"AMAZULU"の事。
音楽の聴き方は千差万別で、どう聴こうと、どう捉えようと自由だ。音楽のスタイルも多種多様を極め、シンプルなロックン・ロールから難解な実験音響、アナログからデジタル、インストゥルメンタルからアカペラと、色んなジャンルがあって、リスナー個人の好みで、どれを聴こうと自由だ。普段は暗くってヘヴィで陰鬱になるようなサウンドとか、爆発的に炸裂するノイズや、ピュアなアコースティック・サウンドなんてのを好む私の様な人間でも、時に明るくカラッとした能天気で楽しいサウンドが聴きたい時だってある。そんなピュアな能天気サウンドが魅力的だったなー、というバンドで、色々ある中で特に印象深くて好きだったのが、このAmazuluでした。
Amazuluは、1986年にロンドンで結成されたバンドでした。オリジナル・ラインナップは、パーカッションのSharon BaileyとヴォーカリストのRose Miner、サックスのLesley Beachでしたが、間もなくヴォーカリストがAnnie Ruddockに交代し、ベーシストのClare KennyとギタリストのMargo Sagovとドラマーの Nardo Baileyが加入して6人組として本格的に始動します。バンド名は、当初メンバーが希望したAmazonの使用許可が下りなかった事から、ズールー語の単語とAmazonを掛け合わせてAmazuluとなっています。バンドの最初のマネージャーは、X-Ray SpexとAdam Antを第一線に送り出したFalcon Stuartが担当し、バンドのプロモーションに奔走し、John Peelのラジオ・セッションへの出演と、Towerbell Recordsとの契約を取り付け、シングル"Cairo"で1983年にデビューを果たしています。この曲は、レゲエ・シンガーの Joyella Bladeが1978年にリリースした楽曲のカヴァーで、ピュアなレゲエと中東の雰囲気を持った異色のエスノ・サウンドが新鮮で、下位ながら全英チャートにランクインして話題となり、国内のテレビ番組に出演するなどしてバンドの知名度は一気に上がります。同じ年に同レーベルから2作目のシングル"Smiley Stylee"をリリースしています。今作は、ピュアなレゲエといった感じですが、同じ曲のダブ・ヴァージョンを制作したところを見ると、本格レゲエ・バンドを志向していたのかと思われますね。たった2枚のシングルで注目されたバンドは、当時は英国最大手のインディ・レーベルで、メジャー・レーベルを脅かす程に絶好調だったIsland Recordsと契約し、ネクスト・レベルに移ります。
Island Recordsに入ってから最初のシングル"Moonlight Romance"は1984年にリリースされています。この曲はチャート・インはしませんでしたが、レゲエに留まらない、アフリカやソカなどのエスニック・ミュージックのエッセンスを消化してミックスしたライトで明るいサウンドはインパクトがあり、ブレイクは間違いなしと思われました。1985年には、Islandから2枚目のシングル"Excitable"をリリースしています。David Knopflerとのコラボレーションで知られるHarry Bogdanovsの作曲、Sheena Easton, Shakin' Stevens, Mike + The Mechanicsなどをヒットさせた気鋭のプロデューサー、Christopher Neilが手掛けたこの曲は、バンドが過去に行ってきたエスニック・ミュージックのエッセンスを盛り込んだゴージャスなポップ・ソングを発展させたもので、全英チャートで12位を記録する大ヒットとなりました。この頃、 Clare Kenny, Margo Sagov, Nardo Baileyの3人のメンバーが相次いで脱退してしまいます。これは、レコード会社の意向によるものか、本人達の意思によるものか、『Amazulu Story』みたいな映画が作られない限り真実は分かりませんが、どのレコード会社もBananaramaみたいなグループを欲しがった、そういう時代ではありました。
ヴォーカル+サックス+ギターの女性3人組グループとなったAmazuluは、ソングライティングや演奏を外部に任せる格好になり、ここからバンドの快進撃がはじまります。そりゃ名うてのミュージシャンがバックに入って、有能なプロデュサーが手掛け、カヴァーでもオリジナルでも、良曲を取り上げていればヒットにはなるわなあ...と思いながらも、彼女たちのハジケる様な能天気なポップ・ソングには、そんな偏狭なロック少年の心にさえ響くものがありました。1985年にリリースされたシングル "Don't You Just Know It"は、R&Bコーラス・グループ Huey (Piano) Smith & The Clownsの1958年のヒット曲をエスノ・ポップに仕上げたカヴァーで、この曲を全英15位に送り込みます。1986年に入ってリリースしたシングル”Things The Lonely Do"は、スローな曲ということもあってか43位に留まりますが、この曲の効果もあってか、同じ年にリリースしたアップテンポな"Too Good To Be Forgotten"は、全英5位を記録する大ヒットとなります。この曲は、R&BグループのThe Chi-Litesが1975年に大ヒットさせた曲のカヴァーで、最高潮に1980年代を感じさせる、エレクトリックでライトなポップ・ソングにレゲエやソカのテイストをミックスしたもので、決して抗えない、魅力的な能天気ポップスとなっています。次のシングル"Montego Bay"は、アメリカのシンガーソングライター、Bobby Bloomのカヴァーで、カリプソ・スタイルの原曲をモダンにアレンジしたポップ・ソングで、全英16位を記録、アメリカでもチャート・インするヒットとなりました。
こうして、大ヒット曲や初期シングルを含む6曲ものシングルを収録したデビュー・アルバム"Amazulu"が、満を持して1986年にリリースされています。しかし、このアルバムは、全英チャートで上位どころか、最高位97位に終わるという計算外の結果に。シングルを繰り返し聴いていたリスナーにとっては、それらをまとめて聴く必要が無かったのかもしれませんが、折しも経済成長率が伸び悩み、国際収支は大幅な赤字、ポンドの暴落など、イギリス経済はもう立ち直らないのでは言われ、失業者が溢れていた1980年代中盤のイギリスという時代背景もあるのかも知れませんが、そんな時代だからこそ、こういった音が必要とされていたのでは、と思いますが。このアルバムは、Stephen Street, Andy Hill, Dennis Bovellといったプロデューサーやリミキサーが手掛け、シングルとは異なるミックスが施され、よりクリーンなサウンドになった楽曲が並ぶ好盤だっただけに、残念な結果でした。思うようなセールスを上げられなかったレーベルは、次の策として、アルバム収録のDennis Bovellが手掛けた"All Over The World"をシングル・カットしますが、全曲がアルバム収録曲またはリミックスで、これも全英最高78位と微妙な結果となり、最終的にIslandとの契約を解除されてしまいます。
レーベル契約を失い、Lesley Beachがバンドを去り、Sharon BaileyとRose Minerの2人組となった彼女達ですが、音楽活動の継続を決心します。程なくしてEMIとの契約をモノにした彼女たちは、1988年にシングル"Mony Mony"をリリースします。Tommy James and the Shondellsの1968年のヒット曲で、Billy Idolのカヴァーでも有名なこの曲は、全英チャートで38位にランクされたものの、最早レゲエやエスニックの風味が全く無くなったポップ・サウンド、またカヴァー?って事で、あまり支持は出来なかったかな...。この後、シングル"Wonderful World, Beautiful People"、遂にはAnnie Ruddock名義でシングル"My Heart Belongs To You"をリリースし、3枚のシングルを収録した2作目のアルバム"Spellbound"を1989年にリリースしますが、クレジットがAmazulu Featuring Annie Ruddockでのリリースで、もうグループとしての先は見えてしまいました。アルバムはEMI South Africaからだけの発売で、イギリス本国ではリリースされていません。2014年にCherry Red傘下のCherry Popからリマスター&ボーナストラック追加でリイシューされています。このアルバムをリリースして間もなく、最後に残った二人は分裂し、バンドは解散しました。
ダンスさせるための音楽ではなくて自然に体が動いてしまう音楽、攻撃的ではなくて平和で、難解ではなくて能天気で、ヒットチャートに媚びる訳ではなく、何の衒いもなく、ただただ人を楽しませる音楽って、たまに聴きたくなるものです。そんな時、このバンドを思い出します。今回は、バンドの一番のヒット曲で、たくさんの人を幸せな気持ちにしたであろうこの名曲を。
"Too Good To Be Forgotten" / Amazulu