流星ヘブン
寂しさには際限がないことを、23歳の夏にやっと知る。知ってしまったアタマを、知る前に戻すことは今の医学でもできないのかな。
わたしはとにかく居なくなりたかった。誰の人生にも存在していたくないと思った。アカウントを消して居なくなったような気になっても、わたしの本質が消えたわけではないことがとても悲しい。
先月行った行方不明展には、消えてしまいたいと願った人たちの感情があって、それらがあまりにも解ってしまって、苦しくて押しつぶされそうだった。
でも同時に安らかな気持ちにもなった。たとえフィクションでも、似た感情がわたしの中に存在していることは間違いじゃないと思えたみたいだった。居なくなれたら、やっぱり楽になれるのかなとか、思ってしまうよ。
わたしが居なくなったら、ちゃんと悲しんでくれる?
毎日飲んでるあの薬が口の中で溶けると苦甘いこと、きみは知らないままでいてほしいと願う。
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