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「中華料理屋さんのBGMで流れてそうなあの音楽」〜「江南絲竹楽」のこと〜

はじめに

皆さんは「江南絲竹楽(こうなんしちくがく・jiangnansizhuyue)」という合奏音楽をご存知でしょうか。

「江南絲竹楽」は、数ある中国音楽のジャンルの一つですが、旅番組やグルメ番組などで、イメージとしての「中国らしさ」を演出する際のBGMに広東音楽や京劇の下座音楽などと並んで非常によく使われている一つなので、それと知らずに耳にされた事があるのではないかと思います。流れるような旋律が穏やかに演奏される器楽合奏音楽で、基本的に室内での演奏が多い、主に都市部で発達した音楽で、通常は銅羅やチャルメラが入らずお祭り的に賑やかな感じではありません。むしろ、どちらかと言えば洗練されて「文雅(wenya・おっとりして、雅やかなこと)」な音楽です。かと言ってお高く止まっている訳ではなく、花嫁行列の先導をしたりしますし、庶民生活の中に生きている音楽です。その優美な音楽の本質は江南地方の風土と人々の生活習俗の反映そのものと言って良いのかも知れません。しかも江南の胡琴(弓で弾く弦楽器の中国語の総称)である南胡(二胡の古い呼び名)の育まれたエリアの「二胡のゆりかご」とも言える音楽です。検索して辿り着いた方はともかく、たまたまこの記事を読んで、初めて「江南絲竹楽」という言葉を目にした方は、ぜひ改めて検索して新しい音楽の海に漕ぎ出してみてください。

なお、できるだけ分かりやすい記事を心掛けておりますが、紙面の都合から固有名詞(楽器や地名など)の細かい解説を省いている場合もあります。ご了承ください。検索しても分からないことがあったらコメント欄にお願いします(特に文字での解説が難しい、音楽の実演に関わる技術的なご質問などの場合、お返事を保証するものではありません)

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まずは開口一番、雰囲気を知ってもらうために「八大曲」の筆頭「中花六板」をお聴きください。代表的な曲で、絲竹の集まりの際には一曲目に演奏される事が多い定番中の定番曲です。元になるシンプルなメロディがあり、それをその場にいる奏者が相手の演奏内容を聴きながら音域を変えたり、手数を増やしたり減らしたり、一種のアドリブ(加花)をしていくのが醍醐味です。弾いても聴いても楽しい所以です(アイルランド音楽の楽しみに似ていると良く指摘される特性です)↓

「絲竹(しちく)」ってどういう意味!?

ジャンルの名前にも入っている「絲竹」という言葉。これは一体何を指しているのでしょうか。「絲」は元々撚り合わせた絹糸を指し、転じてそれらの張られた二胡や琵琶などの弦楽器の事を意味し、「竹」竹製の管楽器(笛子や洞簫、笙)の事を示し、管弦のアンサンブル音楽を指して「絲竹楽」または単に「絲竹」とも呼びます。この「絲竹楽」というジャンルは各地に様々な形態があり、それぞれに独自の曲目や編成などを遺して今に伝えています。福建南音広東音楽潮州弦詩広東漢楽などがそれに当たります。中国には編成によって弦楽器のみで演奏される「弦索楽」や打楽器と吹奏楽器のみの「吹打楽」など、幾つかの合奏形態による分類があり、この「絲竹楽」はその一つという訳です。

「絲竹楽」の中の「江南絲竹楽」

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