『My ”rinachan-board” is in ENGLISH』(虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会:天王寺璃奈✕ミア・テイラー)
「なに見てるの」
「うわぁ!」
しまった油断した。璃奈はいつも急に現れるから苦手だよ。
僕は左耳のイヤホンを外すと声の方向へと振り向いた。
僕はいつもの場所――つまり璃奈や愛たちにしてみれば猫のはんぺんが出没する付近――のベンチにひっそり腰をかけて休んでいた。
もっともお目当てははんぺんで、学食でハンバーガーを食べてご機嫌になった僕ははんぺんと遊べれば万々歳と思っていたけどそう、うまく行くものでもなく。
なのでそういう時は自分の曲を聞いている。
嵐珠に向けて描いたつもりの、――だけど僕の中にあった僕の本音(歌)。
感傷にふけっているわけでもないけれど、ファーストライブで彼女たちと歌えたのは間違いなく嵐珠や栞子たち、そして。
僕は神出鬼没な紫髪の璃奈を見上げる。
「ごめん。驚いた?」
「そりゃびっくりするさ。まったく同好会(きみたち)はそういうところがあるよね」
「嫌、だった?」
「別にそんなこと言ってないだろ」
だけど璃奈は本当に僕を気遣うように視線を外さずに、僕の表情を常に気遣いながら、そうしてベンチに腰掛ける。50センチぐらいの距離をおいて座り、スカートを整えてからまた数センチだけ距離を取る。
僕の左となりに僕より少しだけ無表情な彼女が座る。
「それ、よく見てるの」
「まあね」
『stars we chase』
僕がずっとずっと胸の内に押さえつけていた感情。
やっと言葉にして、音にのせて、歌にして届けることが出来た。
嵐珠のために込めた希望は、最初からあった――でも僕たちが見ようとしなかった彼女たちを巡って僕のもとに戻ってきて。
「璃奈にはもう一度ありがとうって言わないといけないね」
「どうしたの」
璃奈は本当に少しだけ目を見開いて、声に少しだけ驚きの色を乗せると問い返してくる。
「僕たちの、少なくても僕の心が軽くなって歌えるようになったのは璃奈が手を引っ張ってくれて背中を押してくれたからだよ。ありがとう」
「そんなことない」
そういう璃奈の目は遠慮や謙遜の色なんかなく、むしろもっと目に力が入る。
まるで「もっと自分に自信を持って」と言わんばかりにだ。
参ってしまう。
「でも僕は、僕の存在を証明するために躍起になって、嵐珠の気持ちも考えないで、みんなを心配させるぐらいに曲作りに没頭して。それで出来上がったのが嵐珠や君たちへの感謝の歌だった。笑えないじゃないか。こんな事にも気づけないで人様に『最高の歌を作ってやる』なんて豪語して。自分の一番大切な気持ちにすら気づけ無いのに他人の曲ばかり作ってたんだ。……ほんと笑えないよ……」
僕は深い溜息をついて、スマホに視線を落とす。
こんな笑顔で歌えのはみんなのおかげなのに。
「ごめんね璃奈。こんな話を聞きたくて来たんじゃないだろうに」
「いい。私も最初は自分に自信がなくて、ライブなんて無理って思って。けど愛さんが引っ張ってくれた。それでちょっとずつ出来るようになった。クラスのみんなも応援してくれるし」
そう言って璃奈はスケッチブックを顔の前に掲げる。
璃奈の顔は見えないのに、スケッチブックに描かれている表情以上に璃奈の楽しさが伝わってくる。
「I see……」
「どうしたの?」
「君たちはそうやって強くなったんだね。ソロで9人バラバラに歌っているよう見えて。……どうりで嵐珠も届かないなんて言うはずだよ」
「うん。私は愛さんにすっごくお世話になった。だからミアちゃんの時は私の番だって思った。愛さんからもらった勇気、今度はミアちゃんにって……あ、ごめんなさい」
そう言うと璃奈はまたボードを顔の前に掲げてシュンとなる。
「そんなに気にしないでよ。事実、璃奈たちがいなかったら今の僕は無いよ。って言っても嵐珠を返したくなくて必死にもがいていただけだったんだけどね」
「でもそのおかげでこの曲が出来たんでしょ」
「まあね」
「じゃあ全部良かったんだよ。嵐珠さんに今まで曲を作ってきたことも、ミアちゃんがずっと夢を諦めなかったことも」
『stars we chase』
見れば見るほど、以前の僕の目が節穴だと思わされる曲だ。
届くはずの気持ちを押し殺して、嵐珠で代わりに満足して。
そんな僕が作ったそんな曲を、
「私、この歌好きだよ。ミアちゃんの気持ちも嵐珠さんへの気持ちもすっごく伝わってくるから」
「Where this light shines so bright, you showed(光が刺す場所を君が教えてくれたんだ)」
「え、なに? わかんないよ」
「なんでもないよ」
僕はまだ素直に話せないみたいだ。
君が璃奈ちゃんボードなら僕は英語を使うよ。
僕は立ち上がって走り出すと、
「あ、まって」
と彼女もまたすたすたと小走りに追ってくる。
「こら、追ってくるなよ」