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"女を捨てる"という言葉
死ぬほど大嫌いだったの。
そりゃもうね、死ぬほど。
最初に言っておくけど、彼女と別れた人が、あの女捨ててやったわ〜、っていうやつではない。それも大嫌いだけど、対になる男を捨てるって表現もあるからその用法はまだマシなのよ。個人的には。
私が嫌なのは女芸人に対して言われるような、"女を捨ててる"って言葉の方。
大学四年間、オチケンに青春捧げてきた中で、耳にタコ超えてイカが出来るほどたくさん言われた言葉の方。
まずは入部から二年間、某先輩(男)にひたすら言われ続けた。
「お前はステージで女を捨てすぎだ。女を捨てるな。」
「見てらんないから部内でのネタ見せ前にまず俺に見せろ」
その個人ネタ見せでボロクソに文句を言われてしぶしぶ女の子らしく改変したりした。そのまんまの私じゃいけないのかな?ってずーっと悩んでた。自分でやってても楽しくなかったし、落研なのに落語が嫌いだった。
漫才やコントは昔から好きだから少しは自信があって、アイディアもたくさん出した。自分の好きなように演出や演技してたし、お客さんからの評価もそれなりだったから、それでなんとか自我を保っていた。
絶対落語もそうなのに。自分のやりたいようにやった方が生き生きできるのに。そう思っていた。某先輩は卒業した。
私は気持ちを切り替え、自分らしい落語をやることにした。それを境にお客さんから少しずつ評価してもらえるようになった。愛ちゃんファンですって声かけてくれる常連のお客様も何人かできた。
某先輩は卒業後も見にきた。その度に客席を見てトラウマが蘇り、ドバッと脂汗が出た。案の定、終演後に言われた。
「またお前は女捨てやがって。あれだけ言ってただろ?新入部員のあの子見てみろよ。可愛くて面白くてさ、お前と違って女捨ててないだろ??可愛がってあげるんだよ、きっとあの子将来有名になるよ。」
お客様には普通にウケたのに、死ぬほど悔しかった。確かにその子は可愛くて女の子らしい落語でおもしろかったよ。でも私が同じようにやってもウケないんだよ。
その年、私は一年の集大成の会でトリを取った。けれど、某先輩は来なかった。なんてタイミングが悪いんだ。初めての300人ホールでのトリ。あの時、スポ根漫画でしか見たことがなかった、いわゆる"ゾーン"を味わった。この感覚未経験の方もいらっしゃると思うけど、ほんとの話。
頭の中は真っ白なのに、なぜか言葉が勝手に溢れてくる。マクラからドッカンドッカンで、スムーズに噺が進んでいく。
あの20分強の間、私の体は、どけどけーーー!邪魔だーーーー!お前はなにも喋るんじゃねぇーーー!ここは俺らに任せとけーーーー!とばかりに完全に落語の世界の住人に乗っ取られた。
いやいやいやいや!!!!!
いまは!!!!!
私の!!!!!!
待ち時間だろ!!!
お前らこそ!!!!
邪魔なんだよ!!!!
と思ったが、お前そんなこと言って頭の中真っ白じゃねえかーーーー!!!!!そんなんで落語ができるわけねえだろーーーーー!!!!!
と反論され、仕方なく私は色々な角度から自分の落語を観ていた。一度もセリフを飛ばさず一切噛まず、全てのくすぐりが想像の倍以上にウケた。というよりお客様の笑い声が最初から最後までクレッシェンド。ナニコレスゴイ状態。
そして彼らがようやく満足そうな顔で江戸に帰って行ったとき、私は既に大きな拍手の中で頭を下げていた。終わったのが信じられなくて、出番はまだこれからのような気がして、何度も何度も出番の終わったネタを反芻していた。あの体験、後にも先にもあれっきり。私は今後あのとき以上の落語をできる気がしない。もう一度でいいから体験してみたい。
その日のお客様アンケートでいただいた言葉。
"女捨てられててすごい!途中から女の子がやってるってすっかり忘れてました!"
このとき初めて思った。
あ、諸刃の剣なんだなと。
落語ってもともと男の世界だから、女である私が、女であることを忘れるような落語ができてたって、ある意味かなりの褒め言葉なのではないだろうか。もっとも、本当に野郎どもが私を乗っ取っていただけなので複雑な気持ちなんだけど。
もちろん、女の子にしかできないようなかわいい演じ方もあるし、それが出来る子は素直に尊敬する。でも、私にはそれはできない。悩んでいたけど、できないなら別の方法考えりゃいい。
なにより私、かわいいと思われたくてやってるんじゃない。面白いって思われたくて、笑ってもらいたくてやってるんだ。
だったら、かわいくなくてもいいじゃない。可愛いかわいくないの問題でなく、振り切れてない子の方が私は見てられない。そういう子のは、ゲラの私ですら笑えないし。
大嫌いな言葉だったけど、あえて使います。私はこれからも女捨てていきます。ステージに立つ限り。