全部、煙に巻いて
「いる?一本」
「いや、いらないって」
「そ、悪いねいっつも」
彼女は大学の同期だ。村山美羽。俺たちは大学1年目の頭だけ、同じ軽音サークルに入っていた。だが、俺は半年も経たないうちに、サークルに馴染みきれずに辞めた。俺とほぼ同時期にサークルを辞めたのが彼女だった。
吐き出した煙が風に流されて、彼女がその煙に巻かれる。
「うわ、ちょっともう!」
「へへ、そんなとこ立ってるから」
「臭いつく」
「もう遅えだろ」
2人で飲みに来ては、ダラダラと飲み続ける。そして何か起きるわけでもなく、ただ飲み明かすだけ。俺がそこかしこで立ち寄る喫煙所に付き合わせているが、彼女は絶対タバコなんか吸わなかった。
ある日。
『ごめん、しばらく飲み無しで。』
『え、なんで?』
『彼氏できた。』
他に定期的に飲むような友人もいなかった俺は、今まで通りのペースで1人で飲むようになった。隣の席の年寄りに絡まれたり、店員の女に時折話しかけられるだけだった。
「……つまんね…」
それから3ヶ月ほど経った頃。
『久しぶりに行こうよ』
『彼氏は?』
『別れた』
…3ヶ月…。恋愛下手かよ。クソほどイジってやろう。
俺はブツブツ小言を垂れながら、それでいて少し心を躍らせながら、いつもの店に向かった。
「やっほ」
「久しぶり……は…?お前」
彼女の口には、白く長いタバコが咥えられていた。
「…彼氏の影響?」
「…きっかけはね」
彼女が白く薄い煙を吐く。肺で吸ってる吸い方だ。
「3ヶ月くらいか?下手だなー、お前」
「うっさい、あんなクズだと思ってなかった」
「けっ、見る目なしかよ」
なんとなく無言になり、2人とも一本を吸い切った。
俺が携帯の灰皿に吸い殻を突っ込む隣で、彼女はグシャリと吸い殻を踏んだ。
「…やっぱあんただわ」
「へっ……だろ…?」
彼女が2本目のタバコを咥えて顔を差し出す。俺は彼女の顎を少し掴んで火をつけ、また顎を投げ捨てるように離した。
「…きも」
彼女が煙と一緒に吐き捨てるように言った。
「ほい、合鍵」
「準備良っ」
彼女は俺が投げた鍵を上手くキャッチした。
「…なくすなよ」
「はーい…」
彼女は店前の黄色い光の下で、煙を1度、2度と吐き出した。その陰でよく見えなかったが、彼女はどこか笑っているように見えた。