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Last Scene :


すすきを左手に、蓮の花を片手に佇む。すすきを軽く振ると、水琴窟のような音が微かに鳴った。傍らに立つ『海石』から渡された般若の面を顔にかけ、海石は小高い丘の上を振り仰ぐ。

「ちょっと待って、海石」

クソ野郎ちゃんがぴょんぴょんとはねながら近づいてきて、かぱっと口を開けた。海石は右手を差し出す。がぶり。クソ野郎ちゃんが花に噛みつき、もぐもぐと咀嚼してごくんと飲み込む。またかぱっと口を開けて花を放した。無事な姿の花を見下し、海石は原っぱを登っていく。斜めに削られた、広々とした岩棚がひとつ。裂け目からたんぽぽが広がる岩。丘の上にはそれだけだ。

海石は岩の上に立ち、両腕を下向きに左右へ広げた。ちらりと後ろを見る。丘のふもとでは楽器やパソコンを構え、市民の皆が静かに海石を見つめていた。その奥ではご馳走が並び、多様な市民が徳利を片手に待っている。

『海石』と目が合う。互いに頷き、海石は夜空を見上げた。

すすきと蓮を星に向け、交差させる。

ーーすまなかった。

海石は心の中で深く詫びた。
これまでずっと、気付かなかった。気付こうとしなかった。
やむを得ないといえばそれはそうだ。この海石には知る由もない。
それでも、『自身』が苦しみ悩み、呻きながら死に埋もれていったことを知らなかった。

せめて、詫びよう。
せめて、祈ろう。
己に向けて、しずめの唄を。

さらさらとすすきが揺れる。
ゆるりと蓮の花を前へ掲げ、彼は口を開いた。

    れいわのとくさのことば

市民は祝杯を挙げる。

クソ野郎ちゃんは咆えた。


  ひととし ひととき うまれいづる
  あらたなるゆめ れいわのまちよ
  かのよこのよと はざまにゆれて
  えにしをつむぎて いましずむ

とん、と岩の上に跳ぶ。片手のすすきを風になびかせた。

すすきの音が響く。
左右に、前後に
崩れかけた天地に
綾のように広がっていく。

  れいわのそらうえからはなんぞ
  ゆめか のぞみか なかまか ひとか
  ところうまれて ひとはむすぶ
  あらたなるゆめ あらたなみちを

片手の蓮を月に向ける。
ボッ、と蓮の花に炎が宿った。

炎はそらへと燃え盛る。
篠笛が絡みつき、ゆらゆらとそらへのびた。

クソ野郎ちゃんが咆える。

  ときをきざみて れいわはねむる
  とくさのたからをよにはなつ
  たみのいとなみ さきはうように
  かのよこのよの いたみをとかし
  さるはのいたみを 0にかえす

すすきの穂を真横に向けて足を引く。
右から左へ 左から右へ
ふるふると穂が響く。

高く打ち鳴らす太鼓が轟き迎え撃つ。
鼓が笑い、箏は唱和する。

  ひとひふたみよ いつむななや
  ここのたりやと いのちはづる

くるりと回る草履に合わせ、白衣の裾が膨らみ岩を撫でる。
鈴の音は高らかに世界を震わせた。

  れいわのうみしたからはなんぞ
  なげきか さけびか こどくか あいか
  ところうまれて ひとはとざす
  あらたなるゆめ あらたなみちを

ゆうわりと膝を折り、炎を纏う蓮を左肩に当てる。手首をかえし、弧を描きながら右肩の先に高く伸ばした。軽く振られた蓮から火が溢れ、足元の舞台に落ちていく。

クソ野郎ちゃんが哭いた。

  ときをほどきて われはおきる
  とくさのたからをみにまとう
  たみのいとなみ ねぎらうやうに
  かのよこのよの いたみをいやし
  さるはのいのりを 1にたくす

ピアノの音が一瞬途切れる。

海石は振り返り、真っ直ぐにまいまいを見つめた。彼女はぎゅっと眉間を寄せた末、再び鍵盤に指を滑らせる。
すすきが風にそよぎ、裾が掠めるごとにたんぽぽの綿毛が宙に舞う。琴の音は丘を撫で、四方の果てへと伸びていく。

蓮を天空へかざす。火の粉は月に照らされながら夜空を流れる。

  れいめいのほしにひをともす
  そらへうみへと ふるふはしれ
  おつるとばりにひをともす
  ふかくたかくへ たちのぼれ
  れいわのわれはみちしるべ
  かなたなるさと われへとかえる

腰を落としながら右手を下ろしていき、花を足元の割れ目へ近付けた。たんぽぽの綿毛に火が灯る。

  ひとひふたみよ いつむななや
  ここのたりやと いのちめざむ

蓮を下げたまま腰を上げ、再びそらへ花を掲げた。育った炎は蓮から溢れ、地に落ちる。あっ、と息を呑む音が小さく届いた。

ほの明るい波がゆるりと地をめぐり、
石舞台はゆるゆると灯を纏った。

彼は再び両手の先を交差させ、星に放つ。
星は瞬き、雨のように丘の上へと降り注ぐ。

  れいめいのほしにひをともす
  そらへうみへと ふるふはしれ
  おつるとばりにひをともす
  ふかくたかくへ たちのぼれ

すすきの音が呼び
篠笛が誘う

  れいわのわれはみちしるべ

ピアノと箏がみちを編み

   かなたなるさと われへとかえる

鼓は目覚めを促した

  れいわのわれはみちしるべ

蓮の花が夜を照らす
白の衣が夜に輝く

  かなたなるさと われへとかえる

クソ野郎ちゃんが泣いていた。

  ひとひふたみよ いつむななや
  ここのたりやと いのちはづる

彼はうたう
右手が 衣が 足元が
舐める炎に呑まれようと

  ひとひふたみよ いつむななや
  ここのたりやと いのちめざむ

彼はうたう。
この炎と共にうたう。

奏者は奏でる。
はらはらと雫を頬に伝わせ
奏者は旋律を送り続ける。

市民は杯を干す。
透き通る涙を杯に注ぎ
市民は馳走を平らげる。

共に謳う
今を謳う
唄を送る

ほころぶ世界はかたちをかえる
こだまする唄がかたちをかえる


クソ野郎ちゃんは走り出した。

  れいわのまちよ いまねむらん
  れいわのわれよ いまめざめん
  ほろびしいけるものたちに
  れいわのわれとしるものに
  こころひびきて ここにみちる
  ゆらゆらとふる ときのうたよ

蓮の花が燃える
衣が燃える
石舞台が燃える
世界はゆれる

クソ野郎ちゃんは海石に飛びかかる

ぐば、と大きく口を開けた。

  ときはかきはに さきはへたまへ
  ときはかきはに よろこびたまへ
  ときはかきはに いはいたまへ

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  ときはかきはに さきはへたまへ
  ときはかきはに よろこびたまへ
  ときはかきはに いはいたまへ

炎は夜にほどけた。

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