エピローグ『少女の物語の開幕〜勇者の幼馴染は小説家になりたい〜』
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ここは魔法王国ガテルミシアのシッツォ村。
いつもはのんびりとした時間が流れる村だったが、今日だけは違った。
王国からの使者が訪れていたからである。
「ねえ、何?どうしたの?」
ざわめきが溢れる村の広場にて、茶髪の少女は不安そうに隣の金髪の少年に話しかける。
どうやらその少女は村に起こった非日常にようやく気づき、来たばかりのようである。
泥まみれではあるものの、整った顔立ちの少年は目を爛々と輝かせて、少女に告げる。
「この村に勇者がいるらしいんだ!その人を探しに来たんだって!」
「誰が勇者か分かったの?」
「いや、まだ分からない。今広場の真ん中に丸い透明な玉があるでしょ、勇者がそれに触れるとめちゃくちゃ光るらしいんだ!」
「ゼドはもうさわった?」
「今兄貴たちだから、僕は次の次の次だ!」
“ゼド”と呼ばれた少年は期待を隠しきれない眼差しで、広場の中央を眺めている。
「それでね、預言が“20歳未満の勇敢な男児”なんだよ!」
僕でもなれるかなあ、と続けようとしたゼドの言葉は少女に遮られた。
「20歳未満の勇敢な男児?ゼドのお兄さんたちとか、ジャックとか…それと」
「そ、そうだよね。……僕には無理だよね」
少女の発言を最後まで聞かず、会話を断ち切ってゼドは顔を伏せた。心配そうに首を傾げた少女の顔を見ることが出来ない。
自他ともに認める“優しいが弱虫で臆病”なゼドは、勇者になれないのだろうか。なれないのだろう。
「僕は…勇者には、選ばれそうにないなあ」
隣にいる少女に聞こえないように、ぽつりと呟いて、広場への中央へと向かおうと歩き出した。
が、服の袖を掴んで少女が引き止める。
「それと、ゼド。」
ゼドが終わらせた会話の、続けるはずだった言葉を少女は真っ直ぐにゼドへと向けた。
「勇敢な人はいっぱいいるけど、勇者になるのはゼドがいい。勇敢かどうかなんて、最後にそうなってればいいよ」
「え?……いや、僕には無理だよ」
「勇者に相応しいのは、いつも守ってくれるのはゼドだよ。わたしはゼドが勇者になって欲しい」
いつもぼんやりと眠そうな目をしている少女が、力強く言い切った。
ゼドは目を閉じて考える。
幼馴染にそうやって信頼されて、言葉を掛けられて、今から勇者たりえるのか確かめに行くのなんて。
まるで、物語の主人公のようだ。
ゼドは目を開ける。
その瞳には光が宿っていた。
♢
金髪な少年が広場の中央へと歩いてきた時。
それまでその少年のことを、勇者になれると確信を持っていたのは一人だけだったにも関わらず。
その場にいた全員が、ぞわりと鳥肌が立って動けなくなる。
体の底から湧き出す震えは、自分たちが勇者誕生という出来事の当事者であること、その少年こそが勇者であると理解したからであった。
うるさいほどの静寂が辺りに響き渡る。
誰もが固唾を飲んで見守っていた。鳥も牛も今だけは静寂を破らない。
少年が手を水晶へと伸ばす。
光っていた。
眩い明かりが広場を覆い尽くす。きらきらと舞い落ちる光の粉は清らかで、膝を着いて祈りを捧げる者もちらほらといる。
「僕が────勇者だ!!」
少年の叫びの後、一泊遅れて大歓声が周りを埋めつくした。
♢
「勇者ゼド様。わたしは、勇者パーティのヒーラー、聖女フローラです。これからよろしくお願いしますね」
「よ、よろしく…!」
「……俺は、ルイ。タンクだ。…よろしく」
「よろしくね…!」
「私は魔法使い、アルファ。足引っ張ったら許さないからね!」
「は、はい…!」
村人たちが盛大に勇者誕生をお祝いしようと祭りの準備を進めているのを背景に、ゼドは勇者一行となる3人と引き合わされた。
「ゼド様、わたしたちは勇者一行としてこれから魔王を討ちに旅へと出ます。わたしたちは一蓮托生、信じて頼ってくださいね」
「はい!」
「……タンクとして、必ずや………みんなを守る。頼れ」
「あ、ありがとう…!」
「私は魔法使いだから後方支援と遠距離攻撃が得意よ。ゼド、あんたは勇者に選ばれたばっかりでろくに戦えないでしょうから……まあ?使い物になるまでは助けてあげるわ」
「うん…!ありがとう」
会話が弾んできたところで、祭りの準備が出来たらしく、ゼドたちは中央へと引っ張り出される。
何か一言頼むぜ!と兄貴たちに背中を叩かれ、ゼドは大きく息を吸った。
「僕は!!必ず、魔王を倒して、ここに帰ります!!みんなを守ります!!!」
大歓声が、村全体を覆う。
酒が飛び交い、踊り、豪華な食事が振る舞われ、夜通し勇者誕生を祝う祭りが行われた。
この後何百年も続く、世界を救った勇者誕生の祭り。それは、ちっぽけな村で始まったのだ。
♢
「ゼド、行ってらっしゃい」「ゼド、お前なら出来る。信じているぞ」
両親は泣きながら勇者となった息子を送り出した。
「お前は弱虫で泣き虫だけど、人のために勇気が出せるやつだ。頑張れよ!」「あの時は俺が勇者になるかもと思ってたけどな。今となっては勇者はゼド以外ありえねぇな。何もかも救ってこい、ゼド!」
憧れを抱いている兄貴たちに激励され、ゼドは前を向く。
「頑張れ!」「負けるなよ」「ゼドならできる」「この村から勇者誕生なんて誇らしいわ」「頑張るんじゃよ」「ゼド!」「勝ってこい」「生きて帰ってね」「死ぬなよ」「頑張って」
村の人々に、もみくちゃにされながら応援されゼドは村へと別れを告げた。
「ゼドの優しさは強い力だよ。ゼドはいつだってわたしを助けてくれたね。今までありがとう。信じてる。体に気をつけて」
幼なじみの少女は、ゼドが村の外へと踏み出す勇気をくれた。
「ゼド様、行きましょう」
「……よろしくたのむ」
「絶対勝って帰るのよ!ゼド!」
住み慣れた村を離れて、数歩歩いたところでゼドの目から涙が溢れ出す。
思わず振り返り、手を振っている村の人々へと手を振り返した。
「僕、頑張ってくる───!!!」
勇者はそう言って旅立って行った。
───この物語は、勇者の旅立ちから始まる。
けれどこれは勇者の物語では無い。
旅立っていく勇者の背中を眺めている、少女───勇者の幼なじみの物語である。