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乗り物いろいろ

 十年乗っていた軽自動車を手放しておよそ一ヶ月が経つ。車が引き取られたとき、五万円を受け取るや否や自分の部屋に戻ってしまったけれど、積まれるところまできちんと見送れば良かったと、今になり後悔している。
 元々車はそれほど好きではなかった。運転も苦手だった。自分の車を愛車とは呼べず、手入れも行き届いているとは言えなかった。だからまさかこんな喪失感を味わうことになろうとは想定していなかった。
 不便さも思い知った。求職活動をしていると、マイカーがないことのデメリットが大きすぎることに気づかされる。これは都会に住まない自分にも非があるのかもしれない。ハローワークの職員さんに車を持っていない旨を伝えると、必ず「正気か?」というような反応が返ってくるのだ。その度に、自分がとんでもない弱者になったような気分に陥る。絶対にそんなことはないはずなのに。
 乗り物があると便利なのだろうなと思い、自転車を買った。次の引っ越しも見据え、迷いに迷った末に折り畳みのママチャリを選んだ。およそ十年振りに乗ることになるため、果たしてきちんと乗れるだろうかと不安だっただけれど、ペダルを踏んだらきちんと進んだ。徒歩よりも足が疲れない上、目線が高く、目的地に速く着く。それがとても嬉しかった。
 普段自転車に乗るときはせいぜい十分くらいしか走らないのだが、この間、初めて四十分走った。交通量を鑑み、朝の七時前に家を出ると、吹き付ける風に耳がひどく痛んだ。寒さで耳が痛むという経験はいつ振りだっただろう。下手すると、中学生の頃のマラソン大会にまで遡るかもしれない。それくらい久しぶりだった。それもまた楽しく思えた。
 マイカーを手放したことで自ずと電車やバスに乗る機会も増えた。電車はともかくバスはまだ難しい。停留所や行き先、時間を調べても尚、油断はできない。自分の降りるべきところでボタンを押さなければならないため、終始緊張し続ける必要がある。
 この先何が起こるか分からないので、車の運転を忘れないようにと、時には車にも乗るようにしている。カーシェアサービスを使い、カフェやちょっとした買い物に行く。たまに乗るからなのか、様々な車種を試せるからなのか、運転を楽しく感じる。そんな風に思える日が来るなんて思わなかった。そう感動すると同時に、安全に運転しよう、と気を引き締める。