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Scene 6: 動転

「たった今、令和市公民館が爆破されました。」

各路線の運行状況や路線図を表示していた電子掲示板は、緊急ニュースを放送するテレビへと変貌した。無機質な音声は通常の倍の速度で状況を説明する。燃える公民館を映していた映像は、続いて公民館付近の地図を表示した。いくつかバツ印がついている。

「付近の皆様は、至急避難所へ避難してください。公民館から離れてください。緊急事態の発生に、令和環状線、空港線を含め、すべての路線は一時運転を見合わせております」

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続いてニュース速報から画面が切り替わった。ハムスターだ。常に冷静沈着なハムスターが避難を呼びかける。

「付近の皆様は今すぐ脱出用ポッドに乗船してください。サボテンが順次誘導しております。お近くの印の箇所へご移動ください。繰り返します。付近の」

ハムスターの声が途切れ、またニュースが表示された。

「速報です。令和市民大学にウイルスが発生し、建物から強制的に退去される人が続出しております。退去させられた人は避難誘導に従ってください。繰り返しまーー速報です。近代美術研究所が切り離され、令和市から離脱しました。アクセスできないため研究所内の動向は不明です。現在確認中、速報です。ゴーストヶ丘のゴーストたちが一斉に怪奇現象を発生させました。近隣の方々は今すぐ避難してください、電力の供給がまもなく断たれま速報です。しさく公園が浮遊を開始しました。墜落の可能性がありますのでご利用の方は低空飛行中に脱出してく速報ですーーー」

「どうなってるんだ!?」
「またサボテンが騒ぎを起こしてるんじゃ」
「いや、あれはマジっぽいぞ。何かが起きてるんだ!!」

騒然となった人々はスマホを操りながら、一斉に駅の出口に向かおうとする。ちょうど止まっていた電車はすべての扉が開かれ、乗客たちがホームに溢れ始めていた。構内は一瞬パニックに陥りかける。が、そこでぽこぽこと地中から幾つものサボテンが飛び出した。うち一体が電子掲示板に飛び乗り、ぶんぶん大きく手を振る。

「はいはーい!!みんなちゅうもーく!!私たちが案内するからね~!!ついてきて~!!」

分身たちはぴょーいぴょーいと地面を跳ねて「はいグループになって~君らはこっちね~はいはい行くよ~」と素早く人々をまとめている。構内の市民は指示に従いながら走り出した。

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海石は一旦壁際に逃れ、スマホを取り出しオープンチャットを開いた。公民館のオープンチャットは大変な有様だ。怒涛のように情報と会話が飛び交っている。ふぃろ島を開くとそこもどんどん人が話していた。そのうち一文が飛び込んでくる。

ふぃろ『@海石、@にゅーろん!!今どこにいる!?ひょっとして駅にいるか!?』

にゅーろん『あいにくさっき海石さんと別れちゃったんだよね!!僕は今国道-132号線で車の中、もう狭間駅から離れちゃった。』
     『@海石さん、大丈夫!?』

海石はすぐに返事を送る。『俺は大丈夫。ふぃろさんとこは影響ないですよね?』

ふぃろ『ああ、俺は島にいる。それより、@桜海老 達と合流できないか?@海石、話したいことがある』

にゅーろん『あ、よかった。』
     『@桜海老 さんたちはどのへんいいるの?』
桜海老『今ラッスンと一緒に丸の内駅にいる。片田舎駅に行こうとしていたんだ』
にゅーろん『わかった。そのへんの公園にいて。今から迎えに行く。@海石さんも、どっかで待ってて。迎えに行くから』
海石『了解』

海石はスマホの画面をオフにして改めて駅構内を見た。サボテンの誘導があるといえど、外へ出るための行列は発生し、皆苛々と落ち着きなくスマホや電子掲示板を見上げている。これでは外に出るためにもう少し時間がかかるだろう。落ち着いて会話するために、むしろ無人となった電車の中に入って腰を下ろし、イヤホンをさす。既に会話は始まっていた。

まいまい『令和市中が大混乱ですね。』
ぼいぱ『隕石衝突以来だねえ』
ラッスン『やべえことになってんな』
にゅーろん『うわあ、渋滞してる。到着遅れそうだ~』
桜海老『焦らなくていいよ、にゅーろん』

オンライン会議のアプリを使い、ふぃろ島のメンバーの何人かがアイコンなり顔なりを画面に表示して話している。海石はタップしてスマホの画面を空中に投影させ、それに向かって話しかけた。ちなみに自分の画面は砂浜のバーチャル背景にしてある。

「まいまいさんやぼいぱは大丈夫なんですか?」

『ええ。相方の糸瀬も一緒に家にいましたから。わたしたちは僻地に住んでいるから、問題ないですよ。』
『うちは大都会だから、ちょっと回線落ちが心配なくらいかな~。ひょっとするとゴーストヶ丘の騒ぎの影響で電気止まるかも。まあ問題はないね。』

画面に自宅の風景をそのまま映して喋るまいまいやぼいぱは絵を描いていたりお茶を飲んでいたりといつも通り変わりない姿を見せている。いつもならば気に留めない彼らの姿も、今はどこか安心感を与えてくれる。混乱の真っただ中にいるだろう、ミュートで、アイコンだけは表示して会議に参加しているメンバーからハートのスタンプが送られていた。

そのまま雑談を始めていると、ぴこん、と音がして新たな参加者が入ってきた。

〈よし、繋がった…聞こえるか?〉

あー、あー、と音を試すその姿が映される。海石はぱああっと顔を輝かせた。

「ふぃろさん!!!!!」
〈おお、海い〉
「今日もすこぶるカッコイイですね!!!」
〈え、うん(^_^;)? ありがとう。〉

画面の中でポリポリと頭をかく動きをしているのはふぃろ、の本体ではなく、動作を再現しているアバターである。流れる人工音声はよどみなく、遠く離れた彼の言葉を伝えてくれる。

船長の登場に、メンバーは会話をやめてそちらを見た。ふぃろは渋い顔で口を開く。

〈公民館が爆破された、それだけじゃない。このままだと令和市そのものが消滅する。〉

その発言に、音声でつながっているラッスンが真っ先に食って掛かった。
『はあっ!?冗談よせよ!!令和市がなくなるわけねえだろ!?ここに住んでるおれらはどうなるってんだ!』
同感だと言いたげに桜海老が隣で頷いている。

『さあねえ〜』カメラ越しのぼいぱはニンマリと笑っていた。
『もともとなかったんじゃな〜い?』と、コップにさしたストローでくるくる遊ぶ。
『令和市消滅?あるものは消えるしないものは消えようがないし 幻は解けるだけだよ』
〈俺は令和市を守る〉
メンバーの混乱に耳を貸すことなく、ふぃろは断言する。
電波状況が悪いのかカクカクした動きで片手を持ち上げ、パズルのピースのアイコンを表示した。”手掛かり”の象徴だ。

〈令和市は消滅なんかしない。必ず生き残る道があるはずだ。そこで鍵となるのが海石、お前だ〉
「へ!?」
〈正確には、お前の見たドッペルゲンガーだ。〉


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「あの、どういうことですか?」

いきなり話を振られた海石は困惑して問い返す。
ふぃろは全員から説明を求める視線を浴び、こほんと咳払いした。

〈一昨日にゅーろんが上げていた、海石がドッペルゲンガーと会った時の体験談を語る音声。あれを聞いていて、違和感があったんだ。〉
「違和感?」
〈ああ。聞いてみたほうが早いな〉

空いている片方の手に、ラジオのアイコンが表示される。アバターはカチッとボタンを押し、キュルキュルと古風な音がして再生が始まった。

『それじゃ、教えて。ドッペルゲンガーと会った時のこと』

『ああ…。あれは、俺が令和市みらいの文化センターを出て、駅から電車で令和市学研都市駅に行った間のことだった。あの日はそれまでは、普通に過ごしてたんだ。普通に人と会って、打ち合わせ終わって次に移動してた。狭間駅の改札出るとこで、隣の人と同じとこ使いそうになってさ。あ、と思ってそっち見たら、同じ顔が俺を見てて。なんか、一瞬、頭真っ白になった。わけわかんなくて。で、俺を見てたその顔も、すっげえびびった顔しててさ。なんも言えない間に、人の波の中に消えた。え、ドッペルゲンガーがどこ行ったか?そんなのわかんねえよ、見る暇も余裕もなかったし。人すごい混んでたしさ。なんか電車が全部?止まったとかなんか言ってた気もする。あんま聞いてなかったけどな。もう、それどころじゃなくて。人にせっつかれて改札出て、ふらふらしながら駅出て、そのへんのカフェに入ったよ。その後はオープンチャットの通りだ。無理すぎて島の仲間に頼ったんだ』

〈な、おかしいだろう?〉
「えーっと…。」

海石は返答に困って仲間を見た。画面の中の仲間たちも考え込んでいる。

〈よく聞いてみてくれ〉
「?」

ふぃろはもう一度再生した。

『え、ドッペルゲンガーがどこ行ったか?そんなのわかんねえよ、見る暇も余裕もなかったし。人すごい混んでたしさ。なんか電車が全部止まったとかなんか』

今度は一部分を切り抜いて再生される。海石やにゅーろん、まいまいなどは首を傾げるばかりだったが、画面内の何人かが「あっ!」と叫び、身を乗り出した。ふぃろは相槌を打つ。

〈海石がドッペルゲンガーを目撃した7月22日。この日、令和市の路線はどこも止まっちゃいなかった〉

海石たちは驚きに固まる。

〈SNSを確認したし、全線に確認をとった。あの日止まった、運転を見合わせた路線はひとつもなかった。〉

間違いなく、7月22日に電車は一切止まっていない。ふぃろから告げられた衝撃の台詞に、知らなかった、とにゅーろんが首を横に振った。

「僕の足、基本車なんだよね。まさか止まってなかったなんて。でもそういえば、そんな電車が止まってたら、あのサボテンがのんびり魔都設計話に付き合うわけないよね」
『サボテンちゃんは電車大好きですものね』とまいまいが相槌を打つ。

全線止まる、あるいは数本でも止まることがあれば、基本のんびりしているサボテンでも即座に対応に向かう。全線運行停止の事態ともなれば、今現在市役所のメンバーが行っているような緊急対応をしていたはずである。

そう。今、行っているような。

だんだんとメンバーの顔つきが変わってくる。海石もなんだか妙な予感がした。この先の話を聞いてはいけないような。今すぐスマホをオフにしたいような。そんな、妙な焦燥感。

長い空白が漂う。
黙り込んだメンバーだったが、ついにこわごわと桜海老が呟く。

『まさか、ふぃろさんが言いたいのは…。』

ふぃろは頷き、明確な音声で告げた。

〈海石。あの日、お前がみらいの文化センター駅から令和学研都市駅…狭間駅に移動していた間。お前は7月22日にいなかった。お前は今日。7月24日にいたんだよ〉

「えー、それ、つまり…」
〈ドッペルゲンガーの正体は、未来に紛れ込んだお前自身だったんだ、海石。〉
海石は目を見開く。口を半開きにして、ふぃろに視線を釘付けにした。

『えええ、うそでしょ』
『本気で言ってんのかよふぃろ?』

ぼいぱやラッスンが非難めいた声をあげる。ありえないと言わんばかりにラッスンは首を横に振ったが、まいまいやにゅーろんは真摯な表情でじっとふぃろを見つめていた。たよりない糸を手繰り寄せるかのように、船長の帽子に答えが書いてあるかのように、視線を注いでいる。

桜海老が腕を組んでうーんと首をかたむける。

『まあ、令和市なら時間移動してもありえないことはないと思うけれど。それがどうして令和市が生き残ることとつながるんだろう?海石が時間のねじれ?はざま?にいて、ドッペルゲンガーという自分を見た。それだけで…』
『あっ!!』

にゅーろんが膝を叩く。
『わかった、”兆候”だ!!』
『!!』
彼の言葉に、はっ、と桜海老も顔を上げた。ぼいぱは思いっきり顔をしかめて二人を見ている。

『どういうこと?』
『シンクロだよ』
『え?泳ぐやつ?』

ラッスンのひと言に、桜海老がずっこける。まいまいは笑い出しそうなのかなんなのか微妙な表情で彼を見ていた。
にゅーろんが解説する。

『synchronize、同期する、同時に起こる。すなわち一致だよ』

『"自分と同じ顔を見た者は死ぬ"。海石が目撃した”死の兆候”は、そのまま令和市滅亡の前兆でもあったんだ』

『つまり、海石さんのドッペルゲンガーを発見し、海石さんの死を回避することができれば。令和市の滅亡も回避できる!!』

『ええ!?そんなバカな!!』
『連動してるわけねえだろ!!コイツが令和市に来てから何回コケたと思ってんだ!?』
『海石さんはよくこけますもんねえ』

ぼいぱは完全否定しラッスンは海石の所業を指摘する。まいまいはおっとりと過去を振り返って微笑みつつ、この事態に動じることなくアートの制作を開始した。会話しながらキャンバスに絵の具を投げつける、これがまた見事な投擲である。
ふぃろは首を横に振った。

〈令和市だって何度もコケたさ。だが言いたい話はそうじゃない。
令和市は令和市民によって成り立っている。運命共同体なんて生易しいものじゃない。令和市は令和市民なんだ。令和市民は令和市なんだ。令和市民が生き残ることで、令和市は生き残ることができる。逆に令和市が滅亡すれば令和市民は生き残らない。このままでは俺たちの存在はなくならないが、令和市民は滅亡する。〉

『何言ってんだか』
『言葉遊びもたいがいにしろよ』

納得しているメンバーと、全くのとんちんかんだと考えるメンバーとではっきりと分かれていた。しかし、ふぃろは彼らの反応を気にすることなく大真面目に力説している。

〈海石、お前の身に起こる出来事が、最も直接的だ。令和市と直結している。お前が生き残る手段を考えろ。いや、作れ。いや、生き残れ。〉
『無茶苦茶だなあっおいっ。おい海石、お前ふぃろの言うことなんか真に受けんなよ。もういいからとっとと避難を、…海石?』

ショックのあまりか、俯いていた海石はラッスンに声を掛けられても何も言わない。反対側から怪訝そうに桜海老が画面に顔を近づけた。一拍の間を置いて、海石はぽつりと呟く。

「ふぃろさんは」
〈?〉
「令和市に、生き抜いてほしいですか」

破壊音や悲鳴のとどろく緊急事態。繰り返し流れる避難誘導の音声案内。対して無人の電車に座る海石の周りは小石が落ちてもわかるほど静かだ。深海のような落ち着きをたたえる海石の問いかけに、ふぃろは迷うことなく大きく頷いた。

〈令和市はまだ、生きなきゃならない。
まだ、その生を生ききってはいない。〉

「…わかりました」

〈海石?〉

海石はぱっと顔を上げる。にっこりと笑ってふぃろの映るスマホを掴み、ぶんぶん振った。

「やっぱりふぃろさんは頭脳明晰パーフェクトクールで超かっこいいですね!!さすが俺たちの船長!!」
〈え!!? お、おお??〉
『あーあーハイテンションだこと』
『ふぃろも慣れろよ』
〈お、俺が慣れるのか〉

毎度のことながら海石のキラキラした眼差しをいきなり浴びたふぃろは驚きのあまり硬直している。「じゃあさっそくおれちょっと飯食って腹ごしらえしてきますね!コンビニいってきます!」と手を振っていく海石を見送った。桜海老はくっくと笑ってスマホをーーきっと気持ちはふぃろの肩を叩いている。

『いやあ、やっぱ船長はすごいなあ。海石をあっという間に元気にしてくれた』
〈うん…?何もしてないけどな?〉
『あはは!』

きょとんとしているふぃろににゅーろんも明るい声を挙げて笑い出す。まいまいもふふふっと声をもらし、会議はほんわかとした雰囲気に包まれた。

『なんにせよ、生き残りたいよねえ』
『だな!!ふぃろの言ってることわけわかんねえけど、最後だけ同意だ!!』
〈ああ、細かい話はどうでもいい。なんとしても生き延びよう〉
『僕らもやれることをやろう』
『ですね』

一同は覚悟を固めた。




『繰り返します。公民館爆破を始めとする度重なる緊急事態の影響により、全線運行を見合わせております。市民の皆さまにはご迷惑をおかけしますがーー』

アナウンスが響き渡り、改札口は人でごった返している。乗るはずだった電車が止まった人、降りようと思っていた電車が動かなくなった人、発車を見合わせた電車からどうにか降りようとしている人ーー。あらゆる方向へ動こうとする人々の集まりでごちゃごちゃだった。サボテンがなんとか呼びかけ、人の流れを整えようとしている。

その中をかき分け、海石は走る。息を切らし、ひとの足を踏み踏まれ、押しのけられながら走る。

そしてついに見つけた。今にも改札を抜けようとする背中。

「ーー待った!!」

ぱし、とその手首を捕まえる。ぜえぜえと肩で息をしながら膝に手を付き、ようやっと顔を上げる。手首を掴まれた人物は振り返った。

「あーらら。出会っちゃったな、俺たち。
 いいのか?」
「…。話したいことがある。付き合ってほしい」
「おう、いいよ。」

なんせ、”おれ”の頼みだからな。

そう言って、『海石』はニッコリ笑った。





ーー令和市滅亡まで、あと






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盾は守り抜けるか?

令和市を

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