風と私と春と
ずっと私の宝物だったものを、この春に手放すことにした。
本当はもっと早くに手放さなければならなかったのだが、なかなか諦めが付かなかったのだ。
私は、かなり執着していた。
初めて見た時のことを今でも覚えている。ワクワクして、もうこれ以上のベストはない、と思った。まさに、一目で恋に落ちた。
手に入れた時には本当に嬉しくてたまらなくて、一人で小躍りした。
これから一緒の毎日を思うと、胸が弾んだ。
本当に、一生のお付き合いのつもりだった。老後のことまで計画していた。
・・・まさか、こんなに突然、お別れの時が来るなんて。
でも分かっていたのだ。10数年前に私が一つの決断をした時から、そのうち必ず手放さなければならないんだろうな、ということは何となく気配で感じていた。
それでも私は悩み、あがき、もがき、苦しみながらも、そこまでしてもやっぱり手放す決心をすることは出来なかった。
遠くに離れ、何度眠れない夜を過ごしたことだろう。
不安に駆られ、何度も真夜中に起きて、いろいろと考えた。
私の「心の支え」となっていた存在を、やはりそう簡単には手放せない…という理由で、最後にはいつも思いとどまってしまっていた。
でももうそんなことは、この春以降は起こらないのだ。
なぜならもう、決断したからだ。
「終の棲家」として買ったマンションを売る
今回の日本への帰国は、最愛のマンションを売ることにしたからだった。
元々は一生ここに住んでいく予定で購入したのだが、まさかの結婚、それも海外在住になってしまった。
当初は、「もしかしたら、万が一戻ってくるかもしれないし…(黒)」という気持ちでいたため、メンテナンス会社に依頼したり賃貸に出すなどしていろいろと算段をしていた。
が、既にもう十数年も海外在住となり、多分当分は離婚も無い(だろう)。
そして、今回のコロナでこれまでのように日本に気軽に帰ってくることができないということが起こり、「このまま持っているのは何かと危険だ…」という状況になった。
正直、一応まだ資金繰り的には持っていることは出来るが、今回は偶然の良いご縁があったことで決心し、とうとう売ることにした。
久しぶりに、空っぽになった部屋に入り、窓から外を見た。
初めてみた時に一目ぼれしたその風景が広がる。
実はこの部屋からこの時期は桜がきれいに見えるのだ。
友人達と家から花見をしたり、よく飲み会もしたなあ。
辛い時も、ひたすらこの風景見つめながら、耐えたこともあった。
私にはこの部屋がある、帰ってこれる場所がある、というのがずっとどこか、私の心の支えになっていた。
本当に、気に入っていた部屋だった。これまで住んだ部屋の中でもダントツに。
相変わらずどこを見ても好きなところばかりだ。ドアノブ一つとっても、愛おしい。
窓を開けると、風が通って、春の匂いがした。
思い出すと何度も、この風を感じながら「まあ、今日も頑張るか!」という気持ちになったのを思い出した。
後ろ髪惹かれる思いでいる今も、「まあ、何とかなるか」という気持ちにさせてくれる。
この10数年の私を支え、執着させてくれたもの。これが私をどこか細い糸のようなもので、日本につなぎとめていたのかもしれない。
もちろんまだ別れるのは辛い・・・でも、お別れするのだ。
執着しているものを手放す時は、失恋と同じ状態なのかもしれない。
そしてどちらも、明日からそれなしで生きて行くのに、ちょっとした勇気もいる。
働いていた頃から、私を支えてくれたこの部屋に感謝をして、最後のお別れと称した大掃除をしてから引き渡せたらと思う。
次に住む方も、私がここから力をたくさんもらったように、ここでこの景色と共に素敵な思い出を作ってくれることを願って。
ありがとう。私の心の支えだった部屋。
私をたくさん幸せにしてくれてありがとう。