東南アジアの広大なサバンナ
「東南アジア」と聞いてどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか? どこまでもつづく熱帯雨林、高い湿度、トロピカルフルーツ、世界最高の生物多様性、などなど……。しかし、もっとずっと過去にさかのぼるとどうでしょうか?
過去数百万年間の地球では、海水面が現在よりも100メートルほど低下した時期がありました。この時期には、現在のインドシナ半島・ボルネオ島・ジャワ島のあたりの大陸棚が海水面に現れ、スンダランドという広大な陸地が形成されていました (図1)。地質学的な証拠などから、この時期の東南アジアには南北をつなぐ大きなサバンナの回廊が存在しており、現在のようなうっそうとした熱帯雨林に覆われたイメージとはかけ離れた状態の東南アジアがあったと言われています。
しかし、この時期の東南アジア全体の自然環境はきちんと調べられておらず、サバンナの回廊が本当に存在していたかのかについても疑問を投げかける研究者もいました。また、こうした環境変化が、人類を含む東南アジアの動物の絶滅や分布にどのような影響を及ぼしたかもきちんと調べられていませんでした。今回紹介するのは、過去約250万年間にわたる東南アジアの環境の変化を復元し、さまざまな生物の絶滅や分布との関連を議論した研究です*1。
図1. インドシナ、スンダランド、サフルにかけての過去の陸地範囲 (薄いグレーの部分)。海水面が想定範囲のうちかなり (100 m) 低下した場合が図示されています。(文献*2より利用条件にのっとり転載 ©Field Museum of Natural History, Chicago)
森林や乾燥の度合いを示す指標
Louys博士とRoberts博士は、東南アジアで得られた現代および過去の63種の哺乳類の標本269個体を分析し、先行研究によって報告されていたデータと統合して644個体のデータを得ました*1。彼らが測定したのは、その土地がどのくらいうっそうとした森林で覆われていたかや湿度の指標となる、その土地に暮らしていた動物の骨や歯の炭素と酸素の安定同位体比です。この値を測定することで、過去約250万年にさかのぼって、そのあいだの東南アジア各地の森林被覆や乾燥の度合いを推定しました。
その結果、約250万〜80万年前のあいだのはじめのほうは東南アジアはうっそうとした熱帯雨林に覆われていたのが、約80万年前までには広大なサバンナの回廊が出現して熱帯雨林は後退し、約13万以降から約1万年前くらいにはまた森が復活してだんだんサバンナに取って代わり、約1万年前以降はふたたび現在のようなうっそうとした熱帯雨林に覆われるようになったということがわかりました。
動物の絶滅や分布
こうした環境の変化は、動物の絶滅や分布の変化とも関連しているようでした。たとえばハイエナは、サバンナの回廊ができた時期にアジアで大きく分布域を広げさまざまな種が出現しますが、約13万年以降に森林が復活してくると生息地を失って大規模な絶滅を経験します。オランウータンは古い時期には熱帯雨林とともに東南アジア各地に生息していましたが、サバンナの回廊の出現によって現在のスマトラ島とボルネオ島に追いやられ、13万年前以降に熱帯雨林が復活しても、今度は海水面が上昇して島が隔離されてしまったため他の地域の森林での分布を回復できず、現在のように限られた熱帯雨林にのみ生息するようになりました。
また、アジアには少なくとも数十万年前からホモ・エレクトスが生息していました。ホモ・エレクトスはサバンナに適応した種であると考えられており、その生息時期は、ちょうど東南アジアにサバンナの回廊が存在した時期と重なります。しかし、約13万年前以降に熱帯雨林が復活していく時期の終わりのほうは、ホモ・エレクトスがアジア各地で絶滅し、ホモ・サピエンスがかわりに進出してくる時期と重なっています。東南アジアの環境の変化は、人類の進化や絶滅にも影響を与えていたのかもしれません。
終わりに
東南アジアにサバンナが広がっていたというと、とても意外な気がします。しかし残念なことに、この時期の陸地 (スンダランド) の大部分は現在海の底に沈んでおり、当時のこの場所の様子を直接的に復元するのはなかなか難しいのが現状です。そのような困難な状況のなかでも、現在も陸地のまま存在する場所から広範にデータを集めることで、今回紹介したような大きな発見が可能になるのです。
(執筆者: ぬかづき)
注
*1 Louys J, Roberts P. 2020. Environmental drivers of megafauna and hominin extinction in Southeast Asia. Nature 586:402–406.
*2 Voris HK. 2000. Maps of Pleistocene sea levels in Southeast Asia: Shorelines, river systems and time durations. J Biogeogr 27:1153–1167.
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