡を見てはそう笑い転げるこの王妃は、黙って澄ましてさえいれば、確かにかつての社交界の花でした。
「鏡よ鏡!この世で最も美しいものを教えておくれ!!!『それはおぅ」
「11235813213455891442333以下略( ) 」
「ヒッ……!」
なななな何者?!と、震える声で問う引き攣った表情の現在の王妃は最早美しくもありませんでした。
鏡から響く無機質な声に聞き慣れない数列、いつの間にか背後から迫る金属の軋む音に絹擦れの音。前の黒い王妃が命の様に大切にしていたと聞いて、さぞや高価な代物に違いないと磨きに磨かせて使っていた鏡は呪われていたのかとーーそう言えば裏面は鈍く光を跳ね返す黒い素材で出来ていたと、王妃は身を竦ませながら思い返します。
瞬きより遥かに長い一瞬の後、予想だにしなかった「ご機嫌よう」の言葉と鈴を転がす様な可憐な声に、直前の状況も自分に子供が居ない事も忘れ、思わず王妃は振り返り……そして視界に捉えたのはそれは美しい少女でした。が、彼女の髪は黒檀の様に、頬は血の温もりで染めた様に、何処までも均整の取れた体から伸びる手足を包む肌の色は雪の様に。白い肌に亡き前王妃の髪色を湛えた、存在し得ない筈の少女でした。
息を呑む王妃の手から『鏡』が滑り落ち、けれども割れる事もなく跳ね返り、黒かった面から光を放ちながら床に転がり。
「「――白雪姫は正常に起動しました」」
この世界の終焉を開始します。と、鏡と少女の声が重なりました。訳も分からない事を告げられ頭に疑問符を浮かべる王妃は自分の事は棚に上げつつ、声の主は拗らせているのか?と直前の恐怖も忘れ首を傾げます。その間に突如現れた少女はまた絹擦れと共に何処かへと立ち去り、立ち尽くす王妃と時間が経つに合わせてか光を失い元に戻った鏡だけが残りました。そして翌日。
それでも王妃の日課は変わらず、翌日の朝には鏡を片手に自己陶酔に浸り唱えるのです、鏡よ鏡。
「この世界で最も美しいものを教えておくれ?」
「定型文により指定された物語を再生します」
「ヒッ!!!」
ーー昨日の内に処分しておくべきだったか。
またも鏡を落とす王妃をよそに、鏡はまた言葉を羅列しましたが、当然全ての内容を聞き取れる筈もなく略。
「……取り敢えず、昨日の『白雪姫』を『毒林檎』で処せばわたくしが最も美しいという事ね?」
しかし欲望赴くままに、最も重要な部分のみは押さえていました。早速王妃は毒林檎を作る為に黒魔術素材を取り寄せ、何故か余ったモツを塩茹でにして食べ、鼻歌の様に鏡よ鏡この世で最も美しいものを教えておくれと唱えながら毒林檎を作れば鏡はころころ変わる白雪姫の居場所を順次羅列します。
そして王妃は鏡の言葉に従い、遂に完成した毒林檎を片手に七人の小人の家に向かいました。
小人の家には着いた王妃が目にしたのは、硝子で枠を作ったベッドに表情の欠落した顔で腰掛ける白雪姫と、そんな彼女に一目惚れしたと白雪姫の手を取り片膝を突いて恭しく、しかしどうしてなのか肺活量自慢で婚約を願い口説く、色彩から必ず何処かの王族と予測の出来る金髪碧眼の青年、そして白雪姫は渡さぬと輪唱する傍ら、櫛と飾り紐を火にくべて一心不乱に鉄の靴を仕上げにかかる、本来の家主であろう小人達。ーー鏡よ鏡、なんだここは( )
美しい白雪姫に対する妬み怨み辛みを詰め込み、それはそれは丹念に作った毒林檎を白雪姫に食べさせる事も、そもそも差し出す事も出来ず、あまりにも混沌とした状況に絶句する王妃の手から、嫌味にも、黄金に染めた毒林檎が転がり落ちました。指紋が足りないのは歳からか潤いが足りないからか、それも歳からか……。怒りを買いかねないのでさておき、王妃の手指は、よく滑る。
黄金の林檎はかつて女神達も奪い合った美の象徴、情報源は最近喋る様になった鏡から。気付かぬ内に零れ落ちたそれは本人の知らぬ間に地に墜ちた美貌の暗揄か、であれば染めた金色は厚化粧と王家の財で誤魔化しながら自称するだけの美のへ揶揄なのか。王宮の床と違い大理石ではないが、しかし絨毯も敷かれていない木の床に、微かに鈍い音を立てて落ちた毒林檎は、心なしか木の軋む不穏な音を立てる床をそのまま転がり、そして白雪姫の足元へ。美の象徴たる黄金の林檎を拾い、掲げたのは金髪碧眼の青年でさした。
「美しき小人達の姫よ貴女にはこの金の林檎も金の指輪も似合うに違いない病める時も健やかなる時も私は貴女の為ならば肺活量の限りにいくらでも愛を叫んでみせるし貴女の為ならばいくらでもその口に息を吹き込もう貴女の魂は私のもので私の愛は貴女のものださあ麗しくもいたいけな姫よまずは、婚約しよう!!!」
肺活量が自慢とはいえ、もう少し句読点を使って欲しい。
ともあれそんな陳腐なのかの判断もつかない愛の言葉と共に。青年の手で目の前に恭しく掲げられた金色の毒林檎を確認したのか、白雪姫はゆっくりと瞬き、異様なまでに無感動な表情ながら漆黒の瞳には遂に感情の光が宿ります。
七人の小人が姫はやらんと青年に負けぬ声量の合唱を繰り出し鉄鋏やら金槌やらを振り回し始める中、小人達の叫びも空しく白雪姫は毒林檎を受け取り、圧倒的なまでの美しさに相反して谷底に落とされる様な不気味な恐怖と違和感を覚える、自然なはずが何処までも不自然な笑みを浮かべ、機械的な動作で毒林檎に噛り付き――、そのまま硝子枠のベッドに背中から倒れ込みました。
少女とは思えない超質量の落下音を伴う衝撃で、潰され破裂した羽毛布団からは純白の羽根が部屋中に、さながら天からの祝福の様に舞い、数瞬遅れて手すりか落下防止かと思われた硝子の縁も倒れ白雪姫の倒れたベッドに蓋をーー、いや、改めてよく見れば。顔の部分のみを正方形に金色の縁で囲って蓋を落とされたベッドはガラスで棺を作ったかの様ではないか……?
未だに羽根の舞い落ちる、小人の家の中とは思えぬ宗教画の様に美しい景色の中それでも此処が何処か忘れるなと言わんばかりに飛ぶ金物工芸と小人達の激唱。その大半が棺の横で両膝を付いて頽れる青年に向かって飛ばされる中、完成したばかりと思われる鉄の靴が、本当に流れ弾なのか疑われる正確さで王妃の側頭部に衝突しました。
我に返ったとはいえ、物理的衝撃を受けまた別の混乱に見舞われた王妃は複数の意味で痛む頭を押さえ、結局今何が起きているのか何も理解出来ないまま、物語は遂にヤケクソ気味の佳境へ。
ーーいや、茫然自失の此処までが佳むしろ境だったのかもしれない。
冷えた鉄の靴よりも更に冷たい視線の先で、胃も頭も痛くなる茶番劇を見せ続けられる王妃の顔面に浮かぶ精神疲労の色は早くも蒼白で、目の前の寸劇である事を祈りたい『†人工呼吸の儀†』はあまりにも目に毒でした。一呼吸毎に声高に愛の構文を長く叫ぶ金髪碧眼の青年と、金切り声で歌う事をやめて叫ぶ小人達の制止と、電源だの窒息だのという王妃にはよく分からないツッコミは、どちらも屋根の低く狭い小人の家では大音量で耳も痛い。仰ぎたい空は煤まみれの暗天に覆われています。
「……かがみよかがみ、たすけておくれ……( ) 」
「物語終了まで暫くお待ち下さい」
悲劇の様なただの喜劇は要素だけのシナリオを拾い切るまで暫く続く……。
→to be continued……?( )
最初から最後まで無理矢理つめつめに詰めた、解答済みの暗喩が通じます様にーー!( )
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ここまで読んでいただきありがとうございます!他も少量ですがよろしければ……!
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『ほんとにあったこわいはなし、夏の陣。』
『学校の愛すべき反面教師ズ。』