【掌編小説】似顔絵の駆け引き
「似顔絵を描いて欲しい」だなんて、絵を描かない僕に言われたって困ってしまうのだけれど、彼女は紙と固定する板と鉛筆と消しゴムを僕に手渡しそう懇願した。「どうしても」と。
彼女は普段している眼鏡を外すとこちらを見つめている。似顔絵って普段通りのものを描くんじゃないのかなぁ? と思った。それに、彼女はどこか普段より可愛らしく身なりを整えているように感じた。
絵なんてものは上手でも下手でも誰だって描けるもので、僕は渋々了承した。
こういうのってどこから描くものなのだろ? とりあえず輪郭を引いて、髪型を再現してみた。もう既にお世辞にも上手い絵とは言えなくて、こんなもの見せたら嫌がられるんじゃないかと思う。
彼女の目を見て、鼻筋を眺めて、唇を確認する。
キスかっ! と女性にあまり免疫のない僕は童貞みたいに焦った。
鉛筆を落としてしまい床に落ちた鉛筆を彼女が拾ってくれた。ドキッとした。彼女の平らな胸元がブラの間から見えそうになり、咄嗟に目を逸した。いや、見えた? あれはそうなのか? 脳が捏造した記憶とも思えたが心拍数が一気に上がり集中力が乱れる。僕も男なのだから反応しない訳がない。目の前の彼女はそんなことに気付いていないようで先程と同じで穏やかな顔をしている。
あぁ、もう適当に描き終えてしまおう。そう思いコップに入った水を一気に飲み干した。そのときにコップを乱暴に手に取ったせいでコースターが床に落ちて、また彼女が床に手を伸ばた。しかし、今回は直ぐに取らないで、ゆっくり取ろうとしているように感じた。
「わざとやってる?」
「いえ、眼鏡外してるので」
やっぱりか。
「わざとやってる? への正しい返答は、『何が?』じゃないですか?」
彼女は顔を真っ赤にした。
僕も顔を真っ赤にしてしまって、そういうことなのかなぁ、と思って、彼女の目を見て、鼻筋を眺めて、
唇を確認した。