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【全文無料公開中】超個人的「中国音楽ラフガイド」

はじめに(正直、幅が広過ぎて困ってますw)

都内で「中国音楽の小学校」をコンセプトに「創樂社(そうがくしゃ)」という名前の中国音楽教室を主宰して、二胡などのレッスンをしている安西創(あんざいはじめ)と申します。

皆さんは「中国音楽」というとどんな音、どんな光景を思い浮かべますか?そもそもイメージが全くない人も多いでしょう。ある人は来日した京劇団の芝居進行に欠かせない銅鑼や太鼓など打楽器が鳴り響き、京胡がメロディを奏でる伴奏楽隊の煌びやかでエキゾチックな音がイメージかもしれません。はたまたグルメ番組や旅番組のBGMで流れている器楽音楽(広東音楽江南絲竹樂というジャンルが流れて来る事が多い気がします)がピンと来る人は美味しそうなお料理や街並みなんかが浮かぶかも知れないし、もしかしたら戦前戦後に日本でも一時代を誇った中華歌謡を思い出す人があるかもしれないですね。「何日君再来」「夜来香」なんかのアレです。そういう方々は、それを歌っていた往年のスターの姿や、その曲にまつわる思い出が呼び起こされるかもしれません。そうそう。高峰三枝子さんのヒット曲、「南の花嫁さん」「彩雲追月」と言う広東音楽の名曲からメロディを採った作品です。最近では中国のテレビドラマを観ている時に流れている音楽を聴いて「自分でもやってみたくなった」という生徒さんもいました(今回省きますが、当たり前ながら日本と同様に流行歌曲はもちろんの事、作曲家がその創造力を遺憾無く発揮する器楽曲の新作もどんどん制作されています。私は主に伝統曲が好きなので、今回の話題も自分の分かる、好きな範囲だけでいたしますから、ぜひトレンドを追いかけたい方は他もチェックしてみてください)尚、私が以前コラムを書いたジャンルや楽器について出てきた時には用語にリンクを貼っておきましたので、併せてご参照ください。

【この記事は全文を公開していますが、役に立ったり面白かったら、音楽活動サポートの投げ銭をどうぞよろしくお願いします!また、新規生徒さん随時募集中です。ホームページからお問い合わせください】

さてさて、そういえば特定の音楽が思い浮かばなくても「永谷園の麻婆春雨」のCMジングルでお馴染みの「チャカチャカチャンチャンチャンチャンチャーン(銅鑼・ボワーン!)」的な欧米人がイメージするアジアに乗っかったような、実在しない「なんとなくチャイナ」を思い浮かべる人がいるかもしれません(余談ですが、私がヨーロッパで経験したのは、とあるコンサートで「日本からはぢめが来てくれました!」と盛大にアナウンスして紹介してくれた後、生演奏で例のチャカチャカチャンチャンが鳴り響いた事があります。彼の地ではざっくり「アジア」はアレですね。考えたら日本人でアイルランド音楽とスコットランド音楽だったり、スロベニアとクロアチアの音楽をちゃんと分けて考えられる人が少ない事を思えば、多少ずっこけますけど目くじらを立てるほどの事はないと思っています。ただ、逆の立場になった時に、例えば外部からは見分けにくいウクライナとロシアの曲を取り違えるような愚を避ける為にも、私個人はしっかりお勉強したい物だと思っています。2023年11月現在露烏交戦中)

さて「中国音楽」とそれほど親しい接点を持たずに暮らしている人が思い付くのはこのくらいでしょうか。実際にこの世界をちょっと覗いてみただけでも、ひと言で括ってしまう事は到底不可能な新旧・東西・様式・民族も異なる音楽を数多く包括している事が分かります。成立した時代の事も考えなきゃいけませんし、広い国なので同じ漢民族の音楽でも地域によっても色々と違って面白いです。更に固有の言葉や習俗を持った少数民族もそれぞれの様式美を保った音楽を持っています。そして、それらのメロディに着想を得て作られた現代作品もたくさんあり盛んに演奏されています。こうして少し考えてみるだけで、「中国音楽」と聞いたら何を指すのか定義するところから始めなければならない事がお分かりになると思います。

多層的な中国音楽ではありますが、今回は…

・漢民族の音楽
・器楽演奏(但し、各楽器のソロ演奏分野は他の機会に譲る事にします)
・ジャンルとして成立している伝統音楽(歌謡曲や現代曲などは取り上げない)

を条件に選んでみました。けれども他のジャンルに全く触れないのも不自然なので後半に戯曲や曲芸(後述)も項目を立ててあります。こちらで紹介した「中国音楽」の用語や動画投稿サイトのサンプルをきっかけに、色々と検索してご自分の好みを探って行く手掛かりにしてもらえたら幸いです。では覗いてみましょう!

「弦」「管」の合奏音楽「絲竹楽」

各楽器が独奏するスタイルが一般に認知されている事が多いのですが、新中国の成立以前は古琴や琵琶など一部の楽器を除いてソロで演奏するスタイルが今ほど明確に確立されておらず、芝居の伴奏音楽や各地各種のアンサンブル音楽の一員として楽器の特性に合わせた役割を発揮する存在でした。例えば二胡の独奏が花開くのは、20世紀初頭に劉天華の作品が出現するまで待たねばなりませんでしたが、それ以前から似た構造の楽器は各地で盛んに用いられておりました。そんな環境を考えた時、各楽器の発達や演奏法の確立の「ゆりかご」になったという意味でも重要な合奏音楽を素通りできないのはそういう訳です。中国音楽ガイドと銘打っている場合、各種楽器の説明と独奏の解説が始めにあって、その後にまるでオマケのように合奏音楽が紹介されるのが常なので、今回は合奏を冒頭に紹介する事にします。

「江南絲竹楽」

さて、かくいう私が若い頃から触れて来たのは主に「江南絲竹樂(音読み・こうなんしちくがくJiangnan sizhu yue)」という上海、浙江省江蘇省一帯の揚子江下流域で行われる器楽音楽です。ゆったりとした長江の流れのように流麗優美な音楽で、中国の中でもあまり数多くはない純粋な器楽合奏です。その流麗さは二胡が途切れなくたっぷりと大きく弓を使って演奏したり、笛子(竹の横笛)もタンギングをあまり使わずに滑らかな演奏する事から生まれます。今でこそ無形文化遺産の指定を受けてステージにも乗せられているものの、いわゆる民間音楽で葬祭などの場でも演奏されるという「暮らしに近い」という意味では「俗」な音楽です。とはいえ、打楽器の比重が低いせいもあり、どちらかと言えば「文雅」な響きがする美しい音楽です(派手好みの方にはちょっと地味過ぎるかもしれません。「通好み」という方がしっくり来るかもしれないです)弾くにせよ、聴くにせよ、私はこの流れるように優美な旋律の江南絲竹が大好きです。

因みに、私が世話人をしている江南絲竹の楽団「進韻會」では随時新しい仲間を募集していますので、ご見学などできますからお気軽にお問い合わせください。お待ちしております!

本来は1楽器1人が編成の原則なので、二胡以外の楽器を少しでも触れるようになって欲しいと思って少しずつ親しんでもらっています

「廣東音樂」

成立が比較的新しい物で、江南絲竹とも影響し合って「兄弟音楽」とも言えるのが「廣東音樂(かんとんおんがく・Guangdong yinyue)」です。名前の通り香港や廣東省広州一帯で生まれ発展して来た合奏音楽ですが、聴いて行けば江南絲竹よりも柔軟に様々な音楽的な試みを手掛けている印象を強く持たれることと思います。元々芝居(粤劇=広東の地方劇。広東オペラ)の伴奏音楽の楽隊を基礎に発展独立した分野なので芝居の曲ともレパートリーを数多くシェアしています。そして、時代が下ると「精神音楽」というサックスやスチールギター、ドラムセットやバイオリンを含めた演奏形態さえ生まれました。明朗快活な音色と曲調が特徴と言われる事もありますが、透き通った寂寥感を表す優れた曲などもあるので、色々と聴いていて飽きないジャンルです。

広東音楽の演奏例。「五架頭」という典型的な高胡がリードのクインテットです↓

因みに因みに、私は廣東音樂も大好きで楽団を「扶桑粤樂社」と名付けました。広東高胡も勉強していて、一緒に演奏できる仲間を探しています。廣東音樂に全く触れた事がない方でも大丈夫です。少しずつ学んで行きましょう。隔月で「東京私伙局」という広東文化サロンも開催しています。興味がある方はぜひご参加ください。

2023年10月22日の東京私伙局「中秋茶會」の様子

「福建南音」

「生きた化石」と言われるほど古くから行われている音楽に「福建南曲(南音、南管…)」と言う物があります。恐らく日本で二胡を習っている人たちには殆ど馴染みがないと思いますが、これは今も福建省泉州を中心に閩南語を話す人々の間でアイデンティティと結びついて広く行われていて、台湾や福建系の華人が多いシンガポールなどにもたくさんのコミュニティがあります。南洋の華僑からは親しみを込めて「郷音」と呼ばれる事もあります。特筆されることの一つに現代の琵琶が品(フレット)が増えたため、演奏の便のために縦抱えの姿勢で演奏するように発展したのに対し、撥を使う奏法こそ絶えたものの、古制をそのままに絹弦の琵琶を横抱えで演奏する点があります。

演奏形態には大きく分けて上四管、下四管の別があり、上四管は琵琶、三弦、二弦、洞簫に拍板が加わります。下四管には四宝や碰鈴などの打楽器類と「愛仔」という嗩吶(チャルメラ)が入り大所帯で華やかな演奏をします。「十音」になるとさらに横蕭(笛子の事)が加わって十人になります。

台湾の十音合奏をどうぞ(複数が同じパートを担当しているものもあるので、人数は十以上います)↓

「管」と「打」の合奏音楽「吹打楽」や「鼓吹楽」

合奏音楽については他にも「吹打楽」「鼓吹楽」というジャンルがあります。これは、吹奏楽器と打楽器のアンサンブルでカッションのアンサンブル。笙やチャルメラがピャーピャーやってるスーパー賑やかサウンドの音楽で、銅鑼や太鼓もジャカジャカしてます(ちょっと説明が雑ですが聴けば分かってもらえると思います)中国のあらゆる民間習俗(年越しや開店、婚礼などのお祝い事や、葬礼など)に欠かせない合奏音楽です。各地に多くの種類がありますので、ほんの一例を紹介するに留めておきます。

因みに「吹打」で検索すると、日本の雅楽や韓国の吹打など他ジャンルもかかってくるので「吹打 河北」など地名との合わせ検索がお勧めです。

山東省の魯西南鼓吹楽の紹介動画です。中国語の解説ナレーションが入っているので、参考にしてください。ここでは民間音楽家グループの、生き生きとした演奏の様子を垣間見ることができます。

こちらは、山東民族楽団による吹打演奏です。職業音楽家たちがステージに乗せているだけあって、より洗練されていますが、賑やかパワーはむしろアップしているように思います。打楽器に引けを取らない「嗩吶(さとつ・suona。チャルメラのこと)」と笛子の賑やかなアンサンブルをお楽しみください。

香港演芸学院の皆さんで「喜迎春」を。笛子、笙、チャルメラという典型的な吹打楽の管楽器編成です。右後方に音程が異なる銅鑼をラックに吊り下げて演奏している「雲鑼(うんら)」がありますが、多くの民間音楽でも使われていて、卓上で演奏したり、手持ちできるサイズの物(十面雲鑼など)もあります。日本に伝わった「清楽(しんがく)」でも用いられました。

河北の吹打です。ここでは、領奏(リードする楽器)「管子(かんし・guanzi。篳篥・ひちりきの事)」です。雅楽の篳篥をイメージしていると随分甲高く、派手に聞こえるかもしれません(中国の管子には音域が異なる様々なサイズがありますので、もちろん低め穏やか渋い表現もあります)向かって一番右に、手持ちの十面雲鑼が加わっています(演者や演目によって、投げたり回したりの曲打ちが披露される事もあります)

吹打楽はこのくらいでひとまず。お気に召しましたか?

戯曲や曲芸、その他の合奏形態や独奏について

「戯曲」についての私感

色々とご紹介してきましたが、今回のコラムを「中国音楽ガイド」としながらも、とても重要な部分を占める「戯曲(お芝居)」「曲芸(語り物など)」の音楽を除いてお話しして来ました。今や日本人にもお馴染みとなった京劇を代表とする中国の伝統劇は、四川省の川劇や蘇州の崑劇(ユネスコの世界遺産に指定されています)、上海の越劇や広東の粤劇など中国全土に個性豊かな芝居が存在していて枚挙に暇がありません。お芝居の進行には音楽が大変に重要な訳ですが、唱(歌)や念(台詞まわし)などと表裏一体なので、中国語とは言っても劇種によっては各地域の言葉で上演される物を外国人の我々が取り入れるのは中々難しく、日本人の中で中国の芝居音楽を実践する人数は極めて少ないのが現実です。それぞれ器楽曲もない訳ではありませんが、そもそも本質はお芝居の音楽なので、当然芝居の内容や進行が分からなければなりませんし、唱の伴奏ならば当たり前ですがその歌が分かっていなければいけません。さらに多くのお芝居で進行をリードする司鼓(打楽器の首席パート)の出す細かい指示も理解していなければ成立しないので、芝居の音楽は何か一つの楽器を習いたいという動機だけでは難しいという事もあり、日本人の間ではあまり定着していないのだと思います。

逆に戯曲の人たちから見ると自分の劇種以外の民間音楽では使う楽器も約束事も色々と違うので、イベントなどで一緒になる事はあっても、別ジャンルだという感覚だと思います。ただ、日本人にもこれらに携わる人が全くいないと言う訳ではなく京劇崑劇のお芝居そのものに情熱を注いで留学したり長期間京劇の俳優としての訓練をして唱ったり芝居をする人や、その伴奏音楽を手掛ける人たちは一定数います。日本人のプロの演者もいますし、長年に亘って啓蒙活動を続けている方々の事も多少は知っており、素晴らしい事だと尊敬しています。

圧倒的な情報量を誇る加藤徹先生の「京劇城」は愛情とユーモア溢れる貴重な文章の宝庫。必見必読です!

話を戻します。中国の芝居音楽の楽器「だけ」を稽古する事を邦楽に例えると、義太夫の三味線は太夫の語りがあってこそ、先に進めますので、義太夫語りには興味がなくてよく知らないけどただ三味線を弾きたいから義太夫三味線を習う…と言うと、器楽的な満足感を得るのはちょっと難しい事と似ているかも知れません。あくまで芝居ありきの音楽なのです。京劇を知らない京胡弾きは1人もいません。

「京劇」の伴奏音楽の例

参考・京劇の主奏楽器である「京胡」についての番組です(中国語英語字幕)↓

京劇の素唱(扮装しないで歌う事)が2時間、百人続きますw 様々な役柄の有名な曲が続々登場しますし、楽隊もたくさん映りますので、お好きな方はぜひ。「国劇」とされている層の厚さと人気を窺い知る事ができます↓

「崑劇」の伴奏音楽の例

蘇州で生まれ育まれた「崑劇」。江南音楽の演奏特徴である流れるような滑らかさと、風情をふんだんに盛り込んだ曲調は、お聴きになればすぐ京劇の音楽とは随分雰囲気が違うと分かって頂けたのではないでしょうか。京劇の中にも崑劇由来の曲は使われていて、確か京劇の劇団を舞台にしたレスリー・チャンの主演映画「覇王別姫〜さらば、わが愛〜」の中にも、劇場の支配人が関師父に対して「青衣(貞淑な婦女子の役柄)は崑曲が歌えなければダメだ。(蝶衣は)もう崑曲を教わったかね?」と問うセリフが出て来ます。ぜひもう一度観てみてください。

「曲芸」についての私感

「曲芸(きょくげい・quyi)」とはアクロバットの事ではなく「音曲の芸」の事で、日本人が耳にするとちょっと誤解を生じやすい言葉です。日本では限られた数種類しか目にする機会がありませんが、中国には大変豊かな音曲語り物芸のバリエーションがあります。けれどもこれらの曲種はあくまでも語り芸で、その地方独特の方言による押韻や言い回しなどが独自の助奏によって弾みが付いたり美しかったりしますし、音楽はその補助的な役割を果たすだけで短い同じ手を繰り返すパターンが多いです。独立した楽曲という感じではありませんから、そのバック音楽だけを我々外国人が抜き出して演奏するというのはあまり聞きません。。

大きく分けると代表的なものには「評書(ひょうしょ・pingshu)」という日本でいう所の講談みたいな語り芸(評話・ひょうわ・pinghuaとも)と、「弾詞(だんし・tanci)」という節が付いた語り物があります。その二つの要素を合わせ持つのが「評弾(ひょうだん・pingtan)」という訳です。有名なのは蘇州のもので、一般的に「評弾」と言えば「蘇州評弾」が思い浮かぶ人が殆どだと思います。

蘇州評弾の一例↓

蘇州語で語られる「蘇州評弾」、いかがでしたか?楽器を置いて語った後に、やおら三弦を取り上げ節をやり…といったパターン構成もありますので「評話」でもあり「弾詞」でもある訳です。

評書の一例。この「封神演義」は120回あります。評書を聞かせる茶館を「書茶館」といいますが、話の盛り上がったところで「続きはまた後日!」と切ってまた来てもらう訳です。テレビの「CMまたぎ」と同じで聴衆の心理をグッと掴みます↓

演者が打楽器を打ちながら拍子を取って演ずるタイプも沢山あります。中でも一般的に有名なのは竹で出来た竹板(花蓮板)を打ち鳴らしてリズム良く語る「快板書」でしょう。老舎の名作「茶館」のストーリーテラー役は快板書の芸人です。調子良く縁起の良い言葉や滑稽な言葉を連ねたり(数来宝)、早口言葉(繞口令)言ったり、次々と滑らかに言葉を紡いでいくのはラップさながらで圧巻です。脚本に従って誰もが知っているお話しを調子良く語って行く演目もありますし、単口(ソロ)以外に双口(2人組)や集体(3人以上の団体芸)などもあります。

快板書の「繞口令」。早口言葉を調子良く!

水滸伝の名場面から↓

「〜鼓書」「〜大鼓」とつくタイプの芸能も、華北を中心に多く存在します。演者が語りつつ台に乗せた太鼓を右手のバチで叩き左手に持った拍板などを鳴らして調子を取るスタイル。バックには大三弦四胡などの伴奏が付きます。

若手、陶雲聖師でご存知「知音の故事」を「京韵大鼓」でお楽しみください↓

「〜琴書」とついたものは、より器楽的な側面が強調されている印象の芸能です。有名な物には「四川琴書」「山東琴書」などがあります。因みに「琴書」と付く場合は揚琴が主奏楽器を務める事が多くあります(「四川琴書」は「四川揚琴」とも呼ばれています)演唱者は打楽器以外に弦楽器を使う事もあり、弾詞が好きな人には耳馴染みが良いと思います。

山東琴書の例。向かって左から墜胡(ついこZhuihu)、揚琴・拍板(ようきんYangqin、はくはんPaiban)、彩盤(さいばんCaipan。小皿と箸)のトリオ。琵琶古筝を使う編成もあります。

独奏など、その他器楽について

ここまで、合奏音楽の中から「絲竹楽」をいくつかと「吹打楽」、そして「戯曲」「曲芸」類をざっと眺めて来ました。多くの日本人は二胡のソロ演奏を中心にしたものを「中国音楽」とする認識が殆どだと思います(大抵の場合、コレらをメインに紹介して紙面字数を割くので、合奏音楽などにはフォーカスされる事がたいへん少ないです)。

二胡はもちろんの事ですが、古琴(七弦琴)琵琶古筝笛子揚琴などそれぞれの楽器に現代に至る長い歴史と特化した伝統曲がある上に、現代作品なども加わって枚挙にいとまがありません。興味がある楽器について検索してもらえば代表曲はすぐに目星がつくと思いますので、私からの解説は他の機会に譲ります(一つ一つの楽器について、削いでも削いでもそれなりのボリュームになってしまいます!)

浙江派箏曲の重鎮、項斯華老師による「高山流水」の独奏をどうぞ
(古筝は地域性が豊かで、山東、潮州、客家など主要な流派によって演奏曲目や音階・技法などにそれぞれ異なる特徴や味わいがあります)

各地で様々に演奏されて来た二胡古筝など様々な器楽は、主に清代以降、民国期を通じて中華人民共和国の成立に至る各過程で楽器の改良や曲の整理、規格の統一が行われ、進取の気風に溢れた作曲家たちにより独奏曲が創作された道筋は今に引き継がれ、演奏技術の発展と共に多くの人が愛するところとなっています。

今回、「基本的に」漢民族の音楽と書いたのには意味があって、それぞれの「少数民族」には独自の音楽があり、例えばモンゴル族のように民族内で既に大きなシーンを形成する事ができるグループもありますし、逆に聶耳※のように少数民族に所縁があっても、その枠を飛び出して活躍した方もあります。かといって漢民族の音楽家たちと無関係に存在して、全く交流がない訳でもなく、新中国建国後に少数民族の豊かな音楽世界に取材し再編され、広く紹介され愛されて来た曲の数々を含むことも多くあります。純度100%の土着の音楽で我々「外国人」には咀嚼が難しいものでも、中国の作・編曲家の手で整理される過程を経て、あるいは漢語の歌詞がついてそれらの美に触れる事が出来るのは意義深く素晴らしいことだと思います。例えば、有名な笛子の独奏曲に「タタール族舞曲」なんてタイトル曲があり、学習者は必ずと言って良いほど練習する曲ですし、あらゆる楽器で演奏され民族楽器の大合奏でもよく取り上げられる「瑤族舞曲」という有名な曲などもあります、また二胡の独奏曲には「葡萄熟了」というウイグル族のメロディを取り入れた名曲があります。この曲の作曲者で、高名な二胡奏者・教育家の周維先生が来日した時にお話しを伺いましたが、単にメロディにインスパイアされただけではなくて、ウイグル語や踊りの特徴まで深く研究されていて装飾音や音程などにもそれを反映させておられて大変に感心しました。

※聶耳 雲南省昆明出身。母親が傣族。日本に留学中、鵠沼海岸で海水浴中に客死しました(享年23歳)。彼の作曲した「義勇軍行進曲」は、皆さん良くご存知の現中華人民共和国国歌です。中国音楽に親しんでいる方なら、彼が陽八曲を編曲した「金蛇狂舞」をご存知かも知れません。聶耳終焉の地、藤沢市は昆明市と姉妹都市関係を締結していて湘南海岸公園には「聶耳記念広場」があり碑が建立されていて、7月の命日には供養祭が営まれているそうです。

周維先生の自演による「葡萄熟了」

モチーフを利用して、ただ上澄みの美味しいところを真似しただけでは、なかなか普遍的な芸術に昇華できませんが、一部作品は今も輝きを失う事なくスタンダードとして愛されている事に接したので、付け加えておきます。

当日スタッフとして携わった周維先生の東京リサイタルにて。終始穏やかなお人柄で「音楽はその人そのもの」だと思いました

むすび

さて、個人的な好みを多分に反映しつつ、中国の民間音楽の親しみやすい、或いは美しい音楽を紹介して来ました。けれどもここに含まれていない数々の音楽があるという事は文中でも度々強調して来たところです。例えば各地の孔子廟、道観(道教の寺院)や仏教寺院で演奏される祭礼音楽には今回ノータッチでしたし、それらとて地域や宗旨違いで全く違う音楽で営まれます。

多くの人が中国の民族楽器の音色に魅かれて楽器を手に取りますが、伴奏してもらうにせよ、合奏するにせよ、他の楽器やジャンルについての知識があった方がより良いアンサンブルが生まれます。この記事も一つのきっかけになり、多くの方が自分の楽器以外の様々な情報に触れて、一層豊かな中国音楽の色々な方向に興味を持ってくださったら幸いです。

今日も貴方と共に楽しく美しい音楽がありますように!!

創樂社/扶桑粤樂社 安西創

二胡を始めとする楽器で自ら奏でて楽しむ事ができたらどんなに楽しいでしょう。楽器を買ったは良いけれど諦めてしまった方、挫折した経験がある方、再挑戦してみませんか?いつでもご連絡お待ちしています!


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