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暴力監禁SM短編小説

まあるい光。眩しい、と思った。むせかえりそうな生の匂いに包まれた。うるさくて、肌がひりひりした。

程なくして、私はぬくもりに抱かれる。初めて感じる、人のぬくもり。肉体の喜び。

母の涙と私の涙とが混ざってひとつになった。

私は生まれた。


夢を見ていた気がする。


目を開けると、辺り一面は真っ黒で、目を開けているかどうか肉体の感覚を信じるしかなかった。

自分の呼気だけに包まれた空間は息苦しく、意識が風船のように宙に浮かんでいくような心地がした。

私は、膝を抱えた。

もうどれくらいの時間が経っただろう。丸1日は経っている気分だが、もしかしたらまだ1時間しか経っていないのかもしれない。臀部の骨が固い床に当たって、痛い。脚の血の滞りを感じる。


黒いゴミ袋の中はもうひとつの宇宙のようで、死後の世界は実はこうなってるんじゃないか、と思った。


ガチャ。

外界からの音。きっとあの子が帰ってきた。

救われるような気持ち。と、同時に恐怖が全身を包む。私は顔を膝の間に埋めた。

バッグを置くドサッという音が聞こえて、足音が近づく。そして、頭上から袋を開ける音。


眩しい。痛い。

髪を無理やり掴まれて、私は少女の目を見た。カラーコンタクトで覆われた灰色の瞳に光が射し込んで、キラキラしていた。私が死んでいないかの確認なのだろうか。納得したような顔をして少女は掴んでいた髪を離した。そのまま少女は脚で私を転がした。

ずっと抱えていた脚が解かれて、血が巡る。丸めていた背中が凝ってくすぐったい。でもそんなことより、目の前に立っている制服を着た少女が何を考えているのかが知りたかった。私は少女の瞳から真意のような何かを読み取ろうとした。しかしそれはただ光を反射するだけの物のように見えた。

「あ」

衝撃が来て、掠れた声が出る。

少女が私のお腹を踏んだ。腹筋に力を込める。怖い。怖い。怖い。

少女の口元が少しだけ綻んだ気がした。

少女の足が私の股を蹴った。思わず目を瞑る。痛い。逃げたい。蹴りは止まらない。脚を閉じようとする。少女が脚をこじ開けてお腹を踏む。痛い。


黒いハイソックスが少し下にズレて、少女がそれを直そうとした。目線がハイソックスに向けられる。

私は思わず、両肘で後退りした。

靴下を直した少女は私の目を見て近づき、ゆっくりと私の頬に手を当てた。少女の手は温かく、手のひらの柔らかさはまだ幼さを残していた。目を見つめる。さっきまで怯えていたはずなのに、目を見られると安心するのは何故だろう。

少女は片手を私の頬に当てたまま、もうひとつの頬を打った。

反射で目を瞑る。目を開ける前に、またビンタが飛ぶ。

少女は私の片脚を引きずって、元いた場所に戻した。

足が私を打つ。少女の精神が昂っていくのを感じた。私の心臓が早鐘を打ち、警報を鳴らす。私はお腹を隠すように丸まって、身を縮こまらせた。

攻撃が止む。そして、しばしの沈黙。


汗が止まらない。私は、間違いを犯したんじゃないだろうか?

沈黙は苦しく、さっきまでの攻撃が正しい行為にさえ思えた。


バッグを置く音が聞こえ、背中に重みが与えられた。少女が私に跨ったようだった。

お尻に衝撃がくる。何か重いもので叩かれているのを感じる。さっきまで床に当たって痛かった部分が叩かれ、顔が歪む。スパンキングの痛みにどこか甘い響きを感じ、必死に否定する。そう。これは紛れもない暴力なのだ。

「あっ」

声がすべり出る。腰のあたりが温かくなってくる。嫌だ。嫌だ!

背中の温もりが離れた。バッグを探る音。


パチッ。


突然の音に私はハッと顔を上げた。

少女はスタンガンを持っていた。表情は冷たく、怒気をはらんでいた。私の肉体のあさましさを見透かされた気がして思わず四つん這いのまま後ろを向く。

またパチッという音。

少女は私の首を腕で絞め、そのまま立ち上がらせた。苦しくて抵抗しようとすると、太ももにスタンガンが寄せられる。

「うっ」

ドキッとするような衝撃と痛みに思わず声を上げる。

少女は後ろで笑った。心臓が早鐘を打つ。

またパチッという音。反射で体が震える。音に反応して体を動かす私を少女は面白がっているようで、暗い部屋に不自然なほど明るい笑い声が響く。

そしてまた衝撃。

「あっ!」

今度はさっきよりも大きい声が出た。少女の腕が首から離される。私はゼエゼエと息をしながら少女を見た。


終わったの?


ホッとしたのも束の間だった。少女はハイソックスを脱ぎ、私の口に無理やり突っ込んだ。

苦しい!

少女が私の目を見る。

「手、組んで上げて」

今日初めて聞く声だった。なんだかもうそれが救いのように聞こえてしまい、私は指示に従った。

パチッという音のあとに、衝撃。

痛みで顔が歪んで、唾液で湿った靴下は余計にわたしの呼吸を苦しくするし、もうどうしようもなかった。痛い、痛いと思った。早く少女の目を見たいと思った。


口から靴下を取り出される。

やっと少女の方を振り返った。少女は微笑を浮かべ、私の着ていたキャミソールを捲り、口に咥えるよう指示した。

逆らおうなんて意識はもうとうになかった。少女は拳を握って私の下腹部を狙った。

痛みで背中が丸くなる。膝が崩れそう。それでも、耐えることが彼女に対しての義理である気がした。殴られることがなんだか嬉しく感じられてきた。少女の微笑みを見るとこちらまで笑顔になるようだった。


拳を緩めた少女が、餌皿を私の前に置いた。動物のように、這いつくばって食べろということなのだろう。無言で餌を満たしていく。これをしたら戻れなくなるという予感があった。しかし、だ。戻れなくなるのは私にとって悪いことなのだろうか?例え今の状況から抜け出しても、あの空虚な日々に戻るだけなのだ。


私は本当は、殺してほしいと願っていた。


チラと少女を見た。少女は私が食べることを疑っていないようだった。ならば、その期待に応えようと思った。

口を付けると、変な匂いと薄い味がした。美味しくはない。這いつくばって食べるのは、案外難しい。こぼさないようにと思うと、一気に行くのは躊躇われる。

少女が私を座らせた。手で餌を掴む。対面で口に餌を突っ込まれる。

私は歯を立てないように大きく口を開けた。入り込む餌は水気がないから、どんどん水分を吸っていってつらい。息が苦しい。少女が次々に口に餌を運んでくるから、急がないと窒息しそうになる。

少女は嬉しそうに目を細めていた。小さい子が蟻を殺すような無邪気だった。

口に入れられたものを食べきれず、餌が床にこぼれた。少女はそれを指差して、私に綺麗にするよう指示した。何も考えず、私は指示に従った。

その瞬間私は支配されていた。私がずっと求めていたものだった気がした。


少女は部屋に置いてあったバケツを私の前に置いた。水を注ぐ。何をされるのか、なんとなく予想がついた。怖かったが、その怖さを楽しんでいる自分もいた。

少女が私の髪を掴み、水の中に私の顔を突っ込んだ。息を吸い込むタイミングもなかったから、すぐに酸欠状態になる。苦しい。苦しい。このまま死ぬんじゃないかと思う。死ぬのは、怖い。でも、生きるのだって怖い。

やっと水から顔を引き上げられ、少女は私の顔を満足そうに見た。

そしてまた水の中へ私は沈んだ。もう苦しいこと以外考えられない。泡がぶくぶくと浮かぶ。水が口の中に入っていく。

苦しさが、生きることの怖さから逃がしてくれる救いのように思えてくる。私は、胎内にいた時を思った。ずっと恋しかったあの場所。少女があの場所に還らせてくれた気がした。


再び水から引き上げられる。私は少女の瞳を見た。自然と顔が笑みを浮かべてしまう。少女が満足したように私も満足であった。満ち足りるということの意味がわかった気がした。

少女の目の温度が変わる。一気に冷えた、その理由がわからず私は狼狽える。

少女は飽きたとばかりにバッグを取って足早に玄関へと向かった。

ゴミ袋に入れられることを想定していた私は驚き、どうしていいのか分からなくなる。

「行かないで!」

少女の足元に縋り付きながら叫んだ。

「行かないで、行かないで、」

少女は舌打ちをして私を蹴り、玄関へと向かった。

少女が開けた扉の先に、まあるい光が見えた。

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