宇宙(SPACE)との訣別
科学で解明されないことが多く、未だその多くが謎に包まれている宇宙。
今回はそんな宇宙(SPACE)になぞって感染症診療について考えます。
ここでいう”SPACE”は、感染症診療で代表的な細菌の頭文字5つ取ったものですが、もう一つ別の意味合いがあります。それは、感染症診療が非常に複雑で、考えれば考えるほど迷宮入りする側面がある、そんなことを宇宙に模して表現しているのです。
山口先生が本講義を「SPACEとの訣別」と題したのは、そうした感染症診療の混沌さから決別しよう、そういう強い意志が込められています。
シンプルに捉えれば見えるものがある
感染症診療における抗菌薬の選択。これは医師にとって非常に難しく、単純明快な答えはないかもしれません。しかし、敢えてその複雑さを脇に置いてシンプルに捉えること、ざっくり俯瞰して見ことで、段取りよく治療を進められることもあります。
本講義は、山口先生が感染症診療に関して飯塚病院の戦友たちとの対話を通して導いたひとつの正解の形です。
<トピックス>
感染症診療には三角関係が必須
原因微生物の具体的な想定
耐性機構と軸で考える抗菌薬選択
戦略を有利にするには、段取り力
① 感染症診療には三角関係が必須
まず感染症診療の原則には、”感染症の三角形の考え方”というものがあります。
患者さんがどういった方で、既往歴はあるのか?また身体のどこで感染症が起こっているのか。そして、原因となっている微生物は何なのか。
これらをトライアングルで考察していくことです。
①患者(感染臓器,免疫状態,重症 度)
②患者の感染した臓器
③感染の原因となる微生物
注意すべきは、トライアングルを構築して抗菌薬を決めて終わりにしないことです。毎日毎日患者さんの経過を観察する中で、これら3つの項目を常に頭の中で反芻することが、感染症診療と対峙する第一歩だといいます。
② 原因微生物の具体的な想定
続いて、以下の図はGram染色と抗菌薬選択から分類した細菌図になります。染色体の染まり具合や、抗菌薬選択が近しいもので分類されています。
ここで冒頭の「SPACE」が登場します。SPACEとはGram陰性菌における代表的な細菌の頭文字5つ取ったもので、内訳は以下となります。
Serratia …腸内細菌群
Pseudomonas …ブドウ糖非発酵菌群
Acinetobacter …ブドウ糖非発酵菌群
Citrobacter …腸内細菌群
Enterobacter …腸内細菌群
これを見ると、大きくわけて「腸内細菌科細菌」「ブドウ糖非発酵菌群」の2種類の菌群に分類されていることが見てわかります。腸内細菌科細菌はとくに臨床診療で目にする頻度がかなり高い菌群で、重症化しやすい感染症の代表格としては、尿路感染症、腹腔内感染症があります。
動画では、以下のようにSPACEをさらに細かく分類・紹介しています。それぞれの細菌の特徴や見た目などもスライドを用いながら説明しています。
なお、細菌類を色素によって染色・分類するこのGram染色は、しばしば「検査」として分類されがちです。しかし、あくまで「身体診察」のひとつと捉えるべきだと山口先生は言います。
その理由は、Gram染色をするにあたって必要となる検体(痰・尿など)の出どころは患者さんの身体であり、患者さんの身体の中で原因微生物と免疫反応が戦った結果なのです。そのため、あくまで現場(患者さんの身体の中)を推察する1つの手段として、Gram染色をとらえることが重要だとしています。
③ 耐性機構と軸で考える抗菌薬選択
感染症の初期治療においては、Empiric therapyをふまえて抗菌薬選択をしましょう。つまり、Gram染色の結果だけを頼りに抗菌薬を選択するというよりも、自分の経験を基準にして治療を進めることが大切です。ここで、抗菌薬を選択するポイントとして以下を挙げます。
市中発症か院内発症か?
直近3ヶ月の抗菌薬使用歴
過去の耐性菌検出歴
安全な経過観察が可能か?
患者背景と基礎疾患
どこで発症したものなのか、直近3ヶ月で抗菌薬をどう使われていたか、また患者さん自体が過去の耐性菌を保菌している場合もあります。そして、診療はその場限りで終わるものではないので、3日4日と経過観察をしながら安全性を保つことが重要です。最後に、患者さんの背景や基礎疾患などに考慮しながら初期治療を進めていきましょう。
動画では、抗菌薬選択についてより詳しい説明がされているので、ご覧になってみて下さいね。
④ 戦略を有利にするには『段取り力』が大切
ここまでの章では、抗菌薬治療の戦略をどのように組み立てるかについてのお話でした。第四章では、抗菌薬治療の戦略を有利にするために大切な『段取り力』についてご説明していきます。
『段取り力』とは、言葉を換えると”プロセス”をデザインしていくための”センス”です。”プロセス”とは、細菌検査・抗菌薬選択・原因生物の探究であり、”センス”とは知識や経験に裏付けされたアクションです。
例えば、細菌検査は大きく「血液」と「痰・尿・膿」の2つの検体採取に分けられます。Day0、Day1、Day2と注意深く観察をする中で、「血液」と「痰・尿・膿」では経過観察のプロセスが異なります。しかし一方で、培養の生え方やGram染色の質量分析において共通するステップもあります。それらを踏まえて、上手く段取りすることが大切なのです。
>>動画では、細菌検査のプロセスについて詳しくご紹介していますので、ぜひご覧になってみて下さいね。
他にも、コロニー(細菌の集まり)の確認プロセスでも段取り力が重要です。コロニーの確認に際して、施設内にもし感染症検査室があれば、ぜひ検査室に足を運んでみましょう。そこで自分の五感を駆使してコロニーを観察してみることが大切です。
視覚・触覚・嗅覚を使ってさまざまな角度からコロニーを推定するのも重要ですし、聴覚を使って周囲の声にも耳を傾けてみましょう。感染症における微生物のプロフェッショナルは、医師というより検査技師さんです。そのため、技師さんときちんと言語コミュニケーションをとって、彼らの声に注意深く耳を傾けることが重要なのです。
以上のように、確実かつ安全な段取りを踏むことが、一歩二歩進んだ感染症診療と抗菌薬選択につながるでしょう。
「早く行きたければ一人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め」
最後に、Antaaからの質問「山口先生にとって”つながり”は何か?」に対して、「つながりとはシナジーである」と仰られました。
アフリカのことわざで「早く行きたければ一人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め」というものがあるそうです。これはつまり、一人だと早く行動できるが、行ける距離には限界がある。一方で仲間と行くと、スピード感は弱まるものの、個人の限界を乗り越えてまだ見ぬ場所まで行くことができる。こういった意味を表したものです。
これは医師にも同じことが言えます。どんなに優れた臨床技能をもった医師がいても、一人でできることには限界があるものです。しかし、仲間と一緒にチームを作り、共に歩むことでシナジーが生まれ、より良い治療が行える。だからこそ”つながり”が大切なのではではないか。そう話して下さいました。
本記事を読んで、感染症治療についてもっと詳しく知りたいと思った方は、
ぜひ山口先生のスライドや動画をご覧になってみて下さいね!