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【掌編小説】イワシの魔女狩り

 イワシになった夢をみた。
 魚群はとても大群で、私だけが赤いイワシになっていた。その色は血の色がそのまま浮き上がっているように感じた。
 風変わりな私はすぐにリンチされた。リンチというより、ミンチにされた。奴等は私の肉や骨、想いでさえ、全てをぐちゃぐちゃにした。
 変な夢をみたのは、昨晩イワシの缶詰を食べて寝たからかな? 缶を綺麗にするには労力が掛かるから、食器用洗剤を寝る前に浸しておいた。そんなこと今はしても無駄なのに。お陰ですぐに汚れは落ちたけれど、さっき夢で向けられた残忍性がお腹の辺りでまだ沈殿していた。単純に脂による胃もたれもあるかもしれない。気持ちが悪かった。
 昨日、大学で手鏡を割られたことを思い出した。子供のとき蘭ちゃんと交換した子供用の手鏡だ。子供用の手鏡を使っている私を皆がからかった。割れたのだ。物理的にではない。実際には割れて等いない。だがしかし、大きな音を立てて割れたのだ。バリーン! だろうか? バキーン! だろうか? 何かが終わる音がした。
 人と違う人は多数派の感情のまま袋叩きにされて、排斥される。
 そのままの私でいることは誰かの逆鱗に触れるらしい。ただ存在することが悪になるということは、現実としてこの世にある。イワシを食べてDᕼCを採って賢くなった私にはそのくらいわかるのだ。
 蘭ちゃんは交換したけん玉に夢中になり男の子とばかり遊んだ。それから少しして女の子と遊ぶようになって、今度は男の子としか遊ばなくなった。どんどんどんどん可愛らしくなって、凄く羨ましかった。
 イワシはとても小さい。人だってそうだ。その癖、更に下を下を見付けては、憂さを晴らす。
 どうせ多数派の意見がまかり通る世の中、可能な限り大きな傷を残す。
 昨日からのは逃亡生活は返り血を浴びたワイシャツとチノパンをセーラー服やチャイナドレスに着替えるきっかけになった。
 肉体はしっかり男なのだから魔女狩りの対象に私を選ぶのは馬鹿なのだ。いや、男であれ女であれ子供であれ、凶器さえあれば人は殺せるのだから馬鹿なのは迫害という行為をする輩だ。
 まだ殺し足りない。私の心を犯したのだ。私は何もしていない。私があんた等に何かをしたか?
 一人で泊まった安いラブホテルの天井に私の思考をプロジェクターのように映し出す。虹色のイワシの魚群が仲良く楽しく生活している。
 下へ下へと向けられた銃口から放たれる弾丸。いつも安全だからと調子に乗って何発も打ち込めば一発は跳ね返る。
 吐き出した胃液がまだ魚臭かった。
 食器用洗剤が全て流し去ってくれればいいと思った。


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